31 甘党
「……一つ聞いて良い?」
「はい、なんですか?」
「エルって、甘党?」
「まあ甘いのは好きな方ですよ」
そう言いながら、エルはコーヒーに砂糖を入れる。あの……そのスティックシュガー、三本目なんですけど。いくらなんでも甘すぎやしませんかね。
「そもそも、コーヒーをブラックで飲める人の感覚がまるで分からないんですよ。どうやったら飲めるんですかねアレ」
……あの俺飲める人、というより基本ブラック派なんですが……。
というか甘すぎるコーヒーはもうコーヒーとは言わなくないか? マッ○スコーヒーとかアレ完全に違う何かだろ。なんでコーヒーの括りで纏められてんの?
でもまあ、絶対にエルはアレ好きそうだよなぁと思いつつ……尚且つ、どうやったらそんなに甘い奴飲めるんだと疑問に思いつつ、俺は答える。
「まあ人それぞれだろ。甘いのが好きな奴もいれば嫌いな奴もいる。ブラック派からすれば、どうやったら甘ったるいコーヒーを飲めるのか分からんって奴もいるかもしれない」
「まあ確かにそうですね」
そう言ってエルは一口コーヒーを飲み……僅かに首を傾げ四本目に手を伸ばす。これそろそろ止めた方が良いんじゃないかなぁ。
エルは微調整する様に少し砂糖を入れつつ、俺に問う。
「エイジさんはどっちですか?」
「どっち派っていうと?」
「甘いのか苦いの。どっちが好きですか?」
さて、この問いに俺はなんと答えるべきなのだろうか。
同調しておいた方がエルの機嫌が取れそうだけれど、こんな嘘はボロが出る。そしてボロが出ない様に苦行に身を挺するのは嫌だ。
俺は色々と悩んだ結果、最終的にこう答える。
「そうだな。俺はブラック派だ。あまり砂糖とかは入れようと思った事はねえ」
これから旅をする相手に、そんなくだらない嘘なんてつかない方がいい。
ついていいのはそうする必要性がある嘘だけだ。例えば……あの森の中で、俺がエルに言った嘘の様に。
「え、いや、あの……なんかすみません」
「だから言っただろ。人それぞれなんだ。俺はブラック派でエルはなんかすげえ砂糖入れる派。それでいいじゃねえか」
「ちょっとまってください! なんか扱いに差がある気がするんですけど!?」
あれ? そうだったか。無意識の内に甘いコーヒーへの拒絶反応が出ていたのかもしれない。
「……まあいいや。俺ももう一杯コーヒー飲もう」
「この扱いは変わんないんですね……で、ブラックですか?」
「ブラックです」
俺はそう言いながらコーヒーを淹れる。やっぱインスタントは飲もうと思ってから出来上がりまでが早いから良いよね。
そんな事を思いつつ俺はコーヒーを入れ、エルの元へと戻る。
そして一口。
……うん。やっぱりこれが一番しっくり来る。
そんな俺をエルはジト目を向けながら言う。
「……本当においしいですか?」
「うまいよ」
「じゃあその……一口、飲ませて貰っていいですか?」
「……え?」
エルの申し出に思わずそんな声が出る。
「今思えば、最後にブラックで飲んだのって随分前なんですよ。それからずっと甘いのを飲んでましたから……案外飲まず嫌いみたいになっているのかなって」
……まあ確かにそういう事はある。
味覚は徐々に変わって行く。例えば俺だって小さい頃わさびを食べられなかったけど、今となったら無いと物足りない必需品みたいになっている。
だから昔は無理でも今は大丈夫という事もあるかもしれない。
「分かった。飲んでみろよ。普通においしいぜ」
そう言ってエルの前にマグカップを置き……そして俺もエルに言う。
「代わりと言っちゃなんだけど、そっちの一口貰えるか?」
「え? これ凄く砂糖入ってますよ?」
「俺も、案外飲まず嫌いな感じがあるかもしれない。だから俺も飲んでみる」
何事も一概に、先入観だけで非難してはいけない。
「……はい。分かりました。どうぞ」
エルは微笑をうかべて俺の前にマグカップを置く。
そして俺は間接キスにならない様に反対側から砂糖たっぷりのコーヒーを口にする。それとほぼ同時に、エルも俺のブラックを口にした。
そして互いにマグカップを置いたタイミングで、エルが言う。
「エイジさん」
「なんだ」
「慣れない事はするもんじゃないですね」
「奇遇だな。同じ事考えてた」
結論から言えば、俺はやっぱりブラックが好きなのだった。
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