49 三位一体 下
「……」
「分かったか! 分かれよ! こっから先馬鹿みてえな自己犠牲で前に進むんじゃねえ!」
俺がそう言うとシオンは渇いた笑みを浮かべて俺に言う。
「……まさかそんな事を、よりにもよってキミに言われる日が来るなんて思ってなかったよ」
「……ッ。まあ確かに俺みたいな自己中に言える様な事じゃねえかもしれねえけど」
「そうだよ」
シオンは断言する様に言う。
「きっとキミも僕と同じだ。キミはエルの為なら命を投げ捨てる。僕に掛けた言葉を察するに、キミはエルの為にも自分は死ねないと思っているかもしれないけれど、本当に切羽詰まった状況ならキミは自己犠牲で命を投げ捨てるよ。その位は見ていれば分かる。そして僕は今、そういう状況だ」
「……」
「生きていれば何かいい事位あるさ。僕はね、1パーセントでもあの子が無事で生き残れる選択にベッドしたい。その為にはここで僕が終わっても、キミ達を生き残らせる必要がある。キミになら僕の言いたい事は分かるだろう」
そして一拍空けてからシオンは言う。
「僕がどんな気持ちでこんな事を言っているか、キミになら分かるだろう」
「……ああ、まあ、そうだな」
それだけ言葉を返して俺は立ち上がった。
シオンがどんな気持ちでそんな姿勢を示しているのかなんて痛い程分かる。
……多分正確に物事を見て、正しい事を言えているのはシオンの方だ。
俺の言っているのは叶う根拠のない。叶わない根拠の方が無数に見えてくる程の理想論。
どうしようもない程の理想に塗れた感情論だ。きっと現実的な話なんて何も見えていない。
そんな理想論を、シオンは押し殺しているんだ。
だからきっと、シオン・クロウリーの言う通り此処で全滅する位なら俺達は逃げたほうがいいんだ。
それは間違いない。
だけど。
「お前の気持ちは分かるよ」
俺は立ち上がりながらシオンに言う。
「マジで俺にはお前を説得する様な事言える資格なんてねえ。俺もお前と同じだ。俺もエルの為に死ねねえけど、もし本当にそうするしかなかったら多分死ぬ。それだけじゃねえ。全ての優先順位をエルに切り替えるさ。だから何言ったって全部俺に帰ってくるよ」
だけど。
「だけどまだ限界じゃねえ。そう思ってるからまだ俺は逃げずに此処に立っている」
「……ッ」
「不特定多数の知らねえ奴ならどうでもいい。ただの顔見知りでもこの際全力で逃げてやる。だけどな……そうじゃねえ奴らの為なら。せめてダチや恩人の為位は、俺は限界ギリギリまでソイツらの為に全力を尽くしたい」
もう、これ以上。
「……これ以上取り零してたまるか……ッ」
いずれ。もしもエルと誠一やシオン達を天秤に掛けなければならない時が来るとして。そうなったら俺はきっとエルの為に誠一達を犠牲にする。そういうどうしようもない人間だって事は理解している。
だけど……今はまだその時じゃない。
助けたい奴数人位は、もうこれ以上一人も零したくない。
俺がもう本当に限界だと思う。その時が来るまでは。
せめて、その時位までは。
「だからお前の覚悟なんて知らない。俺は……俺のエゴで勝手にお前も助ける! お前が何言おうが俺はもう曲げねえからな! 全員無事生き残ってハッピーエンド。その理想位は崩してたまるか!」
本当にただの俺のエゴ。
シオンが自分の命を投げ捨ててまで引き上げようとした、契約精霊を助ける為の確率を元に戻す様な選択。
自分勝手。自己中心的。現実が見えていない。そんな理想論と感情論に埋め尽くされた妄言。
それを全部拳に込める。
「……理想論だけでこの先生きていけると思うなよ」
シオンは言う。
「この世界は理想論で生きていける程、僕達に甘くはないんだ」
「知ってるよ。それでも無理矢理にでも理想を掲げてこじ開けていかねえと、それこそ俺はもう、生きていける気がしないんだ」
「……」
シオンは俺の言葉を聞いて、そして一拍空けてから静かに言う。
「……まあ、もう君の場合はそうかもしれないな。どうしようもなく圧し折られて辛うじて立っているキミには」
「ああ」
現実だけをみても辛い光景しか映らない。
この世界がそういう世界だって事はもう嫌程見てきた。
もう俺は。俺がそうであってほしいという願いの元で、現実を捻じ伏せていかなければ生きていけない。
エルが隣りに居てくれるいう理想を。
俺の周りの人間が誰一人欠けずに生きているという理想を。
そんな難しい理想を掲げ続けなければ、もう立っていられないんだ。
だからそもそもの話。
俺は逃げないのではなく、逃げられないのかもしれない。
エルと天秤に掛けざるを得ないその時まで。
弱い自分を守る為に。
「なるほど。どうやら最初からキミ達を逃がすのは無理だったらしい。端からそれが不可能なのに、僕は勝手に覚悟を決めてたみたいだ」
「……悪いな。お前の覚悟は酌んでやれねえ」
「いいよ、別に。僕こそキミに無理をさせる所だった」
そして一拍空けてからシオンは言う。
「……とにかく、キミ達が逃げないのなら僕は死ねない。あの子を助ける為にもう死ねない」
そう言ってシオンは拳を握る。
そんなシオンを見て、レベッカが少し安心した様な表情を浮かべる。
多分俺もそんな表情を浮かべていたのかもしれない。
「二人とも、死ぬなよ。当然僕も死なない。死ねない。そういう覚悟を僕も決める」
そしてシオンは覚悟を決めるように言う。
「ここから先、僕達は運命共同体だ。絶対に誰も死ぬな! 三人であの子とエルを助けに行く!」
そう言うシオンの表情はどこか清々しい様なものに見えた。
たぶん俺達が互いの守りたいものの為に命を投げ捨てられる様に。
掲げる理想も同じなのだろうと、拳を握りながらそう思った。
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