37 副作用

 昼時のファミリーレストランンは当然の如く込み合っており、席に座るにあたって少しの待ち時間を要した。

 それでも左程長い待ち時間では無く、十分ほど待った所で無事席を確保できた。そして確保したテーブルにて、俺達は昼食を取りながらとりあえず情報の擦り合わせを行う事にした。

 だけど実際の所俺が誠一達に伝えられる事というのはほぼ何もないと言っても良かった。

 というのもかなりの情報を二人は誠一の兄貴から聞いているらしく、俺が伝えられるのはその誠一の兄貴でも知らない情報。丁度誠一達の電話を無視した辺りにの俺とエルの事という、もう今更聞いたところで状況の進展には影響を及ぼさない様な、そんな話だけだ。


 元々事が起きるまでの俺達は、誠一達対策局に隠す様な情報はなかった。完全にフルオープンだったわけだ。だから今までの隠し事もないわけで、結局この情報の擦り合わせというのは、実質的に俺が誠一や宮村から不足している情報を教えてもらう会という風になってしまった。


 ……まあそれは俺にとっては有意義な事ではあるのだけれど。

 だけど実際誠一達が得た情報もまた、その大半が俺が既に知っている情報に過ぎなかった。エルの暴走原因や俺達に隠蔽されてきた対策局……正確に言えば誠一の兄貴の動きなどは、俺がエルを治療している時に既に耳に挟んでいる。挟むどころかその会話に参加してすらいるのだ。大体理解しているつもりだ。

 だから今回の話の意味を何か決めるとすれば、新たな情報を得るというよりも、俺達がほぼ同じ情報を手にしているという確認を行った話し合いという事になる。

 まあお互いがどこまで知っているのかって事は、共に行動するうえで大切な事だ。だから決して無意味なんかじゃない。

 そして既存の情報を多く耳に入れる中で、俺の知らない情報も僅かながらに知る事が出来た。


「誠一、分かればでいいんだ。分かるようなら教えてほしい事がある」


「なんだ?」


「エルの薬の事だ。あの時お前の兄貴は副作用が云々って話をしていた。それで……今、エルは大丈夫なのか?」


 今の状況の事では無く、危惧するのは薬の副作用だ。

 聞いた話を纏めるとエルに今まで投薬されていた薬は、これまで以上の頻度や量で投薬され続けると深刻な副作用が出る可能性あったらしい。

 そんな中で誠一の兄貴によってその薬と同じ効力を持つ銃弾を打ち込まれた。

 それによって副作用が出たのか。出たとすればそれは一体どういう物なのか。そう言う話はまだ俺の所には届いていない。


 ……そして、新しい薬は。

 新しい薬はエルの体に悪影響を与えたりはしないのだろうか?

 そういう情報が、俺には著しく欠落していた。

 そして誠一は俺の問いに答えられる情報を持っていたようで、俺の問いに答えてくれる。


「大丈夫っつーのがどのラインからにもよるがな、とりあえず無事って意味じゃ大丈夫なんだろうよ」


「……そうじゃない意味ってのは?」


「命に別状がないレベルの副作用だよ。それが出てるか出ていないかって言えば、副作用は出てる。そういう意味じゃ大丈夫じゃないって事になるだろ」


「……ッ!? ……一体どんな副作用が出ている」


「まず兄貴が撃った銃弾による副作用。コイツの副作用は出なかった」


「出なかったのか? 副作用が出るから高頻度で打てないって話じゃ……」


「ただ単純に今回は運が良かっただけらしい。だが現実的な確率で重い副作用が出る可能性も十分あったし、回数が重なればそれは増す。多分次に同じ事をすればほぼ間違いなく重い副作用が出てくると思った方が良い」


「……まあ今回だけでもそれが出なかったのなら、本当に良かったよ」


 その事に関しては安堵した。

 つまりは最悪に近い状況を今回は運よく回避できたという事だ。副作用が発生する可能性も少なくなかった状態で出ないという結果が現れたのは、今のとにかく酷い状況に転がり続けている中では数少ない幸運とも言える。

