第11話 手洗い・うがい用の魔法

 勢いで魔法が使えると言ってしまったが……俺が使えるのは水道で手を洗う時の蛇口から出るみたいに水を出す魔法、お店のトイレで手を洗った後に風で手を乾かす装置みたいに風を吹かす魔法の二つ。

 正直ティアナ達の期待を下回る予感しかしない。

 でも、後回しにするほど言い出せなくなる。

 期待は膨らむ前に打ち砕いておく方がダメージが少ないはず……覚悟も小さくて済む。


「水で机が濡れるので何か受け皿を……」


「あら、それならまだ乾いてないし、この桶でいいわよね」


 そう言ってネコナ母さんが持ってきたのは、食器洗いの際に使った角の丸い四角い桶だった。

 お椀とかでよかったのに……。


「先に言っておきます! 俺が使える魔法は大したことないです。その、あまり期待せずに見てくれると嬉しいです」


「お父さん、アナタがソラ君を弱い弱いって言うから見栄を張ったみたいよ。

 ソラ君、そんなに緊張しないでいいのよ。

 笑ったりしないから落ち着いてやりなさい」

「む、そうだったのか。ソラよ俺も笑ったりしないから落ち着いてやるといい。良く見せようととして暴発させんようにな」

「私はウナちゃんやマチヨさん以外の魔法って初めて見るから楽しみだな〜。あ、私も笑ったりしないから頑張って!」

 

 ウナちゃんって誰だ……友だちかな。

 気が楽になった。リラックスしてやれそうだ。

 深呼吸を一ついれ、イメージを強く持ち手を洗う時のように合わせる。


 合わせた手の少し上から冷たい水が流れる。

 どうやら上手くいったようだ。

 合わせた手を開き、水を受け止める。

 しだいに受け止めきれなくなった水が手から溢れ桶へ落ちて溜まっていく。


「わ〜水が出てきた! ねぇこの水触ってもいい?

 いいよね?」


 俺が頷くと三人は手を伸ばし、俺が生成した水に触れる。ティアナだけ、なぜか俺の手で受け止めている水を突っついているが。


「冷た〜い」

「でも冷た過ぎるほどでもないわね」

「ふむ、夏だと飲み頃な温度だな」


 タイガさんの一言の後、ティアナが何を思ったのか俺の腕を掴んできた。手の位置が動かないよう押さえているのだろう、腕が動かせない。


「ちょ、ちょっとティアナお行儀が悪いわよ」

「なぜソラの手から……」


 二人が呆れるのも無理はない。なぜならティアナは俺が手で受け止めている水を飲んでいるからだ。

 猫が水を飲むように舌ですくい取るように飲むせいで舌先が手の平に当たり少しくすぐったい。

 水音がもう一つ聞こえる。

 桶を見ると白猫トーラが水を飲んでいた。


「この水味がしない〜」

「うなぁ〜」


 顔を上げたティアナとトーラが水の味の感想を述べた。確かにこの水、硬水とか軟水のような味がしないよな。


「水に味なんてしたか?」

「アナタ、多少なりするわよ。はいコレ」


 ネコナ母さんはいつの間にか持ってきた湯呑みに空中から出る水を注ぎ、タイガさんに渡す。

 その後に自分の分も注ぎ、二人して水を飲んだ。

 流石に俺の手からは飲まなかった。当たり前か。


「確かに井戸の水とかと比べると味がしんな。

 そのせいか少し飲みにくい」

「たぶん魔法で生成されたから余計なモノが入ってないのよ。確かにあまり飲みたい感じの水ではないわね」


 俺の水の味は不評みたい……まぁ、自分でもそう思うから仕方ない。まったく味が無いせいか飲んでいて違和感が凄いんだよね。

 いつまで水を出してたらいいんだろう、そろそろ桶から溢れそうだ。って、魔法を見せるだけなんだから出し続ける必要はなかったな。


「魔法止めたみたいだけど、まだ出せるかしら?

