第56話 大振り過ぎて実戦には不向きだって


 肉球を 押して飛び出る 虎の爪。

 

 肉球の堪能ついでに鉤爪を観察して一句詠んだ。

 ……もちろん心の中で。


 人の平たい爪に比べ、縦の力に強い形状。

 楕円の断面は先端にいく程に細く、鋭くなる。

 緩やかな弧を描く不透明な爪は、人の皮を容易に引き裂き、掴めば深々と喰い込み離さない。

 この愛らしき生き物が獲物を狩る、狩人でもある証の一つ。

 人の指先にある爪とは大いに異なる……。


「……そうか!」


 爪と指は一体。

 爪単体ではなく、指とセットで考えなければ意味を成さない。


 白騎虎トーラを左腕だけで抱き、右腕を自由に。

 命力を指先に集め、指先を覆う鉤爪状に圧縮。


 今度は上手くいった。

 命力で形作った光爪は伸びた平爪ではなく、鉤爪となり指先と一体化している。

 そして、そのまま丸太へと右手を振り下ろす。

 右手の光爪は見事、丸太を切り裂く——


「って、あれ?」


 ——事は無く、丸太に突き刺さったまま動かなくなった。ぬ、抜けない……。

 

 刺さった際の衝撃で腕から落ち、綺麗に着地したトーラが不思議そうに俺を見ている。


「んにゃ」


 トーラは「理解した」と言わんばかりに頷いて、猫形態のまま丸太の根元で爪を研ぐ。俺が見ているの確認する様に何度も振り返りながら。

 研ぎ終わると丸太に爪を立て器用に登り、丸太に刺さったままの俺の腕を伝って頭の上へ。


「んにゃぅ!」


 なるほど、「やってみろ」と。

 右手は刺さって抜けないから左手で……。


「なぁぁう!」


 左手にも鉤爪を形成し左腕を掲げた瞬間、肉球ではたかれた。


「ソラ君。一旦、刺さったままの右手を抜こうか。

 命力の実体化を解けばいいだけだから……」

「あ、そうか……」


 刺さっているのは命力で形成した爪だ。実体化をけば抜ける……抜けた。

 では改めて、両腕を振り上げ——


「んにゃう!」


 ——再び、トーラに肉球で叩かれる。

 右前足を丸太の方へ向けているのを見るに、丸太へ近づけと?


 半歩、丸太へ近づく。

 トーラの前足は丸太へ向けられたまま。


 更に、もう半歩。

 まだダメらしいので、もう半歩進む。


 丸太は眼前に迫り、腕を折り畳まないと丸太に爪を立てられないくらいに近い。

 試しに鉤爪を形成し、丸太に突き立てる。

 近すぎて力が入らないせいか深く刺さらないが、腕は動く。爪を立てたまま腕を下へ引くと、丸太に五本線の軌跡が刻まれる。……かなり浅いが。


 左手でも同様に。

 続いて左右交互に繰り返す。

 無心で何度も。


 段々、楽しくなってきた。


「あは、あはは、あははは——」


 ふと、身の危険を感じ——鉤爪を深く丸太に突き立て、それを支えに丸太を登る。

 俺のいた場所を見るとマシヴさんの拳が振り下ろされていた。……地面、陥没してない?


「な、何するんですか!?」


 当たったらタダじゃ済まない威力なんですが。


「まさか鉤爪を使いこなして丸太を登るとは思わなかったよ。身の危険を察知しての回避行動……極意の習得は間違いないようだね」

「昨日確認しませんでした?」


「ああ、うん。念の為だよ。まぁ、忘れないように不意打ちは今後もするんだけどね」


 このまま丸太の上にいるのが安全な気が……。


「ソラ君、降りて来ないのかい? 脚の方でも鉤爪を形成する練習がてら降りるといいよ」


 いや、よく考えたら丸太の上は危険だ。

 地上に比べて身動きが取りづらい。

 今仕掛けられたら不味いので、言われた通り脚先での鉤爪形成を試みる。


 肉球の堪能ついでに観察したおかげか、脚先での形成も上手くできた。だが、鉤爪を形成しっぱなしでは降りるのに向いていなかった。

 丸太に突き立てた脚の鉤爪に全体重がかかる事で丸太に深々と喰い込んでいく。抜こうとすれば他の爪に体重が分散し、抜いた爪以外が更に喰い込む。

 これ、抜くより実体化を解除した方が楽だな。

 下ろす方の鉤爪を解除し、再び形成して丸太に爪を立てるのを繰り返す。

 なんとか地面まで降りられたけど……。


「どうだい、ソラ君? 降りにくかったかな?」

「別に脚先に爪を生やさなくても、手の鉤爪を突き刺して丸太を削る事で落下速度緩めて降りた方が楽だった気がします」


「ソラ君なら飛び降りて、着地の直前に空間掌握グラッチを使えばもっと楽だろうね」

「かもしれませんね」


 空間掌握か……発動の仕方は理解したから、後は慣れれば問題ないと思う。が、慣れる為に紐無し逆バンジーを何度もやらされるのはゴメンだ。生きた心地しなかったからな……。


