ex キミのいない夜

 そう言う茜の表情からは冗談を言っている様な様子は感じられない。

 そういう相手となら戦える。その事が冗談として伝わってこない。

 果たしてもしそういう相手を前にしたら茜はどう動くのだろうか。


「……あまりお勧めしませんよ」


 エルは茜の言葉にそう返答する。 


「精霊の私からすればそう言ってくれるのは嬉しいんですけどね……そういう人達と戦うって事があの世界じゃきっととても悪い事になりますから」


 あの世界で人間がそういう行動を取る事は、間違いなく破滅への第一歩だ。そういう人間に助けてもらって、そういう人間と精霊を助けてきた自分が言える事ではないのかもしれないが、人間がそういう行動を取る事を推奨する気にはなれない。

 世界がそういう風に変わるとすればそれは喜ぶべきでも、誰か一個人が……仲良くしていきたいと思っている様な相手がそういう道を進むのだとすれば、それはきっと精霊の為にならないとしても止めなくてはならないと思う。

 もっともそういう状況にはなりえない。この世界にはきっとそういう人はいないだろうし、あの世界に茜がたどり着く事も無いだろう。

そして先程話を聞いた昔の茜ならともかく、今の茜は冷静に物事を考えている。


「……まあ今の所はやりようもないしやる気もないんだけどね。例えそんな相手が居てもきっと私が動いたら色んな人に迷惑かけちゃうから。私がどうなるとかはともかくね、それは嫌なんだ。もう誠一君に迷惑は掛けたくないし」


 だけど、と茜は言う。


「だけどね、もし自分の周りがそういう人達の酷い事に巻き込まれたんだったら話は別だよ。その時はきっと戦うだろうしその気もある。だからね、もしそういう事に巻き込まれちゃったりしたら、その時は私にも相談していいからね。やれるだけの事はやるからさ」


「……」



 その言葉にどう返答すればよいのだろうか。それはよく分からない。

 正直に言って、そういう状況で誰かに縋る用な真似をしていいのかが分からないのだ。

 誰かに助けてもらう事を拒絶したい訳じゃない。そうであればあの森でエイジの手を取っていない。

 だから、そういう事では無い。

 自分が誰かに助けを求める状況に追い込まれる用な状況は、きっととても酷い状況だ。

 関われば碌な事が待っていない。

 その良い例が……否、悪い例がまさにエイジだ。

 精霊加工工場の一件はともかくそれ以前、アルダリアスで二度も死にかけた原因は一重に自分と関わったからにある。そうでなければああいう事は起こり得ない。

 だから簡単には頷けないのだ。そういう状況に巻き込まれて、追い詰められた時ならばきっと手を伸ばしてしまうと分かっていても、少なくとも安全圏にいて冷静になれる今なら思える。

 ああいう様な相手と戦う様な事にさせてはならないと、確かにそう思えた。


「……」


 だから結局何も言えなかった。

 頷けないし拒否するのも違う気がするから。

 そして何も言えないエルに対して、茜は言う。


「まあその反応は好意的に受けとっておくよ」


 色々と察した様にそう言った茜は独り言を呟く様に言う。


「……ほんと、エルちゃんは優しいなぁ」






 その後運ばれて来たカレーうどんは確かに絶品といってよかっただろう。

 ここ一か月ほど人間らしい食事を続けてきた訳だが、ここ数日は碌な食事を取ってなかった。そんな中でこうして普通においしい物を食べられるという事が、今の自分が置かれている状況がそれ程悪い物じゃないという事を感じさせてくる。


「いやー、それにしても焦ったよ。なんとなく異世界から来たっていうと箸とか使えるのかなって思ったんだけどね、普通に問題なかったね」


「そんな印象なんですかね。一応あの世界食べ物は凄くおいしくて幅も広いんで、箸を使う事もそこそこありましたよ」


「あーそうなんだ。いや、偏見って駄目だね……っと、着いた。此処だよ」


 エルと茜は食堂を後にして施設内を歩いていた。

 目指していた場所はエルが寝泊まりする為に用意された来客用の部屋だ。


「さっきもちょっと言ったけど、これがまたいい部屋なんですよ」


 そして茜が部屋の扉を開ける。


「へぇ……」


 案内された来客用の部屋は確かに茜が言っていた通り客人を迎えるには十分と言える内装になっている。仮に個々が宿ならばそこそこの金額を要求されるだろう。


「なかなかいい部屋でしょ?」


「ですね……いいんですか?」


「いいのいいの、遠慮しないで。ゆっくりくつろいじゃってよ」


「じゃあお言葉に甘えて」


 とりあえず軽く部屋の中に視線を見渡しながらベットの元にまで歩き腰を下ろす。

 確かに座っただけでもなんとなく良さそうな代物だという事が分かる。それこそ何もない時であればいい具合にリラックスして眠れそうだ。


「どう? 良く眠れそうな感じしてる?」


「まあそうですね。結構良い奴ですよね。多分良く眠れるんじゃないかなって思います」


「そっか。なら安心。ベットって体に合わないとよく眠れなくなるしね」


「まあ確かに眠りにくいですよね。でもそれでもベットで眠れるってだけでも十分ですよ。ベットって体を成していれば地べたに寝るのと比べると凄く眠りやすいですから」


「ああ……うん、そうだね。それより劣ってたらもうそのベットは捨てなきゃ駄目だよ……とまあ、それはさておき」


 茜はそこで話を切って切り替える。


「……一人で寝れそう?」


 不意にそんな事を聞いてきた。


「どうしたんですか、突然」


「いや、ね。色々あったから。辛い事もいっぱいあっただろうから。そんな時ってさ、きっと眠りにくいと思うんだ。どれだけ環境が優れていてもね。だから……もし眠れなければ、私でよければ一緒に寝てあげようかなーなんて」


