第12話 ヤツの名は
魔法を見せたらご飯の支度のお手伝いを頼まれました。手を洗ったり、食材を洗ったりと水を使う機会は多いだろうから水の節約に持ってこいだ。
そういえば異世界なのに普通にお米があったし、お米を研ぐのにも使える……使って大丈夫だよな。
手を乾かす為の風の魔法も使いようによっては食器乾燥にもなるかもしれん。いや、吹き飛んだ水で水浸しになるか。
「それじゃあ私は遮音結界を解いてくるわね」
そう言ってネコナ母さんは席を立った。
再び違和感のようなモノが通り過ぎて行く感覚があった。
小鳥の鳴き声が聞こえる。やけに静かだと思っていたが、遮音結界は外から内への音も遮断していたようだ。
「ソラよ、今もし違和感を感じたならその感覚をよく覚えておくといい」
ティアナは首を傾げているが、俺は違和感を感じたので頷いておいた。できれば何の役に立つかも教えてくれるとありがたいが続きはないみたいだ。
「お〜い、タイガ族長〜今大丈夫か〜」
玄関の戸を叩く音と共に男の声が外から聞こえてきた。
「大丈夫だ! 入ってきてくれ」
すると玄関を開けて閉める音がして足音が近づいてくる。この家、玄関引き戸なんだな。
「やぁタイガ族長、朝から遮音結界とは元気だな。
おいおいティアナちゃん起きてるじゃないか、親のそーゆー行為は子に見せるもんじゃないぞ。
うん? この少年は誰だい? まさか……」
「まてまてまて、ダイゴよ、結界は家全体を覆っていただろうが。そーゆー時は寝室だけ覆うのが常識だ、揶揄うんじゃない。それと、族長はよせ」
扉を開けて入ってきたは男は猫耳だった。
年はタイガさんと同年代のようだが、彼の方が年がいってるようにも見える。
金というより黄に黒のメッシュが入った髪色をしているが、牙を模した黒いもみあげは無かった。
名前はダイゴと言うらしい。
「族長はよせって……じゃあ彼は本当に?」
「む、まだ候補だ。候補。うちで面倒を見ることになったが、これから見極めるのだ」
話題は俺のことになったようだ。挨拶をするなら今だろうか。
「はじめまして、ソラです」
立ち上がって一礼。
「おお、これはどうも。私はダイゴ。
ダイゴ・カッツェナーと言うんだ」
お辞儀の文化はこちらにもあるようで、互いに頭を下げ合う。
「あれ、えっと真名を……」
「ん? ああ、君は真名の風習のあるとこから来たのかな。私はそのへんは気にしとらんのだよ。それに、カッツェナー家は私で末代だから知っといてもらいたいのもあるがな」
末代ってことは結婚とかする気が無いのか。
「まだ言ってんのか……それ」
「当たり前だ。死んだアイツなら俺に幸せになってくれ、自分のことは気にするなと言うだろう。だがアイツ以上の女がいないんだから仕方ない。
それに、ヤツの件もあるしな」
既婚者でしたか。いや、未亡人……は女の人か、男の場合はなんて言うんだっけな。
「そう……だったな。ヤツ……か、アレが戻ってくるまであとどれくらいだったか」
「あと一年をきったくらいだ。昨日の試験はダメだったらしいがどうするんだ、タイガ?」
ヤツとかアレとか名前を出さないのは名前を出すのも嫌な人……ぽいな。その話題になった途端からティアナがすごい嫌そうな顔をしてる。
「それなら、だいたい半年後くらいに再試験を受けさせるつもりよ」
タイガさんへの質問に、結界を解いて戻ってきたネコナ母さんが答えた。
「え! 半年後!? お母さん、聞いてない!」
「それはそうよ、言って無いもの」
再試験って……騎虎免許とか書いてあるタスキかけて虎に乗ってたやつか。前倒ししたとか会話してた気がするからすぐに再試験できるのかと思ってたけど違うみたいだな。
「でも、なんで半年後なの?」
「ティアナ……貴方、郷を出るときソラ君も連れて行くつもりでしょ? 今のソラ君だと連れて行けないわよ、犬死にするだけだもの」
