ex 例え人間と同じだとしても
「キミの名前はなんて言うのかな?」
嬉々とした表情でルミアと名乗った白衣の少女はエルにそう問いかける。
その問いかけにまともに答えるべきなのかは分からない。
なにしろ、目の前の人間はあまりに異質な存在だから。
こんな場所でこんな状況で、精霊に対してまともな視線を向けつつ、そんな表情を浮かべられるような人間だから。
……だけど
「……エル」
ひとまず簡潔的に、その問いに答える事にした。
少しあっただけで、目の前のルミアという少女が地球で出会った人間と比較した上でねじ曲がった思考回路をしていそうなのは理解できたが、それでもシオン・クロウリーを除くこの世界の人間とは違い、会話が成立しそうなのは間違いない。
成立する会話がまともなのかは分からないけど。
その会話の果てにあるのが、視界の先に異常なまでの怯え方をしているエマの様な気がするけど。
「そっか、エルちゃんかー。これからよろしくね」
そんな風に、ルミアは茜の様にフランクな雰囲気でエルに笑い掛ける。
だけど茜の笑顔と違い……その笑顔はどこか怖いものがある。
そしてそんな笑顔を浮かべるルミアはエルに言う。
「いやー、こうして会えて嬉しいな。エルちゃんとは一度話して見たかったんだ」
「……私の事、知ってるんですか?」
「知ってるよ。精霊加工工場を破壊するような無茶苦茶なテロリスト君の契約精霊」
そして、とルミアは尚も笑って言う。
「武器に姿を変えるなんて無茶苦茶な発想を私に与えてくれた特別な精霊」
「……」
確かにあの一件はエルという精霊を認知するには十分すぎる程に大きな一件だったのかもしれない。
だけどそうやって自分が知られているという事が分かったその言葉の中で引っ掛かる言葉があった。
……発想を与えてくれた。
ルミアという人間は精霊学の研究者だ。
その研究者が何らかの理由で精霊を武器へ変える正規契約の力を知ったとして。それに関して研究を重ねたとして。それが何らかの成果を得たとすれば。
「……ッ」
……繋がる。
意識を失う前に自分が戦っていた人間。その人間が手にしていた武器。
黒い刻印を刻んでいるにも関わらず、手にしていた武器。
存在する筈のないその武器の存在理由に。
「……まさか」
「ん? 何かな?」
「まさかあの人間達が持ってる武器って!」
「あ、気付いた? 察しがいいね」
そう言ってルミアは尚も笑ったままでエルに言う。
「そだよ。私が作ったんだ。精霊で作った今までの精霊学の常識を遥かに飛び越える程の強大で最高の武器。どうだった? 凄いでしょ」
「……ッ」
返ってくる言葉は分かっていた筈だ。
だけどそれでも、嫌悪感で吐き気がする。
精霊で作った。精霊を使った。この場所にいた精霊はエマ以外いなくなった。
つまりそれは比喩でもなんでもなく、目の前の人間は平然とした表情で使ったのだ。
「まあ精霊の事を資源って考えると、この上なく資源っぽい使い方してるよね」
精霊を……あの武器の材料として。
「ん? どうしたのかな? 怖い顔して」
「……すぐに分かりましたよ。あなたが精霊の事を資源としてみない人間だってことは」
「お、やっぱり普段から人間といるだけあって分かるんだ。すっごいなぁ」
そりゃそうだよ、とルミアは言う。
「どう見たって人間と同じ姿をしていて、体内を形成している臓器なんかもほぼ人間とおんなじ。思考回路も人間と変わらなくて、変わることがあるとすれば精霊術っていう特別な力を持っている事だけ。なのに当たり前の様に精霊を資源だと認識している時点で皆頭おかしいんだよ」
そんな正論をルミアは吐く。
そんな正論を吐いているにも関わらず、ルミアはここの主として目の前に立っている。
理解できない。
「だったら……なんであんな事ができるんですか!」
「いや、だって楽しいし」
「……は?」
二つ返事で当たり前の事を答えるように返ってきたその言葉に、思わずそんな間の抜けた声が漏れる。
そしてそんなエルにルミアは言う。
「基本研究はやってて楽しくてさー。ほら、知的好奇心ってやっぱ人間を訳わかんない勢いで突き動かしてくるんだよね。うん、いや、新しい事を知って形にするのは本当に楽しい」
まあそれと同じ位に、とルミアは言う。
「誰かを虐めるのって中々どうして面白いんだよね」
「……え?」
