7 カウントダウン

「……俺も行かねえと」


 誠一の背を見送った後、とにかく俺達も動くことにした。

 足止めには参加しない。それは誠一達に任せる事に決めた。だけどそれでも此処に突っ立っていて言い訳が無い。

 動く戦況に置いて行かれては事は成せない。常に最適な位置へ。最適な間合いへと陣取る為に俺は動く。

 近くの雑貨ビルの屋上まで飛び、そこから屋上を飛んですぐにでもナタリアの元へと飛べるようなポジションへと移動する。

 今立っているのが現段階での最適な位置。事が動けば場所を変える。それまでは此処で待機だ。


「……」


 待機してその戦いを眺める。

 見たままの状況を言えば、誠一達は完全に押されている。だけどそれは当然と言えば当然だ。寧ろ押していてもらっては困るし、それでは話が違う。

 今の完全に押されている。だけど踏みとどまっている。この状況がきっと理想な形。


『極力攻撃をしないでって条件ならいくらかやり様はある。ソイツじゃ駄目か?』


 ナタリアの攻撃を最低限の攻撃だけでしのぎ続ける。誠一の言葉通りの状況だ。


「……頼むぞ、誠一」


 ナタリアをうまく食い止めてくれ。

 そして頼むから死んだりしないでくれよ。

 そこまで考えた所で背後から物音が聞こえた。

 一瞬それはナタリアとは別の精霊が現れたのかと思った。だけど振り返った先に居たのは精霊ではない。


「ちょっとそこどけッ!」


 こちらに向かって走ってきたのは二十代半ば程のロングコートの男。

 言われるがままに俺が立ち位置をずらすと、その場にまっすぐたどり着いた男がその場にしゃがみ込み足元に誠一が使ったのと同じような札を張り付ける。

 そして札に手を添えたままでいると、やがてその札を中心に魔法陣の様な物が展開されていく。


「これは……?」


「気が散る! 今は話しかけんな!」


「……」


 思わず出てきた問いにそう怒鳴り返されて思わず黙り込む。

 確かに表れた男の表情は、まさに繊細な作業をする為に集中するという様なもので、本当に俺の言葉で気が散ってしまったのだろう。そんな声をあげられても無理がないのかも知れない。

 代わりに俺の問いに答えたのはエルだった。


『少なくとも……精霊術ではなさそうですね』


 それはきっと誠一達の力も含めた言葉。

 アルダリアスでの事が終わった後、シオンが言っていた俺の知らない何かの片鱗。

 それが何であるかは、落着けないにしても結果的に生じてしまっている考える為の時間的余裕があったとしても知りえない。ずっとこの世界に住んでいた筈なのに、異世界で得た精霊術という存在に似ているという以外、どの知識にも引っかかってくれない様な力がそこで展開されている。

 ……どうしてこんな訳のわからない力の存在を、俺は認知していなかったのだろうか?

 いや、そもそもそれ以前にだ。誠一を含めたロングコートの連中がこうした力で精霊と戦ってきたにも関わらず、俺は一体どうしてあの世界に行くまで精霊の存在すら認知していなかったのだろうか? 希薄な可能性なんかではなく、明確にその事実を認識していればこんな事にはならなかったのに、どうして俺は何も知らなかった? 知ることができなかった?


 精霊たちの言う絶界の楽園は俺が元居たこの世界だった。だとすればだ……一か月前、俺が異世界へと飛ばされた一件の以前にも精霊はこの世界に辿り着いていた筈だ。だって精霊はずっとこの世界へと向かっていて、その精霊と戦う存在が……誠一達があの時点で既に居たのだから。

 少なくともあの湖への道を塞いでいた精霊捕獲の業者が現れたのは一年前。それより以前はあの場所はフリーで、あの業者が網を張るほどの大勢の精霊が移動を行っていた筈。

 だとすれば知っている筈なのだ。

 そんな大勢の精霊がこの世界に辿り着いたのだとすれば、何かしらの形で一年前の段階で精霊の存在を知っていなければおかしいんだ。


 たかだか十数人の精霊が出現してこんな事になっているのだから、その一年前にあの業者が網を張る以前の大勢の精霊があの湖に押し寄せた一件の際にテレビやインターネットなどのメディアで情報がリークされるような大事になっていなければおかしい。

 ……だけどそんな報道は一度もなかった。もっともその網を張る直前に値する時期はまさに世界が終りかけていた頃だ。四六時中多発天災のニュースしか流れていなかった。いくら酷い有様だからってそんなニュースが入り込む隙間は――

