2 対価
「コイツで最後……だよな」
戦いの幕を閉じたおっさんが確認する様にそう呟く。
「多分、最後だと思いますよ」
周囲を見渡しても増援は無さそうで、俺とエルが攻撃を加えた盗賊と精霊は一人も起き上がってこない。
「万事休すかと思ったが……助かったよ。ありがとう」
「どういたしまして」
おっさんは俺に軽く頭を下げる。
だけど再び上がってきた顔の表情は、一概に状況を喜んでいるとは言い難い表情だった。
言ってしまえば、疑念と言うか疑問と言うか、そういう何かが混じっている。
「それにしても……一体、キミは何をしたんだ。いや、違うな。キミの精霊に何が起きているんだ」
当然その疑問は沸いて出てくるだろう。
精霊の武器化。それはエルドさんやルキウスの反応を見ても分かる通り、この世界の常識から外れた現象だ。その現象を用いてあれだけの劣勢を簡単に覆した。
それだけの事を見せられれば、何かが引っかかったっておかしくない筈だ。
「今の武器化の事を言っているんだったら、俺にも詳しい事は解りませんよ。纏っている雰囲気が違う事もそうですけど……分かんねえ事が多いんです」
本当は大体の憶測は付いているけれど……この回答が正解な筈だ。
雰囲気の時の話もそう思ったけれど、正しい事を話せば面倒事になりかねない気がするからな。
「扱ってる本人にも分からないのか……まあ何にしても、凄い力だった。実質全員を相手にしていた訳だからな」
それが出来たのはあの盗賊達がたいして強くなかった事も理由の一つだろう。
エルドさん達の方が一段も二段も上手だ。この盗賊達がこの世界の平均的な強さなのだとすれば、あと数人多い敵に襲われてもなんとかなりそうだ。
でもあまり大っぴらにこの力を使わない方が良いのかもしれない。
「でも、だからこそあまり戦う事は控えた方が良い。積み荷を守ってもらった立場で言うのはなんだけど……忠告と思って聞いてくれ」
おっさんは考えを纏める様に、一拍空けてから応える。
「キミの精霊は珍しすぎる。だから目立つし……欲する者も多くなる」
「欲する者?」
「奪ってでも自分の物にしたい外道の事だ。コイツらの様にな」
そう言っておっさんは、倒れている盗賊に視線を落とす。
「多分。個人的に欲しい者もいれば、売って金にしようとする者もいるだろう。多分その精霊を市場に出せばとんでもない値が付く筈だ。だから……そうならない為にも目立たない方が良い。今回はうまく行ったが、次が上手く行くとは限らない」
「……肝に銘じておきます」
まあ……エルの纏う雰囲気が特殊、というより本来の精霊の物であるという時点で、目立たないも何もないと思うが。
「分かったならそれでいい。あまり恩人には不幸な目にあって欲しくないからな」
そう言ったおっさんは、さてと話題を変える。
「コイツら、どうすっかな」
俺の居た世界であるならば、警察に通報すればいい。
だけどおっさんの反応を見る限り、この世界の文明レベル的に、それに準ずる手段はなさそうだ。
「無難な所で……縛って放置か」
「放置って……そんな事で良いんですか?」
「いいというより、それしか無いだろう。憲兵の所に連れて行こうにも、コイツらの精霊術を無効化できる代物を持ち合わせていない以上、目を覚ました時に道中で何をされるか分かったもんじゃねえしな。まあ街に着いたら一応報告だけはしておくけどよ」
連絡手段が無いだけで、ここまで面倒なんだな。
まあとにかく、現状コイツらは此処に放置するしかないだろう。
荷台に乗せて不意打ちでもされれば、本当に洒落にならない。
「とにかくもう行こう。コイツらが目を覚ます前にな」
「そうですね」
そうして俺達は、特に損傷は無かった荷台に再び乗り込みその場を後にする。
隣ではエルが不安そうな表情を浮かべていた。
一度窮地から脱しても、いつだって危険が隣り合わせで狙われ続ける。それを身を持って経験したのだから不安じゃない訳が無い。
とりあえず人の多い所に長期滞在するのは止めた方が良いだろうという事を、改めて認識した。
これから行く街で旅の準備を整える。
