19 0.00%

「ああああああああああああああああああああああああああッ!」


 ただ、叫び散らした。

 自身を鼓舞する為に。生き残るために。

 だけどそんな事が生存率を上げてくれるわけではない。きっと激痛のショックを多少和らげてくれる位だ。

 全力で地を蹴り向かった先には、それを待ちかまえたかのように精霊が待ちかまえていた。

 その手に携えるは、精霊術で作ったと思わしきハルバード。

 振り下ろされる寸前、左手から風を噴出させ軌道を変えて回避する。だけどその背に激痛が走る。

 俺の行動を読んだかのように、天井間際に跳んでいた男が蹴り飛ばしたのだ。

 そのまま地面にたたき落とされるが、すぐに体勢を整えがむしゃらに正面に跳んだ。

 ハルバードを振り下ろした直後の精霊にタックルをかまし、そのまま突きぬける。

 だが再び背中に激痛。それも先の比では無い。


「が、あああああああああああああああああッ!?」


 激痛と衝撃で一気にバランスを崩し床を転がる。

 その最中に見えたのは精霊の手から離れたハルバートを振るった背の高い女。その女が振るったハルバートは俺の背を確かに切り裂いた。

 だけど、そんな事だけで猛攻は終わらない。


「ぐ……ッ」


 左腕が床に着いた瞬間、地面から文字通りトゲが生えた。

 細く長いそれは俺の左腕を貫き、床に血をまき散らせる。

 そしてまき散らした血が、文字通り飛んできた。


「……ッ!」


 まるで弾丸の様に。重力が真逆になった空間で水滴が落ちた様に。そして銃弾の様に。俺に向かって跳んできた。

 瞬時にトゲから左手を抜いて回避するが左肩を貫かれる。

 そして激痛に顔を歪ませながら体を動かした先には男の拳。


「ッハ……ッ!」


 鳩尾に拳を叩きこまれた。

 意識を失うほどの。否、一瞬意識を失ったんじゃないかと思うほどの重い一撃。その余韻がまるで抜けていない時に、碌に動かなくなった左腕に何かが突き刺さる。

 それは先程の鎖。囲いから脱出しようとする俺を引き戻すが如く、宙に浮いた体は引っ張られる。

「ッそがあああああああああああああああああああッ!」

 俺はそのまま空中に風の塊を出現させ、一気に踏み抜いた。

 自殺行為だ。ある程度体勢を整えられたさっきのとは違う。片腕が動かず、しかも全身の激痛が増しバランスも悪く、更に鎖で引かれて到達地点に大きなズレが生じる。

 元から屋内で使うのは危険が伴うのに、これだけの状況が揃えばもう立派な自殺だ。

 だけど鎖を切ろうとすれば、そのワンクッションの間に畳みこまれる。他の逃げ方をしても畳みかけられる。自らの行動で死ぬかもしれないこの行動が、今俺が取れる唯一の生き残りの道。

 風を踏み浮いた直後。推進力を得ると同時に、左腕に尋常じゃない痛みが走る。

 当然だ。鎖の先に掛る体重が掛っているのだから。きっと抜けにくくなっているソレが人体に与える影響は深刻だ。


 そして抜けにくいは抜けないでは無い。

 ……抜けた。それはまるで、かえしが付いた釣り糸を、無理矢理引き抜いた様に。

 つまりは肉が抉れた。おそらく鎖を切れば自然と消滅するシステムになっているのか、先に足で喰らった時には感じなかった感覚が左腕を中心に発生し、それは意識をも抉り取る。

 そして次に目が覚めた時、目の前にあったのは床だった。

 激しい推進力を纏った体が、受け身を一切取らずに床に叩きつけられる。

 そしてバウンドする様に再び体が宙に浮く。

 揺らぐ視線のその先にはブラックホールの様な何かが展開されていた。

 そしてそれらから、まるでアサルトライフルの様な銃弾が一斉射出される。

 咄嗟に目の前に展開した結界は、数発でひびが入りついに粉砕。全身が銃弾の雨に晒される。

 それでも。

 ……まだ意識は残っていた。

 それはきっと相手にとって想定外だったのだろう。

 俺に当たらない銃弾は後方。奴らの方に飛ぶ。そしてソレらを防ぐ術は持ち合わせている筈だ。だけどそれをしているためか、後方からの追撃は無い。

 つまり奴らはコレで決める気だったのだ。俺を囲んでいた連中の中で、何もしてこなかった奴らが作り上げた戦いを終わらせる術式。アイツらに残されたのは、精々が死体処理位だったんだ。

 だけど俺の意識は確かにある全身に銃弾が当たるが、激痛止まり。何発か貫通するがそれでもまだ死なない。

 ……突破する。

 ……突破、するんだ!


「うおあああああああああああああああああああああああああッ!」


 再び鼓舞する様な雄叫びを上げる。

 意識を失わない様に。生き残るために!

 そして貫いた。ブラックホールを突きぬけた。

 つまりは猛攻を、一時的にでも生き延びた。

 この体でまともに動けるかは分からないが、それでも一歩状況は好転した。

 そう、たかがブラックホールを超えたぐらいでそう思ってしまった。

 精霊術。それは魔法の様な力。少なくとも詳しく知らない俺にとっては魔法と変わらない。何が起きるかなんてわからないのに。

 そして……例えそんな物が絡んでいなくても、何が起きるかなんてのは、まるで分からないのに。

 視界に記憶に残っている顔が映った。

 その手には剣が握られている。

 そして次の瞬間、俺の体から血が吹き出し、着地もできずに再び地に転がる。


「……ァ」


 視界の先が血の海だった。

 俺から流れ出た血液が床を支配する。白かった床を、ただただ赤く染めて行く。

 そして俺を切り捨てた三十代前半程の男は、きっと俺を見降ろしながら言った。


「俺の術が効かない化物だと思ったが、評価すべきはそれだけだ。殺すべきタイミングで殺さなかった。あの時お前は俺を殺しておくべきだった」


 そんな言葉を聞きながら、俺の意識は薄れて行く。

 それは幻覚すらも見せたのだろうか。その先に思わず手を伸ばしたくなる存在が見えた。そんな気がした。

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