81 再臨
暴風の刃が、不規則的な着弾地点の予測されればそれなりの強度の結界で防がれるという事は理解できる。
だけど斬撃は。こっちが打てる最大火力の一撃だ。
エルが大剣に変化していた頃と比較すれば威力は落ちているが、それでも超効果力の一撃の筈だ。
それを涼しい顔で止められた。
涼しい顔で、表情の変化一つもなく。
一瞬、あの森で戦った男の結界を操る霊装がそうだったように、そういう類の力に特化しているのかと、そう思った。
だけどおそらくそうではないと、直感が告げていた。
目の前の圧倒的な力を持つ化物なら、それを全く違う霊装でやれるだろうと、目の前の状況を受け入れている自分がいた。
圧倒的な力を改めて叩きつけられた自分がいた。
「どう? 大丈夫? 心折れてない?」
「……」
返せる言葉は無かった。
言葉も余裕も実力も。
何一つ今の俺には備わっていない。
それでも、ここで何もできずに倒れる訳にはいかないから。
「辛うじて踏み止まってる……って所かな」
何とか踏み止まった。
多分きっと形だけは。
「……ッ」
血の気が引くのと一緒に、ルミアに対する殺意が濁っていくのを感じた。
きっと徐々に濁りだしていたのが、明確にそうだと認識できる段階にまで一気に。
殺意を呑み込むような形で、半ば自暴自棄のような感情が広がっていく。
せめてエルだけでもこの場から逃がす方法を、強く考え始めている。
だけどそもそも、これだけの実力差のある相手に背中を向けて逃げるのは難しくて。
エルだけでも逃がすという手段事態、俺が単体で時間を稼ぐ程度の事も出来ないのが目に見えて分かっている以上論外で。
結局、戦うしかなくて。
なんとかするしかなくて。
なんとか必死に再び構えを取った……その瞬間だった。
「……ふーん。なんか動いたね、状況」
ルミアがどこか楽しそうに。嬉しそうに。そんな意味深な発言をする。
……状況が動いた。
なんの事だろうか?
……少なくとも俺達の事ではないのだろう。
きっと俺達の最悪な状況は、そうなるように動かされているのだから。
そしてルミアは言う。
霊装の槍を構え、左手をこちらに突き出して。
「さて、テロリスト君。正直キミにはもうちょっとじっくり付き合って貰いたかったんだけどさ……ちょっぴり事情が変わったんだ。巻いていこうよ。キミは終わりでいいや」
そしてルミアは何かしらの精霊術を発動させる。
現れたのは十数個の光の球体。
まず間違いなく、当たればただでは済まない高出力の精霊術。
「エルちゃんはさっき見たよね。アレよりも出力は上げてるからさ、もしかしたら当たるとそれでテロリスト君、死んじゃうかもね」
『……ッ』
エルが声にならない声を上げたのが分かった。
どんな術だ……どんな術が来るんだ。
『え、エイジさん! あの精霊術は――』
そうやってエルが俺に術式の詳細を伝えてくれようとした。
だけどそれをそこまで聞いた段階には。
「さあ、王子様が目の前で死んでお姫様はどういう表情を浮かべるかな」
でたらめな方角に放たれた球体が。
超高速で射出された球体の一つが俺のすぐ目の前にまで到達していた。
「……ッ」
それを横に飛んで辛うじて回避する。
……本当に辛うじて。
なんて弾速してんだ……ってちょっと待て。他のデタラメに飛んでった奴……壁に反射して跳ね返ってき――
『エイジさん後!』
エルが叫んだのが聞こえた。
だけどその言葉に反応しようとした時はもう今更回避できないタイミングで。
血の気が引いた……次の瞬間だった。
刀を握る感覚が、人の手を握る感覚に変わったのは。
その手に引かれて球体を回避したのは。
禍々しい雰囲気を纏わせたエルに助けられたのは。
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