 疲れる感じがしたり、気分が悪くなったりしたら魔力が枯渇し始めるサイン……って言わなくても知ってるわよね」


「そうなのか……使えるようになったばかりなんで気を付けます。あ、水捨ててきますね」


 三人とも少し驚いた表情をしてくれた。

 ちょっと気分がいい。

 水がなみなみと入った桶を持ち上げ……持ち上げる。余裕で四人分の食器を浸けて洗えるサイズの桶に水がほぼ満タンで重い。これ転んで溢すな……。

 机の側面に回って、慎重に持ち上げて運ぶ。


「待て、俺が運ぼう。水を入れ過ぎだ」


 桶が机の上から出る前にタイガさんが運ぶのを変わってくれた。

 

「待って、水を運ぶのは後にしましょう。時間経過で消えないか確認しておきましょ」

「お母さん、それだと何が違うの?」

「時間経過で消えないなら、非常時の飲料水として使えるのよ。ついでだから確認しときたいの」


 桶は机の上に戻されるのだった。

 今のところ水が消える様子は無い。

 

 濡れた手では椅子も引けないので、魔法で風を起こして水気を飛ばす。


「うひゃぁ」「うわっぷ」「冷たっ」「うにゃ」


 あ、飛ばした水気が三人と一匹にかかった。

 これ、人のいるとこで使えないな……。


「えっと、ごめんなさい。

 これが俺の使える魔法のもう一つです」


「いきなりだからびっくりだよー」

「水が飛んできたぞ」

「あら、挟むように風が出てるのね」


 ちなみに風は出しっぱなしだけど……この魔法はトイレのやつと違って音が小さい。モーター音が無いのも変な感じするな。


「これって風の間に手を通せばいいんだよね?」

「あ、ちょっとティアナ待ちなさい」


 ネコナ母さんの静止もむなしく、ティアナは風の魔法に手を突っ込んだ。

 大して濡れていなかったので水は飛んでこなかった。指先だけだったしな、水突っついたの。


「なるほど、風で水気を飛ばして手を乾かすための魔法なのね」

「便利だが……いるか? これ」


 ハンカチ持ってればいらないね。言わないけど。


「寝ぼけて、元の世界にいるつもりで手を洗って乾かそうとして使った魔法なんで必要性を問われても何も言えないです」


 そう、あの時は寝ぼけて頭が正常に回転していなかったに違いない。だからおねしょをする為に用を足すのは本来の俺じゃない、俺じゃないんだ……。


「おいおい……それだと、自分で魔法を作った様に聞こえるぞ。どうなんだ?」

「たぶん、イメージ型の魔法が得意なのよ。無詠唱で発動までに遅れラグが無いように見えたから間違いないわ」


 イメージ型……確かに水道の蛇口やらを意識してたら使えたし、そのイメージ型の魔法が得意なのかもしれない。なるほど、俺には魔法の才能が……。


「ねぇ、ソラって三界こっちに来てから魔法が使えるようになったの? なんかそんな気がするんだけど」


「何を言ってるんだティアナ、そんなはずが無い。

 使えるようになったばかりと言っていたが、さすがに来る前だろう」

「そうよティアナ、それだとソラ君は魔法の無い世界から来たことにならないかしら。それにしても、魔法が使えるようになったのがこの年だと……ちょっと遅いかもしれないわね」


 ティアナが正解。カンが良いのかな。

 手遅れなのか……いや前向きに考えよう。

 もし若返ってなかったら完全な手遅れだったかもしれないが、まだ遅れを取り戻せる可能性はある。

 これから訓練を欠かさなければ希望はあるはず。

 だって『遅い』だし。


「ソラ君の顔を見る限り、ティアナが正しいみたいよ。魔法の無いところから来て直ぐに魔法が使えるなんてね、でも使えるようになったのが今の歳だと考えると……」

「才能があるのかよく分からんな」


 無いって言わないのは、少なからず才能ありってことでいいですかね。俺はそう思いたい。

 乾いた手で椅子を引いて腰を下ろすと、出しっぱなしの風が顔に当たる。ピンポイントで鼻と口に当たるので息苦しいことこの上ない。

 魔法を見せる目的も果たし、手が濡れたままの人もいない。必要の無くなった魔法を止める。

 疲れや気分が悪くなった感じは無いので魔力にはまだ余裕がありそうだ。

 

「俺の使える魔法は以上です」



「分かったわ。水も時間経過で消える様子もないし食事の支度のお手伝いにちょうどいい魔法ね、お手伝いよろしくね」


 ネコナ母さんの笑顔の圧力に俺は頷くしかなかった。


 お手伝い魔法……役に立てるだけマシだよね。


 

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