それを終えて少し体を休めたら即出発。これがベストだ。
ベスト……だけども。それが出来るかどうかは怪しい。
果たして街でまともに動く事が出来るのだろうか。
主に、金銭的な意味で。
何とかなるだろうとは思っていたが、近づくにつれて不安が増してくる。
こういう異世界に飛ばされる系の小説を以前暇な時に読んだ事があるが、その手の作品では持っていた現代の所持品にある程度の値が付き、活動資金を得ていた様な気がするけど……はっきり言って俺は何も持ち合わせていない。
ある物といえばサイフだけ。一応この世界に来た時点で携帯は持っていたが、エルとの一悶着で壊れて、エルドさんの家で着替えた際に捨ててきた。
つまりは、売れそうな物が何もない。
……通帳のカードとか売れてくれないかなぁ。なんか見た目メタリックだし。
そんな淡い期待を抱きながら、俺はゆっくりと流れて行く景色を眺める。
静かに手を握ってくる、エルの手の感触を感じながら。
淡い期待が通ったのかどうかは分からないが、結果的になんとかなりそうだった。
「……良いんですか?」
「まあ謝礼だと思って受け取ってくれ。他に渡せるものなんて何もない」
街に辿りついた俺は、おっさんから五枚の硬貨を貰っていた。
……見た感じ金貨の様だけども。
「実質的にガードとして命掛けで戦ってもらった報酬には少ないかもしれねえが、それが俺の出せる上限いっぱいだ。悪いな」
「あ、いえ……」
これはきっと本当におっさんの上限いっぱいで、それなりの金額なのだろう。
おっさんは俺が異世界から来た事を知らない。
だったらおっさんにとっては、俺はこの世界のこの通貨の事を知っていて当然と言う風に映る。だからその言葉はきっと本物だ。
本物だと分かるからこそ、貰う事には若干の躊躇いが生じる。
俺達は此処まで送ってもらったんだ。命掛けの戦いの対価があるとすれば、きっとそこでは無いのだろうか。
「……ありがとうございます」
「いいって事よ」
だけど俺はそれを受け取り礼を言う。
俺達には今,金が必要だ。例え貰いにくい状況だったとしても、素直に貰っておくのがこの状況的に正しい事だと思う。
「じゃあ俺はもういくわ。依頼人の指定場所は街の反対側だからな」
どうやらおっさんとはこれで、お別れの様だ。
「あ、とりあえず一つだけ言わせてくれ」
馬を走らせようとするおっさんは、思い出したように俺達に……いや、きっと俺に言う。
「その血塗れの服。なにがあったんだって怪しまれたっておかしくねえから、早めに着替えろよ」
「あ、は、はい」
「うっし。じゃあまたどこかで会おうぜ」
そう言っておっさんは馬を走らせ、俺達の視線から消えて行く。
そうして街の入り口に残されたのは俺と、不安そうな表情を浮かべるエル。
その表情は先程よりもはっきりとしたものになっている。
当然だ。もう俺達の周囲には人が居る。そのうち何人かはエルの雰囲気に……そしてもしかしたら、明らかに感情の籠った表情を浮かべているエルに気を魅かれて視線を向けてしまっている。
俺の服の裾を掴むなんていう、ドール化した精霊が取る筈の無い行動を取っているエルに不信感を覚えてしまっている。
「エル」
俺がエルにしか聞こえない様な小さな声で名前を呼ぶと、エルはゆっくりとその手を離す。そして表情も無理矢理無表情に仕立て上げた。
……早く人のいない所に行こう。
まずはこの金で服を買って、食料を買う。その後はひとまず人が居ない所……何でもいいから部屋を借りよう。それまでの行動を迅速に。
俺はその場から歩きだす。その後ろをエルも同じ歩幅で付いてきた。
人間の後ろを歩く。周囲のドール化された精霊を見本とする様に。
俺もまた周囲から怪しまれない様に前を歩きながら、人の切れ目。偶々俺の声が届きそうな範囲に誰も居なくなったタイミングでもう一言だけ呟いた。
「大丈夫。絶対俺が守るから」
三百六十度敵だらけ。味方は俺一人。
きっと本来は安全なはずの街の中で、俺達の戦いが始まった。
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