第零章 虎人族の郷ドールフトラッヘン 第一節 運命を決定づけた一日
第1話 彼らはきっと最初から部屋にいた
知らない天井だ、とか言った方がいいのかな。
白い天井の木造建築の部屋、朝陽の差し込む窓のカーテンは全開なのに対し対面の壁はカーテンで隠れている。カーテンの柄からして女の子の部屋なのかもしれない。
意識を取り戻したらベッドで寝ていた。もちろん自分の家ではなかった。本当に夢じゃなかった。
なぜか胸が重たい。ぶつかったのは腹だったはずと思い、視線を向ける。
猫だ。白い虎猫が胸の上で寝ている。
薄い掛け布団越しに小さな温もりを感じる。
青にも紫にも見える透明感のある髭が神秘的な猫だが、俺に突撃してきた白い虎そっくりだ。
猫好きとしての幸福を噛み締めていたが、だんだん胸が苦しくなってきた。あの虎と比べたら小さいが成猫くらいの大きさはある。胸の上に居られると少し重い。これが贅沢な悩みってやつか。
ちょっとしんどくなってきたので、手をつき体を起こす。胸の上に居た猫はコロコロと膝元まで転がっていった。猫は起きない。警戒心なさすぎだろ。
しかしさっきからベットについたはずの左手の感触が幸せだ。もっと触れていたい、指を動かしたい衝動に駆られる。俺は一体何に手をついているのだろう、自分の左手を見る。
「うゎ!」
しまった! 思わず手を引いてしまった。
もっと触っていたかったのに……。
俺の左手は隣で寝ている肉球パジャマの少女の胸を鷲掴……。俺の左手は少女の小振りな胸の上にあった。本当に掌に収まるもんだな。
この
今気づいたが、俺……服着てなくないか?
慌てて布団をめくって確認する。
良かった、下は履いてる。
肉球パジャマのズボンを履いているのを確認して掛け布団を戻す。
膝元にいた猫は足元まで転がっていったようだ。
反るように伸びたまま猫は寝続けてる。
ちなみに隣の少女はショートパンツを履いてました。ただ、上はなぜか俺のパジャマを着ているので履いてないようにも見える。めくった布団を戻すべきではなかったかもしれない。
少女はまだ眠っている。無防備に。
その隣には喉を鳴らす俺がいる。
心臓の音がうるさい。
荒くなっていく呼吸。
そうだ、左を触ったのだから右も触れておかないとバランスが悪いだろう。
少女の胸がバランス良く成長するよう右も揉んでおかなくては……。
これはこの娘の為なのだ。
脳裏にそんな悪魔の囁きが聴こえる。
俺の右手は身勝手な論理武装した悪魔に従うが如く、少女の右胸へ向かって伸びていく。
何かが俺の右腕を掴んで止める。
俺の左手だった。
気持ちは良く分かる。俺自身のことだし。だが、触るだけで、揉むだけで終わるのか……いや、ありえない。もっと先のこともしたくなるに決まっている。寝ている娘に悪戯するのは興奮するもんな。
相手の立場になって考えろ。
自分がされたらどう思う。
脳裏の悪魔に反論する天使が現れたようだ。
起きてる時にして欲しい、そう思うだろ。
確かに。
脳裏の天使の意見に悪魔が合意した。
どうやら俺は踏み止まれたようだ。
いや、本当に踏み止まれてるか? いまだに両腕は未練たらしくせめぎあったままだ。
そもそもなぜ俺は上半身裸で女の子とベットで寝ているんだ……。
もしかして、知らない間にこの娘と一線超えてしまったのか?
