ex 手の平の上で導かれし客人
激痛に耐えながら、エルはゆっくりと瞼を開く。
横たわるエルの司会にまず最初に映ったのは悪魔の姿だった。
おそらく致命傷に近い怪我を負って意識を失った自分に対し、高出力の回復術を掛けるルミアの姿だった。
「……ッ」
もう何回目の覚醒だろうか。
「10回目のおはようだね、エルちゃん」
どうやら10回目の覚醒らしい。
目の前の悪魔と戦い始めてから、一体どれだけの時間が経過したのだろうか。
体感時間が地獄のように長かっただけで、実際にはそれほど長い時間は経過していないのだと思う。
「じゃあ続き始めようか」
「ひ……ッ!」
反射的に肉体強化の精霊術を発動させた。
倒す為ではない。
勝つ為ではない。
ただ、身を守る為に。
「ガハ……ッ」
死なない程度に勢い良く腹部を蹴り飛ばされ、口から空気と共に鈍い声が溢れ出る。
そのまま床を何度かバウンドして、やがて止まるが立ち上がらない。
すぐに次の攻撃が来るかもしれないのに。
立ち上がる事もせず、対抗策を立てる訳でも無く。
もはやバーストモードに入る事すらしていない。
「……ッ」
立ち上がるだけの気力がなくて。
立ち向かうだけの気力がなくて。
ただその場で床に転がりながら体を縮こませて、震えた動く右手で頭を抱え込む。
ただその場で暴力に怯える。
(……怖い)
最早抵抗の意思はそこに無く、そんな感情しかそこには残っていなかった。
今まで辛い思いを一杯してきた。
痛い思いだって一杯してきた。
だけど……そんな経験ではどうしようもならない程。
「あれ? どうしたの縮こまっちゃって。おかしいなぁ。少し前まで向けていた殺意はどこに行ったのかなぁ?」
そう言って楽しそうに笑みを浮かべながら歩いてくる悪魔への恐怖心は強く鋭く重い。
(やだ……来ないで……来ないでよぉ……ッ!)
だけどどれだけ震えても。
避けんでも。
喚いても。
「うーん、完全に戦意無くなっちゃったかな」
悪魔は目の前にまでやって来る。
「う……ッ」
頭を踏みつけてくる。
踏みにじってくる。
「……さて、これからどうしよっかな」
エルを踏みにじりながらそう言うルミア。
だがふと何かに気付いたように足を止め、部屋の出入り口へと視線を向ける。
そして一拍空けてから、どこか楽しそうに口を開いた。
「……心の底から殺して欲しいって言ったらって条件だったけどさ、残念だけど一時中断って所だね……どうやらお客さんみたい」
「……?」
一瞬何を言っているのか分からなかった。
だけど言われてようやく気付いた。
目が覚めて。恐怖に圧し潰されて。そこまで意識が回らなくて気付けなかった事実。
こうなる事を避けなければならなかった筈で。
だけど今、この地獄の中で縋り付きたい。
そんな相手がすぐそこにいる事実。
「良かったね、エルちゃん。来たよ……キミの王子様」
次の瞬間、出入り口の扉がはじき飛び、飛び蹴りの動きで大部屋へと入り込んでくる人間がいた。
(エイジ……さん……ッ!)
瀬戸栄治がそこに居た。
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