「なら空間掌握の練習に切り替えるかい? 僕ならマチヨより更に高く飛ばせるよ?」


 食い気味に全力で首を振る。

 

「痛い痛い痛い!」


 振り落とされまいと頭上のトーラが爪を立て、額と肩に爪が刺さる。


「ソラ君。今更だけど、トーラちゃんが頭に乗っかっている時は命力で防御力を上げておくのをお勧めするよ。小型形態でも騎虎ライドラだからね」

「そうします……」



 気を取り直して爪研ぎを再開する。

 いつか、この光爪で丸太を両断できる日が来るのだろうか。


「丸太を両断したいなら爪より斧を使うべきよ?」


 確かに……って、あれ? この声は。


「ネコナ母さん……」


 ティアナの母親、ネコナ母さんだ。

 相変わらず人の心を読んでくる。


「一応言っておくけど、心の声は聞こえないわよ。

 仕草や細かな表情に言動から直感で読み取ってるだけなの。ソラ君やティアナは表情豊かだから読み取りやすいわ」

「……さいですか」


「煌式の極意を習得したって聞いたから様子を見にきたのよ」

「ああ、なるほ——」


 会話の途中だが、屈んでからのバックステップにバク転で逃げる……いや、避ける。

 手刀の薙ぎ払い、唐竹割りからの足払いを。

 会話で気を引いての不意打ちだった。


「今度はタイガさんですか……さっき、マシヴさんに仕掛けられたらばっかりなんですけど」


「知ってるわ、見てたもの。だから私が会話でソラ君の気を引いたのよ」

「ふん、やはりまだ話し方が硬い! しかし、反撃より回避なのだな……」


 そんな事より、俺は自分がバク転した事に驚く。

 試しにもう一回バク転をする。


 ……三連続でバク転できた。


 召喚前にできなかった事ができた事に成長を実感して顔がにやけてくる。


「……なんで喜んでるのかしら。不意打ちをされて嬉しいわけではないわよね」

「ネコナが思考を読めないとは珍しいな。それより咄嗟の行動が回避となると、ソラに虎武術は致命的にではないが向いてない……か」


「あら、その判断は正確ではないわ。虎武術が猫系獣人向けである以上、人間種であるソラ君が虎武術を完全に修めるのは難しいだけよ」


 気付けばティアナとウナの保護者全員が集合していた。当の本人二人は石柱に爪痕か刀傷を刻むのに夢中でこちらを見向きもしてないが。

 聞こえてくる二人の会話から察するに石柱を削り倒す競争をしているようだ。


「マチヨよ、それは分かっている。俺がしているのは精神面の話だ。虎武術には逃走心ではなく闘争心がいる。いざという時に逃げに回るようではな」

「そうね。ティアナとウナちゃんをおいて逃げる事がないか心配にもなるわ」


 二人をおいて逃げる? 目の前の丸太が敵と仮定して想像する。動けない二人、二人をおいて去れば見逃すと言ってくる敵を。


「タイガ、ネコナさん。その心配は無用だよ」

「なぜだ? マシヴよ」


 保護者組の会話が聞こえてくるが、内容が入ってこない。それくらいには目の前の仮想敵(丸太)に意識が集中している。

 奴は二人を——俺の大事な人を奪おうとする敵。

 湧き立つ怒りに命力が同調し高まるのを感じる。

 煌式の極意全てを同時に発動させ、その上で命力を両腕に集中し鉤爪を形成していく。

 金色の煌めきを纏う手を見て気付く、命力のみにこだわる必要がない事に。


「昨日、極意習得を確認する不意打ちは攻撃軌道上にティアナちゃんとウナが入る位置でしたんだ」

「なんだと?」

「二人が怪我をした様子も治した様子もないけど、本当に?」


 だが俺の使える魔法に攻撃に向いたモノは無い。

 どれも威力に欠け、点火魔法も出した火を動かす事はできない。だったら、何をするか。


 命力の状態を維持したまま、魔力を操作する。

 爆発的に拡散させた魔力を一気に収束させる事で一時的に空間を固め、掴めるようにする空間掌握。

 固めた空間を振り下ろす腕のストッパー代わりにして溜めをつくる。


「それはソラ君が二人を守る為に僕の剛拳パンチ剛腕ラリアットを全力で逸らせたからね。ソラ君は大事なモノを守る為なら闘争心を発揮してくれるよ」


 空間掌握で空間を固めらる時間は短い。

 だが一撃の威力を高める溜めをつくるには十分。


 固めた空間がほどけ、解放された腕が丸太へと振り下ろされる。大振りの一撃。先刻では丸太の抵抗に負け、突き刺さるにとどまった。


 全身の筋肉を連動させ、空間掌握にて力を溜めた一撃は止まること無く丸太を抉り爪痕を刻む。

 だが、これで終わりではない。

 金色に煌めく腕はもう一振り残っている。


「こんなふうにね!」


 一撃目で大きく捻った反動。

 その反動を利用して逆へ捻る——直前で空間掌握にて溜めをつくる。

 身体が悲鳴をあげる一歩手前まで力を蓄えた一撃は重力をも味方にするべく軌道を変え、垂直に丸太へと振り下ろされた。


「……二撃目は僕も予想外だったよ」

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