それはエルにとって全く理解できない思想だった。
「ほら、嗜虐心がくすぐられるっていうのかな? なんかこう気持ちがウッキウキになってさ、ほんと楽しいんだ。そういう意味じゃこの仕事最高だよ。やりたい放題やれるし……それに、やればやるだけ称賛だってされるしね」
そう言ったルミアは楽しそうに笑う。
「なんかもう、ほんと無茶苦茶だよね。どう考えたって倫理的におかしい事しまくってるのに、それで生まれた研究成果を世界中の人間が称えてくれるんだ。その過程で人間相手にしたら歴史に名を刻んじゃう程に残虐で頭おかしい様な事やってんのに、天才だ天才だって。ほんと笑えるよ」
「……」
笑えない。
やはり笑えない程に、この世界は狂っている。
だけどそれ以上に……目の前の少女の方が狂っている。
だから思わず睨んで言葉をぶつけた。
「笑えませんよ……頭おかしいんじゃないですか!」
「中々ストレートな暴言投げてきたねー。まあでも一般的に考えれば頭おかしい部類に入るんじゃないかな。中々いないと思うよ? 他人の不幸でウキウキできる奴なんて。まあそもそもその一般は一般人で擁護不可なレベルで頭おかしい奴しかいないんだけど」
でもまあ、とルミアは言う。
「まあでも我ながら正直そこまでおかしくもないんじゃないかとも思うよ。寧ろ私からすればシオン君やキミに契約者のテロリスト君の方がよっぽどおかしいと思うんだけど」
「……エイジさん達のどこがおかしいって言うんですか」
「エイジさん……ああ、あのテロリスト君の名前か。うん、エイジ君ねエイジ君。覚えたよ」
で、と仕切り直す様にルミアは言う。
「どこがおかしいかって話なんだけどさ……なんで精霊を人間と同じ扱いにしようとしてるのかなーって所。正直私その辺おかしいんじゃないかって思うんだ」
「……どこがですか。あなたもさっき言ってじゃないですか! 人間と精霊は殆ど何も変わらないって。資源だと思うのがおかしいって!」
「うん、何も変わらないしその考え方はおかしいよ。私が言いたいのは、自分と同じような存在だったとして、なんで自分と同じような感覚で扱わないといけないのかって話だよ」
「なんでって……」
「資源として扱ってもいい事になってるのに。好きな様にしてもいい事になっているのに。それなのに数が減れば勝手に増える様な冗談抜きで消耗品みたいないくらでも変わりのいる存在を、自分の欲望とかを抑制してまで同等に扱う? 扱わないよね余程の無欲でなければ」
「……ッ」
そんな事を、ルミアは心底当たり前の事を語る様に言う。
そしてそれを口にして……きっと正しいであろう人間を否定する。
「シオン君もキミの契約者のエイジ君も、精霊が人間と同じような存在だって思えたんなら好きな様にやればいいのにね。誰にも責められないんだからさ。ほら私は別に興味ないけどさ、男の子からすればどれだけ乱暴に扱っても誰にも文句の一つも言われないかわいい女の子がそこら中にいるんだよ? まああの二人は精霊に酷い扱いをする事に抵抗だとか不快感だとか覚えてるだろうから、そういう事をしない事はおかしいなとは思わないけど」
だけど、とルミアは心底理解できない事を話す様な口ぶりで言う。
「方やどうしようもない程ゴミなスペックの精霊一人助ける為に落ちる所まで落ちて、方や精霊なんかを助ける為にテロリストになって世界中から追われる身になってるんだよ? 馬鹿みたいじゃん。なんで自分の人生放棄してまでいくらでも変わりのいる精霊の為に動いてるのか、私にはよく理解できないよ」
「……あなたの考え方の方が理解できませんよ」
「ま、別に理解してもらわなくたっていいよ。私は私が楽しければそれでいいし、寧ろ理解しがたいって思ってもらえてた方が相手のし甲斐があるし。これから一杯いーっぱい楽しい事しようね」
「……ッ」
「そんな訳でこれからよろしくね、エルちゃん」
そう言って、そこだけを切り取れば友達にでもなった様な言葉を掛けて笑ったルミアは、踵を返す。
返して向いたのは向こう側の牢。
震えるエマだけがそこにいる牢屋。
そこに視線を向けて、ルミアは言った。
「お待たせ。じゃあ行こっか」
まるで意気揚々と処刑宣告でも行う様に。
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