第7話 もう死なない

 目覚めると、牢の中にいた。


「何で庇った?」


 早々、少女がぶっきらぼうに尋ねてきた。


「お前が死んだら俺も結局死ぬからだよ。あの状況ならお前は確実に死ぬけど、俺は生きる可能性がある、そう思っただけだ。それより、俺が死んだ後どうなった?」


 少女は直ぐに答えなかった。何を考えているのか黙り込み、俺が痺れを切らして声を掛けると、ようやく返事があった。


「監禁された」


 なるほど。片方だけでも生きていれば、やり直しは出来ない。見張りの手間を考えれば、二人生かすよりも良い方法だ。


「でも、隙を見て自殺した」


 死ぬのは慣れてるからな。そう嫌味を言おうとした時、俺は違和感を覚えた。


 俺たちを妨害し続けていた黒幕の大男は死んだ。なのに何故、少女を監禁する必要がある。最初にそう命令されていて、大男が死んでも律儀に命令を守ったとかか。いや、そんな義理はないだろう、多分。それに大男が死んだ時の周りの奴らの冷静さはどうだ。


 まさか。俺はようやく、その考えに思い至った。


「……黒幕は別人か?」


 そうだとすれば、大男の迂闊さにも合点がいく。奴はそもそも、予知能力など持っていなかった。だから不用意にも俺に殺されてしまった。いや、真の黒幕はそこまで未来予知で分かっていた。だから俺と少女を比べた時、厄介な俺の方を殺して少女を監禁した。周りの連中が冷静だったのも、真の雇い主が生きてたからか。


