79 理外の一撃
全力で床を蹴り、刀を構えルミアに接近する。
気合いを入れろ。
歯を食いしばれ。
元より強目の前の強者相手に俺程度では、背を向けて逃げる事が致命的な敗北に直結する程に実力差がある。
故に正攻法で勝てる相手ではない。
殺せる相手ではない。
だとすればやるべき事はただ一つ。
相手の想定の範囲外に出る事。
手の平の上の安全地帯を自ら飛び出す事。
そして突入する。
……未だ刃が吹き荒れる暴風の中に。
「……ッ!」
自ら放った風の刃が全身を切り刻み血飛沫が舞う。
自爆行為。自殺行為。だけどこれでいい。
これだけの事をしなければ駄目だ。
真正面から相手の意表を突く。
常軌を逸して、理外の理を押し付ける。
それだけの事をして初めて殺し合いの土俵に立てる。
そしてすぐさま刀身に斬撃を放つための風を纏わせた。
纏わせて、全神経を集中させる。
その場から動かなければ、斬撃を纏わせた剣撃で斬りかかり、左右後方に跳べばそちらへ斬撃を。
もし正面から向かってくる事があるなら迎え撃つ。
暴風の刃の対処で集中力のリソースを割き、そこにこの理外の一撃だ。
目の前の強者にも届く。
届く筈だ。
……届くのか?
なんでコイツは今この状況で、涼しい顔して笑ってるんだ。
「……ッ!?」
そして剣撃は空を切る。
……躱された。
文字通り必要最低限の動きで僅かに体を反らして。
こちらが放つ剣撃の余波で生まれる衝撃も、きっと計算に入れて。
そして誰もいない空間に向けて放たれた切断能力が付与された斬撃が、ルミアの人体に触れる事無く壁へと到達。
俺の放った攻撃で起きた事はそれだけ。
「残念外れ! 次はこっちの番だね」
そしてルミアが槍を放つのではなく、拳を握ったのが見えた。
見えただけ。
対処などできない。
「ルミアちゃん、ぱーんち☆」
「……ッ!?」
そんなふざけた口調で、いい加減な表情で。
全く無駄の無い動きのボディーブローを叩き込まれた。
「が……ッ!?」
……たった一撃で体力全部持っていかれる程に重い一撃。
意識が消し飛びかける程の激痛と共に、後方へと弾き飛ばされる。
そして床をワンバウンドしてすぐに、何かにぶつり激痛と共に停止した。
……壁じゃない。
床からいつの間にか生えていた結界だ。
多分ルミアが涼しい顔をしながら出現させた結界だ。
……なんでもいい。とにかく体を起こせ。
……起こして、立ち上がれ。
「おー立った立った。凄いね」
立ち上がって向けた視線の先でルミアは軽く拍手をしながら笑みを浮かべている。
そんなルミアに対して刀を構えながら……俺はすぐには動けずにいた。
今の攻撃が一ミリたりとも通用しなかった今……一体どう動いたらいいのかが、分からなくなった。
やれる事はまだある。
だけど浮かんでくる自分の取れる手札の全てが、まるで通用する気がしない。
刀身を届かせるビジョンがまるで浮かんでこない。
「しっかし今のはびっくりしたよ。自分で放った攻撃に自分から突っ込んで自爆してるんだからさー」
そしてルミアは煽るように先の俺の攻撃の話を始める。
「いや、突っ込んでくるにしてもさ、なんで自分の攻撃自分に当たらないように調整いないかなー。完全にキミ無駄に大怪我負って……ってちょっと待って」
ルミアは何かに気付いたようにそう言って、一拍空けてから言う。
「もしかして……できない、とか? そんな訳無いよねー」
「……ッ」
考えもしなかった事を当たり前のように言われて思わず反応を取ってしまう。
「え……あ、ごめん。まさかできないとは思わなくてさ。ごめんね」
そう言ってルミアは申し訳なさそうな……心にもい思っていなさそうな謝罪をして、それから言う。
「次からはちゃんとキミ位でも理解できるようにね、相手の目線に合わせた発言を心掛けるよ」
そんな上から目線の煽りを。
……そして。
「あ、でも一つ確認していいかな? まさかさっきの頭おかしい攻撃ってさ、ああすれば私が驚いて動きが鈍るみたいな幼稚で頭悪い作戦とかじゃないよね? いやーまさかいくら何でもそんなどうしようもない作戦なんて立てて無いと思うんだけど……その辺どうかな?」
俺の決死の攻撃の意図を言い当て、そういう評価を下してくる。
全力で楽しんで、あざ笑うように。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます