ex 連絡通路 Ⅰ

 誠一の後を追って辿り着いたのは近くの雑居ビルだった。

 三階建てのその建物が彼の言う本拠地だとすれば、いささか小さすぎる様に思える。


「よし、此処は生きてるな。比較的近い所が無事で助かった」


 そう言って中に入った誠一の後を追う。


「……此処があなた達の本拠地なんですか? それにしては狭いし静かですが」


「んな訳ねえだろ。此処から緊急時の連絡通路が目的地に繋がってんだ。こんな所を本部にする程の小規模な組織なら、一年前の多発天災で日本は滅んでる」


 ……多発天災。エイジの口から何度か話を聞いた。

 半年間に渡って地震などの天災が立て続けに発生し続けた、文字通りこの世の終わりを感じさせる様な大災害。

 実際にエルがその光景を見たことは無い。だけどその原因が今なら分かる気がする。

 目の前の暴走する精霊から世界を守る様な行動を取る人間の組織。その組織が小規模ならば多発天災で国が滅んでいた。それが即ちどういう事なのか察しが付いた気がする。

 エイジから聞かされていた話とは全く異なるうえに、ただの憶測にすぎないけれど。


「まあそんな訳だからこの建物は連絡通路隠す為にだけあるって言ってもいい。まあ使ってはいるから本部の一部って言っても間違いじゃないとは思うけどな。っと、こっちだ。下に降りる」


 ビル内部の奥の階段を下りると、そこには殺風景なコンクリートに覆われた部屋が広がっていて、その部屋の壁の中心には一枚の扉が設置されていた。


「ちょっと待ってろ、今空ける」


 そう言いながら誠一は扉の隣に設置されたパネルに手を触れる。

 そして約二秒ほどの静止の後、閉ざされていた扉が開かれる。


「この先が本部への連絡通路になってる」


 そう言う誠一の後ろをエイジを担ぎながら扉の向こう側へと足を踏み入れる。

 そして瞳に映るのは真っ直ぐな一本道。


「この先を進めば本部に到着だ。ちょっと歩くぞ」


「それはいいんですけど……緊急時の連絡通路って言いましたよね。地上からは行けないんですか?」


 別にこの選択に悪意があるとは感じられない。だけどやはり人間の言動というだけあってまだ色々と考えてしまう。

 態々緊急時に用いられる通路を使う。確かに先程まで外で起きていた事態は緊急事態と言っても差し支えがなさそうだが、それはもう終わった。も終わってしまっている。

 その被害で外が徒歩で歩けなくなっている様子でもない以上、こういう緊急用の通路を使う必要性というのが見えてこない。


「行ける。寧ろ地上から本部に直行したほうが幾分か早えよ」


「ならどうして――」


「……見たいか? 外の惨状」


「……」


「見ないほうがいいに決まってるし、正気保ってる精霊にあんなもん見せるわけにいかねえんだ。俺の勝手な判断だけどよ、この道を使わせてくれ」


「いいですよ。多分見てもいい事は何もないってのは分かりますから」


 直接的な表現は避けられているが……何を言いたいのかなんてのはよく理解できた。

 きっとそこにある光景は、ドール化された精霊を見るよりももっと酷い物かも知れない。

 そして少なくともいつ目を覚ますか分からないエイジを背負った状態で通ってはいけない道だと思った。

 だからそのまま連絡通路を歩いて目的地を目指しだす。

その間生まれた沈黙に耐えられなかったのかどうなのかは分からない。どけどやがて誠一が切り出した。


「で、まず何から聞きたい。答えられる事なら答えるぞ」


「……てっきり着いてから話を始めるんだと思いましたが」


「まあそのつもりだったんだがな、考えてみりゃお前への質問は俺個人で聞いても結局お前にとって二度手間になっちまうが、お前からの質問なら今聞いても二度手間にはならねえだろ。ある程度時間はあるんだ。今聞いて答えりゃそれで終わるなら終わらせよう」


「確かにそうですね……でも、いいんですか?」


「なにがだよ」


「私は聞かれた事に答える気はありますよ。だけど先に聞きたい事を聞いてしまったら答えない人や精霊もいると思うんです」


「まあ普通はな。交換条件みたいなもんだし、こちらに優位に進めてえさ。だけどお前の場合そういう事をしねえのは分かってるからさ」


「なんでそう言えますか?」


「エイジが信頼してる相手が、そんな事するわけがねえだろ」


 当然だという風に誠一は言う。


「エイジさんの事、随分と買ってるんですね」


「そんなんじゃねえよ。アイツに人を見る目があるかどうかなんてのは正直分からん。少なくとも特別秀でてはいないだろ」


 だけど、と誠一は続ける。


「ダチが信じた相手を信じねえ訳にはいかねえだろ。だからまあ、そうだな……するわけねえっつったけど、結局俺の希望だよ……なんか言ってる事無茶苦茶だな俺」


 そして誠一は軽くため息を付いた後、一拍空けてから言う。


「だからまあ頼むわ。栄治の為にも協力してくれ」


「さっきも言った通り、ちゃんと話すことは話します。仮に話す気が無かったとしても、私の所為でエイジさんまで嫌な風に見られたら嫌ですからね。約束は守ります」


 そう答えたエルに対して誠一は一拍空けてから、エルに聞こえない様な声量で呟く様に言う。


「そうか……いい奴に会ったなエイジの奴」


「……何か言いましたか?」


「いや別に。んな事より話を進めよう。まずは何から聞きたいんだ?」


 少なくともそれは今何を呟いたかなんて事ではない。

 何を聞くかはエイジを背負って動きだした時から考えてはじめ、今に至るまでにまとまっている。

 だから迷うことなく聞きたいことは喉の奥から出てくる。いざ聞かなければならない場面で考えていては聞き洩らす事もある。そう考えて正解だった。

 そしてエルは誠一に問う。


「……とりあえずこの世界に辿り着いた精霊が自我を失って暴れ出す事も、あなた達がそんな精霊の被害を抑える為に戦っているんだって事も、詳しい事はともかく大雑把には理解できました。今までの出来事や話の流れを考えると、きっと多発天災っていう酷い大災害も精霊が暴れた事による被害なんですよね」


 まずは自分の憶測を確定事項に昇華させる。そのつもりで聞いた問いに帰ってきたのは予想通りの言葉。


「……まあ、そうなるな」


 とても言いにくそうに誠一はそう返答して続ける。


「精霊のお前に直接こういう事を言うのは気が引けるんだけどな、確かにお前の言う通り多発天災ってのは精霊が暴れた結果だよ。サイクロンだとか大型地震だとか、そういう事ではなく精霊が人類の総人口を約半分に減らしたんだ……聞いていたのか? 栄治から多発天災の事を」


「ええ。この世界に来るのは初めてですけど、エイジさんから話を聞いて、知識だけは色々知っているんです」


 だけど、とエルは続ける。

 此処からが聞きたい部分だ。


「……エイジさんから聞いた話と、この世界で起きている事実が全く一致しないんです。多発天災は地震だとかサイクロンだとか、そういう自然災害が多発して起きた大災害だって、エイジさんはそう言っていました。だけど……そうじゃなかった。起きた結果が酷い有様だって事だけはきっと変わらなくて、それでもその過程がまるで違う。それはつまり……どういう事なんですか」


 そんな規模の被害が起きれば、事実をそこまで捻じ曲げて認識する事は無い。

 そしてエイジが真実を知っていて嘘を付いていたなんて事もない。

 だってそうだ。


「きっとエイジさんがこの事を知っていたら、あの場所で思い留まっていた。この世界に精霊が辿り着いて暴れているという事実をエイジさんが知っていれば、きっと散々悩んだ末に違う答えを出していた筈なんです。全てを知ったら立ち直れなくなるかもしれないような、そんな酷い事にはならなかった筈なんです」


 きっと全てにおいて変わっていたのかもしれない。エイジが精霊の事を知った上であの世界に辿り着いて入れば、今の自分は此処に居ないのかもしれない。だけどもしそれでも自分が隣りにいて、他の皆もエイジの隣りに居たのだとすれば……その全てを知っていれば、彼女達はきっと今でもエイジの周りに居る筈だ。

 知らなかったなんて事は何か特別な理由でもなければ成り立たない。だとすればきっと特別な何かがある筈なのだ。

 だからそれを問う。それが誠一に答えられる事かどうかは分からないが、それでも問う。


「なのにどうして……エイジさんはその事を知らなかったんですか。一体何がどうなったらそんな事になるんですか。教えてくださいよ」

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