俺も連れて行くのは決定事項らしい。
うん、まぁ異世界だし魔物とかいるんだろーなーきっと。
「これから半年でソラ君ごと鍛えて、ソラ君と二人試験を受けてもらうわよ。ソラ君は限定免許の方でいいから」
「……聞いてないんですが。いえ、分かりました」
どうせ今言ったとか言われるので了承しておくことにした。鍛えるなら魔法型がいいなぁ……。
「そんな訳だからダイゴさん、帰りにマシヴさんに伝言を頼めるかしら」
「まぁ、帰り道だから構わんが……どの鍛錬コースにするんだ? 半年で鍛え上げるモノは無かったと思うんだが。それにソラ君だったか、彼を見る限り半年でヤツに勝てるほどになるとは思えない」
なぜか俺がヤツと戦うことになってるんですが、そもそもヤツって誰よ……。
「それについては会って直接相談するから、お昼の後にお邪魔するとだけ伝えておいてくるだけでいいわよ」
「そうか、分かった伝えておくよ。それでは少年、強く生きるんだぞ……」
微妙に不穏なことを言ってダイゴさんは去っていく……。
「ダイゴ、お前用事があってうちに来たんじゃないのか」
「おお! そうだったそうだった。だが、用事はもう済んだようなもんじゃ。ティアナちゃんが男をひっかけてきたと聞いて見に来たんだ」
俺を見に来たらしい。
この人、暇なんだろうか……暇そうだな。
「親友の娘に男ができて本当に喜ばしいが、それでヤツが諦めるとは思えん。郷の外へ出して長く経つがヤツの性根が改善されることは無いだろう」
急に真剣になられても反応に困る。
ヤツってのはティアナに言い寄ってくる輩みたいだな。可愛いから仕方ない気もするが、それにしては警戒が過剰な気もする。
「ダイゴ……そこまで言うとは、やはり本気でヤツのことは息子とは思ってないんだな」
「当たり前だ! アレは我が子の皮を被ったナニカだ。あの時、息子が生き返ったなどと思わず殺しておけばよかったと今でも後悔している。今の儂では不意を突いても殺せるか分からん……頼む! 少年強くなってくれ」
頼むと言われても貴方より俺の方が弱いと思うんだけど……鍛えてどうにかなるのかな。
しかし、俺は勢いに押されて頷いてしまっていたのだった。まぁでも、何もせずティアナを奪われる気にはならない。どこまでやれるか分からないが、やれるだけやってみようと思う。
今からでもできることは……情報収集か。
「分かりました、やれるだけやってみます。
それでヤツとは何者なんですか?」
「ねぇお母さん。ソラ、私のために強くなるって。
私のことアイツから守るって……嬉しい」
「ソラ君の発言はそう解釈して問題無いわね。
良かったじゃないティアナ、そうよねアナタ」
「少しだが認めてやらんこともない……が、まだまだこれからだぞ」
そういうの小声でやってくれないかな……照れて頬が赤くなってるよ、絶対。ちょっと熱いもん頬。
「ありがとうソラ君。ヤツのことだったね。
アレは私の死んだ息子、ティガ・カッツェナーが生き返った存在。もう十年は前のことだ。五歳で死んだ息子を次世代のゲンさんの素体とする儀式の前日に生き返った、ヤツとして」
ゲンさんって何だ……でも、聞ける雰囲気でもない。後で聞けばいいか。
「死後三日で奇跡だと思ったよ、だがそれは間違いだった。黄色かったティガの毛は紫がかったドス黒い黒へ染まり、ティガの記憶を失っていた。蘇生の後遺症で記憶喪失になった訳じゃない。親だから分かる、アレは別人だとな。そしてヤツは名を変えたトールエンド・ブラックタイガーと」
トールエンド・ブラックタイガーの名が俺の頭の中にエコーがかかったように鳴り響いた。
駄目だ、笑いが堪えきれない……。
「え、海老……海老て……」
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