 茜はエルを心配するようにそう言った。

 だけどそれにエルは首を振る。


「大丈夫です。一人で眠れますよ」


「ほぉ……その大丈夫ですはアレかな? オイオイ、コイツ馴れ馴れしすぎんだろってアレかな?」


「ち、違いますよ!」


「知ってるよ。というかそうじゃなかったら私ちょっとへこむ」


「違いますからへこまないでください」


 エルは茜にそう言った後、一拍空けてから言う。


「ただまあ一人でも眠れるかなって思うのと……後はそうですね、色々と整理したいんです。色々あったからこそ、少し落ち着ける時に」


 事が起きてから色々と考えて状況を整理してきた筈だ。

 だけど茜と話す前は殆どエイジにかける言葉を探していたし、それ以外にしてもあまり落ち着いて考えていたとは言えないのかもしれない。把握しておくべきことで見落としている事なんかがあるかもしれない。

 だから今の状況をより正しく的確に呑み込んで受け入れる為にも、ある程度気持ちがリラックスできている今、一人で色々と整理してしまった方が良さそうだと、そう思った。


「なるほど……だとすれば確かに一人の方がいいかもね」


 茜は納得した様にエルの言葉にそう返す。


「まあ私は私で色々と考えを纏めたいって感じではあったし……そうだね、じゃあ今日の所はこれでって感じかな。また明日来るよ」


「はい。えーっと……よろしくお願いします」


「こちらこそ」


 そう言って茜は笑みを浮かべる。


「じゃあおやすみ、エルちゃん。今日はエルちゃんに会えてよかった」


「私も茜さんに会えてよかったです。おやすみなさい」


「じゃあまた明日」


 そんなやり取りの後、茜は部屋から出て行く。

 そして部屋の中はエル一人になった。

 エルはそのまま後ろに倒れてベットにうつ伏せで寝転がる。


(……一人、か)


 思い返せばエイジと出会った後から、一人で眠るなんて事は無かった。

 別に茜に言った通り眠れるのは間違いないが、やはり寂しくは思う。何時もいた筈の誰かがそこにいないだけで、多少なりとも感覚は狂う。

 ……明日、エイジは目を覚ますだろうか。

 その隣に自分はいられるのだろうか。


「……違う。そういう事じゃない」


 考えを整理すると言っても、そんなネガティブな事は考えない。それに関してはもう結論は出た筈だ。

 だからそれ以外で、自分の中で起きた事や状況を整理して明日以降に備えればいい。

 ……そして色々と考えを纏めていく内に、一つの疑問を見つけた。

 これはきっと答えを知る事はどうやってもできない。そんな疑問。

 ……この世界に飛んだ。その結果、皆居なくなった。エイジも酷い状態だ。

 だけどこれは本当に最悪の結果なのだろうか。

 あの状況で、この世界に飛ばない選択肢をすればあの場で誰も死ぬ事は無かっただろう。エイジが心に深い傷を負う様な事にもならなかっただろう。

 だけどそれはあの時点だけの話だ。その先の未来は分からない。否、酷い方向に転がる可能性が多いにあった。あったからこそこの世界へと飛ぶ踏ん切りがついたのだ。 

 果たしてあのままこの世界に辿り着かなかったら、自分達はどうなっていたのだろうか。


 ……実は自分達はもっと酷い結果を、結末を、回避して此処にいるのではないだろうか。


 四方八方敵だらけの状況ではない。結果的に自分達の味方をしてくれている人が大勢居る。

 あの詰みかけた状態から全滅せずにこの状況にたどり着けたのは、もしかすると最善の結果なのではないだろうか。

 それは分からないし、そんな事は口が裂けてもエイジの前では言えない。皆がいなくなった今の結果があの時点での最善の結果だったかもしれないだなんて事は絶対にだ。

 と、そんな事を考えていた時だ。

 不意にズキリという痛みがエルの頭に響いた。


「……ッ」


 思わず頭を抑える。

 だが耐えられない程の痛みでもなく、そして十秒ほどでその痛みは引いていく。

 引いた後にはもう体に異常はなく、文字通り元に戻った。


「……やっぱり疲れてるのかな」


 普段から片頭痛を患っていた訳でもなければ、風邪を引いていた訳でもない。だとすればやはり一日に色々とありすぎて脳が悲鳴を上げているのだろう。


「……ならもう寝たほうがいいかな」


 これ以上頭を使うのは良くない気がした。

 考えの整理はできればやっておいた方がいいという程度の物だ。ある程度のみ込んでいる事情を馴染ませるようなそんな用な事。

 だとすればもう眠ってしまった方がいい。疲れをとって頭を軽くしてから浮かぶ何かもあるかもしれないし。

 そんな事を考えながらエルは体を起こして、部屋の入り口に設置された証明の電源スイッチを切る。

 それで地下に位置する為窓の無い部屋の中は暗闇に包まれる。

 そんな中で再びエルはベットに横になり瞼を閉じた。

 話しかける相手も、話しかけてくる相手もいない。

 だから早々と意識が沈んでいく。

 あまり良い気分に浸れずに、明日は今まで通りに眠れる事を祈りながら。

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