「……あいつだ」


 不意に、少女が言った。


「あのチビだ。あいつが何かを知ってる筈だ」


 確かに、あの小男が怪しい。大男に顎で使われていたところを見るに、黒幕の命を受けた下僕といったところか。あの小男を辿れば、黒幕に辿り着くかもしれない。


 しかし小男の情報はない。俺たちはまず、大男に接触を図ろうと決めた。名前は分かっている。親しい人間も分かっている。俺たちはションドリを訪ねた。


「ヴリーオなら、家でまだ寝てると思うよ」


 俺は足で扉を固定して閉められないようにし、口を開く。


「出会ったのはいつだ」


 ションドリは無言で手を差し出してくる。俺は盗んだ小銭を投げ渡した。


「ほんと最近。あいつさ、やたら私の好みを刺激してくるんだよね。見た目もそうだし、行動も話も全部。だから運命かもって思って、全部を捧げようって決めたの」


 未来予知のお陰だろう。この女はただのカモだ。


「一緒にいた小さい方は覚えてる?」


 少女が訊ねた。また、ションドリが金を要求する。俺は大人しく払った。


「あの小間使いね。ちょくちょく私たちだけの世界をぶち壊してきたのがむかつくぐらいで、特に何も覚えてない」


 もう良い。大男の家を確認して、ションドリの家を後にした。次は大男の番だ。その道すがら、少女が話しかけてきた。


「会ってどうするの? また罠かもしれないのに」


 その可能性は大いにある。しかし分かっていれば対抗策はある。俺は少女に短剣を一振り渡した。


「まずいと思ったら自殺しろ」


「思った事ない」


「だから死ぬんだよ、馬鹿が」


 途端、少女の眉が吊り上がった。


「はあ!?」


「事実だろうが。お前のせいで、俺が何度自殺する羽目になったと思ってる」


「負けるのは死んだ時。まずいと思うのも死んだ時。だから私は、まずいと思った事なんか一度もない」


「……一回も自殺したろ」


 少女は黙りこくった。ややあって眼付き鋭く俺を睨んでくる。


「うるさい! とにかく私は自殺なんかしない!」


 短剣を突っ返された。まあ良い。何かあれば俺が少女を殺せば良いだけの話だ。そしてその後、俺も自殺する。それで全てがやり直しだ。


 自殺するのが当たり前になっている。本当に、虚しいな。


 やがて、大男の家に着いた。みすぼらしいボロ家だ。それも幽霊屋敷なのか、何やら地鳴りのような低い音が起こっている。


「入る前に周りの様子を伺おう。幽霊は平気か」


「馬鹿にするな」


 そう言って、少女はさっさと歩いていった。俺は肩を竦め、直ぐに周囲を調べた。結果的には何も見つからず、罠はないと判断して大男の家を叩いた。


 反応はない。俺は扉を蹴り破って中に入った。


 大男が泣いていた。


「なんで……なんで……なんで……なんで俺を!」


 それも駄々をこねる子供みたいに泣いていた。地鳴りのような音の正体はこいつの鳴き声か。あまりにも予想外の光景に、俺と少女は思わず顔を見合わせていた。


「……あやして来いよ」


「気持ち悪いから嫌。あんたが行って」


 仕方ない。俺はとりあえず大男に蹴りを入れ、目の前に居座った。


「俺が分かるか」


 大男は涙を流しながら顔を震わせる。


「お前は……お前は」


 また、大男を蹴った。


「俺が分かるのかって聞いてるんだよ。それだけ答えろ」


 大男が頷く。それから流した涙はそのままに、眼を潤ませて俺を見つめた。


「どうやって俺を知った?」


「……未来を視たんだよ」


 こいつは未来予知ができる、だと。おかしい。それだといくつもの筋が通らなくなる。


「……でもそのせいで、俺は捨てられちまった」


「捨てられた? 誰に」


「イブル様に」


 誰だよ。そいつが黒幕なのか。いや、待て。どこかで聞いた事があるぞ。あれは確か、酒場で聞いた筈だ。そう、この大男が言っていた。


「あのチビの名前だ!」


 少女が言った。そうだ。確かにあの小男の事を、目の前の大男がイブルと呼んで扱き使っていた。


「……ちょっと待て。お前ら二人はどういう関係だ」


「主人と召使だ」


「どっちがどっちだ」


「勿論、イブル様が主人で、俺が召使だ」


 こんがらがってきた。酒場で会った時、明らかに大男が主人で、小男が召使と言った感じだった。それが実は逆だった。意味が分からない。


「……なんでお前が主人みたいに振舞ってた」


「そうしないと未来が見えないからだ。イブル様の能力は、誰かの召使になる事でその人に未来予知の能力を与えるってものだ。だから本当は違うのに、俺が主人みたいに振舞ってた」


 それなら合点がいく。要はあの酒場の時、大男は捨てられたんだ。途中まで未来予知をしていたが、小男が能力を与えなくなった事で未来が見えなくなり、俺に殺された。黒幕が小男なら、周りの連中が動揺しなかったのも頷ける。


「あのチビはどこにいる!」


 突然、少女が大男の胸倉を掴んだ。


「な、何するつもりだ」 


「会いに行く。で、ぶっ倒す!」


 瞬間、大男の顔が活を入れたように大人びた。しかし同時に、その顔を少女が殴っていた。


「悔しくないのか! 無様に捨てられて、惨めにめそめそ泣いている! やり返そうって思わないのか!」


 また、大男の表情が子供に戻った。


「そ……それは」


「それはって事は、思ってるんだろ! ならやり直すんだ! 私たちを案内しろ。それが一番最初の、チビへの仕返しだ」


 少し、間が開いた。少女が胸倉から手を離すと、大男はすわと立ち上がった。


「着いて来い。案内してやる」


 最大の好機だった。


 今、小男は大男と共にいない。つまり、大男を切り捨てた。未来予知は使えない。俺たちをさんざん妨害してきた小男を倒すのは、この時しかない。


 大男が走る。俺たちは追った。酒場。大男が迷いなく入っていく。俺たちも後に続いた。


 小男がいた。ひくついた笑みを浮かべている。


「ま、待ってください!」


 小男が言う。大男はがむしゃらに叫び、小男に突っ込んでいく。小男が謝った。大男は止まらない。その手が、小男の胸倉に触れる。


 酒瓶が、大男の後頭部に振り下ろされた。


 殴ったのは客だ。小男の笑みは喜びに満ちたものに変わっている。間に合わなかったのか。あの客が、小男の新しい相棒だ。


 だが、まだ間に合う。大男が倒れると同時に、俺は短剣を腰溜めに構えて突っ込んだ。客の腹に深々と刺さる。俺はさらに、短剣を捻じって止めを入れた。


「危ない!」


 少女の叫び。俺は振り返る。小男が包丁を振り上げ、俺を斬ろうとしている。まずい。俺は横に飛ぼうとした。


「いかせる……かよ」


 倒した筈の客が俺に向かって倒れてくる。邪魔だ。客を突き飛ばす。小男が、包丁を振り下ろした。


 痛みが突き抜けた。


 それは、鈍い痛みだった。場所は横腹、殴られたように鈍く重い痛みだ。斬られていない。俺は地面に倒れ込んだ。すぐさま態勢を整えて、小男を視界に収める。


 少女の首から、鮮血が吹いていた。


 俺はようやく、少女に突き飛ばされて助かった事に気付いた。少女が俺を見ている。借りは返した、死にかけているのにそう言いたげな強気な眼だ。


 無駄には出来ない。


 俺は客の腹から短剣を引き抜いて、小男に投擲した。同時に俺は突進する。小男が短剣を避ける。その一瞬、俺は小男から包丁を奪った。流れる動作で小男の頭に包丁を振り下ろす。


 硬い感触。突き抜ける。


 包丁は、根本まで刺さった。


 小男が頽れる。俺は包丁から手を放し、一息ついた。辺りは血塗れだ。小男と元相棒に新しい相棒は死に、少女も死んだ。


 妙な気分だった。ただ、借りを返されただけだ。少女の死も、俺が自殺すればなかった事になる。特に思う事なんてない筈だ。


 それなのに、惜しいと思っている俺がいる。


 思えば、他人と協力したのは初めてかも知れない。似たような事は確かにあったが、全てが利用し合う関係だ。やり直せるとは言え、自分の命を賭して助け合うなんて、間違いなく初めての経験だろう。


 気が抜けたからか、躰が重かった。ふとした瞬間に意識が失いそうな、朦朧とした感覚が蝕んでくる。


「おめでとう」


 どこかで、そんな声が聞こえた気がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます