62 その感情の正体

「……」


 エルの言葉にどういう思いが込められているのかは理解できた。というよりもそのあからさまな問いかけの意図を理解できないのであれば、瀬戸栄治という人間はこの先もそれ以前も。誰の思考もろくに認識することができない人間になるだろう。

 その位に分かりやすくストレートな、エルからの告白だった。


「……」


 だけどそれが分かっていても、そこから反応を示せるかと言えばまた別の話だ。寧ろ何も気付けない方が何かしらの言葉をスムーズに返すことができていただろう。

 女の子から告白される。その状況に適切に対応できるだけの経験と免疫が俺にはない。加えてまだそういう話に発展してもおかしくないと思える様な流れであったならまだ何かしらの対応を取れたのかもしれないが、まさかそんな事を今このタイミングでエルが言うとは微塵にも思わなかった。

 だから思考が纏まらなくなって言葉が詰まった。

 俺達は既にそういう話を通り越した様な話をしていて。

 一人にしないでくれと言って。ずっと一緒にいてほしいという言葉に頷いて。

 そういうやり取りをしていたけれど……きっとそれは恋愛感情とはまた違う話だ。

 俺達は此処に来て、初めてそういう話をする事になった。


「すみません。急にこんな話されても反応に困りますよね?」


 俺が思わず言葉を詰まらせたのを見て、エルは優しい笑みを浮かべてそう言って、言葉を続ける。


「でも、聞いておきたいんです」


 エルは一拍空けてから言う。


「正直ああいう話をした後に聞く様な事じゃないんじゃないかって思います。エイジさんも私も一人になりたくない。一人でなんていられない。もう私達が離れられない様な関係性なのは分かってるんです」


 エルも俺と同じようにあの時の会話を思いだす様にそう言って、だけどとエルは言う。


「そういうのとはまた別の話なんです。エイジさんは私の事をどういう風に見てるのかなって。契約した精霊だとか、守らないといけない存在とか、そういう事じゃなくて……女の子としては見てくれているのかなぁって。今のうちに知っておきたくて」


 エルはそう言って少しだけ不安そうな表情を浮かべたが、それでも少し決心が付いたように言う。


「ああ、でもそれを聞くのは考えてみればちょっとズルいですよね」


 そう言ってエルは微笑を浮かべて、一拍空けてから俺に言った。


「私はエイジさんが好きです。大好きです。だから……私と付き合ってください」


「……」


 その告白。エルが俺に向けてくれた好意。

 それは本当に嬉しくて、心臓の鼓動が早くなって止まらなくなって。

 まるで俺の生きる世界が作り変わった様な衝撃すら感じた。

 そういう風に感じるように、俺の答えは決まっていたようなものだ。

 だけど引っかかる事があった。

 果たして俺はエルに対して本当にそういう感情を抱いているのだろうか?

 正確には……この感情は本当に恋愛感情なのだろうか?

 エルは異性で、容姿も性格も俺の好みを貫いてくる様な女の子で。だからそういう意味では好感は確かに抱いていて。

 だけど分かっている。

 俺はエルに精神的に依存しきっているんだ。

 エルがいないと生きていけないという事が大袈裟でもなんでもなく、事実として圧し掛かってくる程に。

 だから俺が恋愛感情だと認識したこの感情は。

 エルに対して向けるこの感情は……ただの依存の感情なだけでは無いのだろうか。

 自分にとって都合のいい対象に向ける感情を、自分にとって都合のいいように解釈しているだけではないだろうか?

 その強すぎる感情が、俺が本来どういう感情をエルに向けているのかという事を分からなくさせてくる。

 そんな感情でエルの告白に答えていいのだろうか。

 ……だけどそう考えたのは本当に僅かな時間で。

 そんな自分自身に対する疑念に答えを出すのは簡単な話で。



「エル」

 それは自分にとって都合のいい解釈なのかもしれない。

 だけど天野宗也と戦った時、俺は確かにエルを助ける為に自分自身を否定した。

 それは決して自分を助けてくれる都合のいい存在を失わない為に自分を否定したんじゃない。自分の為という脆い願望で砕ける程に、俺の誇りは脆くない。脆い訳がない。

 俺は……俺は隣りにいる好きな女の子を助ける為に。エルという好きな女の子を絶望の淵から救い上げる為に。

 エルの為に……俺は自分自身を踏みにじれたんだ。

 だったら俺が向けていたのは決して醜い感情ではない。正しい事なのか間違っている事なのかそれは分からないけれど……俺が抱いているのは恋愛感情だ。

 自分自身が肯定したのだから、この感情はもう誰にも否定させない。

 だとすれば俺は答えられる。

 答えは出たのだから。後は俺の気持ちを伝えるだけだ。

 好きな女の子に思いを伝えるだけだ。


「俺もお前の事が好きだ。ずっと一緒に居たいと思っている。だから付き合おう、エル。これからも俺の隣りで生きてほしい」


 俺の言葉が告白に対する返答として良くできた物なのかは分からない。

 基本的に今まで恋愛とは無縁で。誰かを好きになる事はあっても、その誰かに好かれているとは思った事がなくて。だからそうした言葉も自分の中では無縁の物に感じていて。

 だから俺の言葉はどこかおかしな物だったのかもしれない。本当はもっと色々な事を言わなければならないのかもしれないし、余計な事を言いすぎているのかもしれない。

 だけどエルは嬉しそうに笑みを浮かべた。


「……はい」


 それに対して俺も笑みを浮かべる。

 今、こんな状況なのにとても幸せな気分に浸れた。


「じゃあこれからもよろしくお願いします、エイジさん」


「ああ。よろしく頼むよ、エル」


 当然不安は沢山あった。

 自分自身がどうしようもない人間だという事も。碌でもない人間である事も。

 エルという女の子に対してふさわしくない男だという事も理解している。

 だから本当に俺でいいのかという言葉すら出てきそうだった。

 だけどその言葉は押し殺した。

 それを口にするのはエルに対して。俺みたいな奴を好きだと言ってくれたエルに対する侮辱だ。

 だからエルに思いを伝えられたなら。それに答えたのならば。俺は責任を持って胸を張ってエルとつり合う男になってみせよう。

 ……エルを支えられる様な男になってみせよう。

 しばらく互いが無言になる中で、俺は静かにそう決意した。

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