 だけど安堵ばかりはしていられない。寧ろ安堵できるのはその件だけだ。

 誠一は確かに治療薬の副作用が出ていると言った。それがあの銃弾によるものでは無かったというだけの話。副作用が重なる様な事が無かったというだけの話。


「……でも、新薬からは副作用が出ているんだろ?」


「残念な事にな」


 誠一は一拍空けてから言う。


「新しい薬ってのがな、言ってしまえば体内のSB細胞を消し去る様な類の薬なんだ。それで二日の猶予を得たわけだが……結構露骨に副作用が出てきやがる」


「……どんな?」


 恐る恐る尋ねる俺に誠一は答える。


「すげえシンプルだよ。言ってしまえば結構重めなインフルエンザみてえな症状だと思ってもらえりゃいい」


「……インフルエンザ」


 つまり単純に言えば熱が出て体が怠いみたいな感じなのだろうか。

 だがそんな簡単な言葉に表せるからこそ、かえってその症状が深刻な物だと伝わってくる。

 インフルエンザは冬の風物詩の様な病ではあるが、重症化すれば死に至る病で。

 その病状が重いと評されるのならば、それはもう重症なのだろう。


「……だから二日か」


「たった一回の投薬でそれだからな。それを二回三回と短いスパンで行えばそれ以上の症状が現れるのは明白だ。一応対策局側で出た結論としては二回目の投薬には耐えられないだろうって事になってる。だから二日だ。それが一度の投薬で得られた猶予だよ」


「せめて私達の魔術でそういう症状を少しでも抑えられたら良かったんだけどね……ほら、私達は基本ドンパチやるような魔術が主だから。ゲームみたいに治療に使える様な魔術は無いんだ。知ってると思うけど」


「くそ……ってちょっと待て。抑えられたら……そうだ」


 もしそれができていれば、エルの副作用による症状を抑えて延命させる事ができる筈で。そうなればエルに課せられたリミットはまだもう少し長くなる筈で。

 だとすればある。打開策が


「回復術……そうだ、回復術だ! お前らに使えなくても俺は回復術を使える。だからうまくそれが作用してくれればタイムリミットを伸ばす事だってできるかもしれない!」


 安堵しながら二人にそう言うが、変わらず二人の表情は重い。


「確かに……って言いたい所だが、残念な事にそれはもう霞先生の発案の元にエルが試してる。結果目論見は失敗に終わったよ」


「……ッ」


 ……考えてみればそんな単純な案、既に試していて当然か。

 だけど俺は縋るように言う。


「で、でも回復術は自分に掛けても効果が薄い。だけど俺がやれば違った結果が出るかもしれないだろ」


「薄い程度に作用していればな。だけど話によれば、そもそも回復術が効かなかったらしい。お前らの回復術はアレだろ? 効果がない時はそれ相応の反応が返ってくる。エル曰くこの世界に辿り着いた日にお前に回復術を掛けた時と同じような感覚になったそうだ」


「……」


 この世界に辿り着いた日。俺がナタリアと契約を結び、結果倒れたあの時。その裏側の話。

 そして俺自身その感覚に覚えがある。エルが初めて暴走した直前、エルに対して使った回復術は明白に効果を発揮していないという感覚が伝わってきた。

 つまりは出力などの問題ではないんだ。そもそも効果がない。それをエルが感じ取った。

 ……そしてその確信に近い憶測を、今この場で立証する事も出来る。


「誠一、今精霊術を使っても大丈夫か?」


「ああ、全然問題ないが……何をするつもりだ?」


「試したい事がある」


 俺は目の前のテーブルを対象に回復術を発動してみた。

 それは明らかに意味のない行為。そうして伝わってくるのはエルに首を絞められる直前に回復術を掛けた時と同じような感覚。


「それで何がわかるの?」


「俺とエルが感じた感覚がどういう意味かの確認だ。今ので分かったよ。エルがそう感じたのなら、俺が回復術を掛けようが何も事態は好転しない」


 ……確定だ。俺の回復術はあくまで怪我の治療や血液の生成を行うもので、病気などを治せる様な類の物では無い。

 例えばこれがリーシャの様に回復術に特化でもしていれば話は別だったかもしれないけれど、俺ではその領域に到達できない。

 だから……俺の見付けた光は呆気なく霧散する。

 そしてそんな俺に追い打ちを掛けるように、こんな言葉が掛けられた。


「まあ仮にキミが多少あの精霊を延命できたとしても、根本的な問題を解決するだけの時間を稼ぐのは不可能だと思うがね」


 その声は誠一でもなければ、宮村でもない。

 声の主はドリンクバー帰りという風に飲み物を手にした、黒いセーターを着た二十代半ば程の男。

 少なくとも俺は、俺達のテーブルの前で立ち止ったその男の事を知らない。誠一達にも視線を向けるが、どうやら誠一達からしても知らない相手らしい。

 つまり対策局の人間では無くて……尚且つ精霊の存在を認知している者。

 そんな男が前触れもなく唐突に俺達にそう声を掛けてきたのだ。


「……誰だアンタ」


 誠一が警戒するように声を掛ける。

 同時に俺は拳を握り、宮村もまた呪符を取りだしていた。

 そんな風に未知の相手に警戒を向ける俺達に、男は答えた。

「まあそれも話すつもりだが、今はとにかくこれだけは言っておこう」


 そして男は一拍空けてから答える。


「我々はキミ達の知りたい情報を知っている……そう、例えばキミ達が助けたい精霊を助ける為の方法をね」

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