 そこまで考えた時だった。


『だったら少なくとも今回は……今池袋近辺に出現している精霊を殺さなくちゃいけない。放置すれば池袋だけでなく東京も最終的には北海道や九州の二の舞になるぞ』


 誠一のそんな言葉が脳裏を過った。

 あの会話の中で、どうして多発天災の被災地が出てくるのか。あの時は自然と考えることを放棄してしまったが……今の思考の流れで浮かんできたのなら、どうしてもそういう風に考えが流れる。

 それではまるで……北海道と九州は精霊によってあんな酷い惨事になったみたいじゃないか。

 多発天災が、精霊が暴れた結果みたいじゃないか。

 いや、確かに起きていたのは自然災害だった。自然災害だった筈だ。そういう風に記憶している。

 だけど誠一の言葉に加えて……あの業者が網を張った直後のタイミング。今から一年と少し前に多発天災は終結している。まるであの業者があの場所に網を張ったから多発天災が終わったんだと言わんばかりに。

 そして現実味だけで言えば、訳が分からない位の頻度で大型の自然災害が発生し続けるよりも……精霊が暴れまわったという風がまだ現実的だ。今の現状を、実際に起きた精霊の大移動を考えると十分に起こりうる。

 じゃあなんだ……もし本当に多発天災が精霊によるものだとすれば、あのテレビやインターネットで知った情報はなんだ? 少なくとも東京を襲っていた大型台風はなんだった? すべてが終わってから定期的に繰り返された特別番組でコメンテーターが語っていた言葉は? 被災地の人間の言葉は? 一体何だった?

 俺の記憶に残っている情報は……一体何なんだ?

 ……俺は今まで何を見てきた?


「……」


 確かに半年間の惨状の記憶は脳に詰まっている。

 だけどそれを揺るがすような。それら全てが間違いかもしれないと思わせるような情報が次々に入ってきて、そうした情報によって生み出される憶測を脳の記憶が打ち消していく。

 何が正しいのか。何を信じればいいのか……本当に訳が分からなくなる。

 そしてそこまで考えた所で、思考の海から引きずりあげられた。


「っし……ひとまずはこんなもんか」


 作業が終わったという様な言葉を男が述べる。

 そしてその視線を札から外してこちらに向ける。


「おうわりぃな、さっきは怒鳴っちまって。こっちも他に神経回せる様な状況じゃなかったもんでな……で、お前が誠一が言ってた精霊を助けられるかもしれない親友って奴か。先月の一件で精霊に消されたって聞いてたが良く生きてたな」


 そして、と男は続ける。


「そしてよくそんな情報を持ってこれたな。誠一の奴から聞いたぞ。お前、アイツらを助けられる術を知ってるんだってな」


「……はい」


「頼むぞ。お前が成功すれば俺達は一歩前に進める。頭に花咲いてる連中の理想にも一歩近づける。その為に動かせる部隊全部動かしてんだ。責任重大だぜ?」


「そっちの事は何も分からないですけど、その位は分かってますよ」


 言ってる事は殆ど意味が分からないが、それでも責任重大という言葉がこれでもかと当てはまる事位は理解している。


「分かってんならそれでいい。分かってるんなら気合い入れてサポートできる」


 言いなが男は視線を札へと戻して続ける。


「お前が俺の弟にどこまで説明受けたかは知らねえ。だけどこの一か月でこういう知識を身に着けていなかったとすればお前はこちら側の事に限れば素人だ。だから合図位は俺が出してやる」


「ありがとうございます。助かります」


 合図をくれるっていうのはありがたかった。実際どういう手段で止めるかを具体的には知らない為、その辺りは結構不安だったのだ。それが今払拭された。

 それより……弟?


「っていうか弟って事は……誠一の兄さんって事になるんですか?」


「そういう事。どうぞよろしく。これからも誠一と仲良くしてやってくれや」


 一応兄がいるって話は聞いてたけど、こういう形で出会うことになるとは思わなかった。


「まあそれはさておきだ……そろそろ準備しとけ」


 そして誠一の兄は仕切りなおす様にそう言って、何か通信が入ったのかインカムに手を添え、短く何かを伝えてから再び俺に言う。


「そろそろカウントダウン始めるぞ。いつでも行けるな?」


「……今すぐにでも」


 視界の先ではナタリアを相手に誠一達が、更に加わった援軍と共にナタリアをほぼその場で食い止めている。だけど食い止めるだけに事を留めるのは限界の様にも思えた。それだけ人数が増えたにも関わらず押されている。

 だから……今すぐにでもいい。


「よし。準備完了だ。カウントダウン、始めるぞ」


 ……いよいよだ。


「やるぞ、エル」


『はい!』


 何度チャンスがあるのかは分からない。だけどそれが分かろうが分かるまいが、一度で終わらせよう。

 その為にも……全神経を集中させる。

 さあ……助けるぞ、ナタリアを。

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