6 実戦訓練 上

 実戦訓練。

 その言葉を聞いてイメージしていた物と、最初に対策局で訓練した時の実態は大きくとは言わないがある程度は剥離していた。


「よし。じゃあ始めるか。掛かって来いよ栄治。とりあえず先にノックアウトされた方が負けな」


 俺の正面二十五メートル程先に誠一が身構えている。

 これからその誠一と全力で戦う訳だが……通常そういう事をした場合、冷静に考えれば終わるころには俺も誠一も大怪我を負う事になるだろう。

 俺の場合は精霊術での治癒が使えるわけだが、対策局の魔術師にはそれがない。今は俺が居るからともかくとして、それ以前の場合は怪我を負えばそう簡単には治らないのだ。だから大怪我を負うという状況は相当にまずい。彼らにとっては本末転倒だ。

 だからと言って大丈夫なレベルまで力を落とせば実戦訓練にならないし、そもそもそういう事をして戦う事にはそれはそれでかなりの技術が必要な為、そっちに意識を持っていかれる。

 つまりは怪我を負わないように、実践的な訓練を行うというのは無茶がある。異能の力を使ってドンパチやっていい汗ながしたみたいな風にいられるのは漫画だけだ。

 だから此処での実戦訓練は少し思っていたのと違う。ちゃんとそういう事に対策を講じている。

 それこそ技術革新と言っていい様なレベルの。


「一応聞いとくけど、もう全力で殴ってもいい状態になってんだよな?」


「ああ。腕がもげようが頭吹き飛ぼうが一応大丈夫だ。精神衛生上あんまりよろしくねえから止めて欲しいが」


 そう、それでも大丈夫だ。

 だって今の俺達はある意味で生身ではないのだから。

 ……仮想訓練シュミレータ。

 魔術師としてのパラメータを読みとり仮想空間で再現し、そこに意識を投影させる。主に魔術的な技術によりつくられた最新鋭の設備。ここならば何をしてもゲームの中の様に現実には反映されない。痛みなどが脳へと与えるダメージもある程度カットしてあり、最近テレビでたまに紹介されているVR技術を使ったゲーム機などの一つの完成形がこのシュミレータなんじゃないかと思う。

 ……そのメカニズムは全く理解できないし、それ故に酷く無茶苦茶な設備な気もするけれど、世界中から魔術や精霊の知識を消すような装置を持っている様な連中だ。記憶を消す装置のメカニズムを彼らが理解できなかったとしても、そんな様に一般的な技術では語れない何かを作れる事には違和感を覚えない。

 誰かの異常な思想を理解し飲み込む事はできなくとも、もう自分の理解できない技術に関しては何でも受け入れられる気がして来た。

 ……まあそれはさておき。

 この装置は件の記憶を消す装置と同様精霊術にも反応を示す。出力を含めた感覚全て俺が普段使っていた力と同等の物を感じられる。誠一達曰く例の装置が適用されるからという理由で俺にこの設備を使った特訓

を進めたらしいが、やはり精霊の力までもが魔術を使用する事を前提とした装置に反応するかは結局誰も分からなかったらしい。俺がこうして使えているのは多分運が良かった。

 だけどそんな事を知った所で俺には何の利もなくて、だとすれば俺がそれを深く考える必要はない。

 与えられた、与えてもらった時間を有効活動する。それだけを頭に入れていこう。


「そんなら頼むわ誠一」


 俺は構えを取りながら誠一にそう言葉を投げかける。

 ああそうだ、とにかく集中しよう。貴重な時間を割いてもらっている。無駄にはできないのだから。

 全力でぶつかる。


「よしこい!」


「じゃあ行くぞ!」


 言いながら俺は動きだす。

 ひとまず狙うは接近戦。だがしかし足元に風の塊は作らない。

 最高速の加速を利用した先制攻撃は誠一に通用しない。予備動作で動きを読まれて普通に対応され反撃されるし、さらに言えばその状態では反撃に対して対応できない。体が付いていかない。あれはそれこそエルを武器にしている時の様な圧倒的な速度。圧倒的な戦力差があるか、もしくは不意打ちという状況に持っていって初めて成立するような戦法だ。

 だから純粋な脚力で接近する。

 そして両手には中途半端な形状の風の塊を生成した。

 かき消すのも形にするのも瞬時にやらる様に。

 多種多様な状況に瞬時に対応できるように。

 そして正面の誠一はバックステップで後退しながらこちらに向かって数枚の札を投げつけてくる。

 何が来るかは分からない。だけどこの一ヶ月の特訓の過程であの札が何なのかは理解できる。


 呪符。

 魔術を使用するにあたりその効力を最大限に生かす為や、特定の魔術を使用する為にといった風な場面で誠一達魔術師を補助する魔術師の基本装備。

 それが俺の目の前で爆散する。


「……ッ」


 その攻撃に対し今までの俺であればどう対処していただろうか?

 恐らくは何もできなかった。何とか無理矢理攻撃を回避しようとして爆風に煽られる。もしくは……そのままごり押すか。きっとそんなところ。

 だけど今は違う。

 やれるかどうかは別として、やるべきことは分かっている。

 周囲に自分を取り囲むような高密度の風の防壁を作りだす。


「グ……ッ!」


 だけどあくまで爆風を弱めるだけだ。完全に防げるような完成度の代物を一瞬の内に作れるほどの技量はまだ持ち合わせていない。

 全身に激痛が走る……だけど、これでいい。

 今はあくまで訓練だ。辿り着いた答えを戦術に組み込めたならば、それだけでも大きな成果だ。

 身のこなしで攻撃を躱す以外には使い物にならない結界位しか防御手段がなかった俺にとっては大きな一歩。

 そして爆風を突破し、誠一との距離を詰める。そして勢いよく右手で殴りかかった。

 だがしかしその拳は空を切る。当たらない。渾身の一撃は体を反らして躱される。

 だけどきっと簡単にではない。

 明らかに誠一の表情は最初に誠一と戦った時に見られた余裕がなくなっている。

 だけど余裕はなくても反撃は来る。攻撃を躱した誠一はすぐさま凄まじい速度で右フックを放ってくる。

 一瞬で理解する。それは躱せない。

 だから勢いを殺す。


「グァ……ッ!」


 次の瞬間脇腹の痛みと共に足が地から離れ、体が弾き飛ばされる。

 誠一の腕力で。俺の風の力で。

 殴られる直前に飛ばされる方向に推進力が向くように左手から風を放出させ、勢いを殺したのだ。

 そしてそのまま地面を転がりつつ、途中で手を付き腕力で跳ね上がり体制を整え、次の行動の幅を広げるために再び両手に風の塊を半端に生成する。

 まだまだ喰らいつく。

 だけど流石に察する。まだ俺の実力では誠一には勝てない。

 過去を振り返ってみても、同じく拳を交えたカイルにも同様に届かない。

 当然だ。たかが一か月で強くなれる様な天才じゃない。まだ問題点を見つけ、それを少しづつ潰していく。そういう段階なんだ。

 だから別に負けたっていい。

 必死になってぶつかって問題点を探れ。探ってもらえ。そしてそれを克服しろ。


「……まだだ」


 そして再び走り出す。

 もっと強くなるために。

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