あれ、なら踏み止まる必要ないのでは……。
でもそんな痕跡ないし、布団は乱れてない。おまけに、猫が俺の上で寝てた。超えてないかも。
これからまぐわってから考えればいいか。
だが、やり方が分からん。
「あら残念、思い止まったわね」
「残念なものか! しかしよくぞ思い止まった」
「そうね、アナタだとすでに襲い掛かって頃合いよね、私に」
「むぅ、あの時とは状況が違うだろうに。それに、お前さんが魅力的なのが悪い」
「あらやだ、お父さんったら。ねぇ、今晩久しぶりにどぉ?」
「今晩と言わず、これからでどうだ!」
「いいわね、ってあらやだごめんなさいね」
危なかった……。
この娘の他に人がいたのか。
声が聞こえた方へ顔を向けると、二人は会話を中断して再び視線を向けてくる。
なんかとんでもないような会話してたような気もするが、いまだ隣で寝続けている少女のご両親だろう。女性の方はPVに出てきた母親で間違いない。
沈黙が気まずい、何か話さなくては……。
「あの、えっと、はじめまして?」
話題なんて思いつかん、とりあえず挨拶だ。
「はい、はじめまして。それにしても本当に男の子をひっかけてくるなんてね」
「おう、はじめまして。ひっかけてというより轢いてきた、な気がするぞ」
確かにPVでそんな会話してたな。
やっぱり轢かれたのか俺は……虎に。
「あの白い虎ってどうなったんですか? まさか、処分されちゃったりしてませんよね」
人に危害を加えた動物って処分される場合があるって聞くけど……。あの白い虎が処分されてたら嫌だな。轢かれたんだけど、不思議と恨んでない。
「ん? トーラならそこで寝ているではないか。しかし処分とは穏やかではないな。もしぶつかったのが、うちの子達でなかったら死んでいたぞ」
死んでただって? それに寝ているって、この猫があの虎だと……。確かにそっくりだが大きさが違い過ぎる。俺を騙そうとしているのだろうか。嘘をついてるようには見えないが……。
「お父さん、説明を省き過ぎて疑われてるわよ?」
「なんだと? しかし
「それは私達の常識で彼の常識ではないわ。それに死んでたかは分からないでしょ。怪我は酷くなっていたのは間違いないけれど」
どうやら騙す気はなかったようだ。
未だに無防備に寝ている少女と同様に無防備な寝姿の猫は虎だったらしい。
酷くなっていたってことは、少なくとも怪我はしていたのか……。そういえばどこも痛くない。
体を触って確かめるが、異常は見当たらない。
異常が無いのが異常な気がするが……さて。
「すいません、俺はどれだけ寝てました?」
「一日ね、マチヨさんが魔法で治療してくれたから後で貴方からもお礼を言っておくといいわ」
「うむ、彼女が試験の応援に来てくれていたのは君にとって幸運だったな」
魔法! そうか魔法か……。そういえば俺も使えたよな、確か水や風を出したりできたな。
マチヨさんって誰だ、応援ってことは試験管の人とは別の人だよな。お礼のついでに魔法を教えて貰りにえないか頼むのもありだな。
「ところで貴方はなぜあの平原にいたのかしら?」
「よそ者が迷い込める場所ではないぞ」
おっと、話の流れが変わったぞ。
なぜってそんなの俺が知りた……って、知ってたな。異世界召喚に巻き込まれたからだ。
だが正直に言っていいものか……。
「えっと、たぶん……いきなり広がってきた魔法陣と謎の光に包まれたから?」
よし、嘘は言ってないはず。
続けざまに旦那さんの方から質問が飛んでくる。
「ふむ、では何処から来たのだ?」
「日本です」
「変わった服を着ていたがなんて服だ?」
「パッジャ〜マ」
「どんな時に着るんだ?」
「寝る時ですね」
「うちの娘が着た方が似合うよな」
「ですよね! グッときました」
「うちの娘、お母さん似だろう?」
「そうですね」
「つまり将来は美人だ」
「当然っすね」 「あらあら」
「それに可愛いと思わないか?」
「ええ」
「髪の色をどう思う?」
「綺麗ですよね」
「瞳の色は?」
「見惚れました」
「理想の女の子と言って過言ではなかろう?」
「はい」
「可能なら嫁にしたいか?」
「はい!」
「よし、では婿に来い!」
「はい! ……あれ?」
「フッフッフ、言質は取ったぞ。まぁ、娘はやらんがな」
やっちまった……。魔法陣云々に突っ込まれなかったから油断した。言質をとられてしまった……。
どうしたら、どうし……あれ、これ困るか? 別に困らないよな、俺にも春が来たな。
「にゃぁう」
「か、可愛……、き、きれ……、わ、私、えっと、その……」
あ、猫とお嬢さん、おはようございます。
とんでもないタイミングでお目覚めですね。
起き抜けに自分の結婚話っぽいこと話されてたらテンパるよな。
今気づいたけど、この娘の名前まだ知らねぇ。
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