第3話 芸術的な三回目

 目覚めると、牢の中にいた。


 状況は全く同じ。なんとかやり直せた。しかし何度でもやり直せる保証はないし、何度も死ぬのは御免だ。これで最後にしよう。


 俺は少女が看守を倒すのを待ち、松明の火を消してから少女に声を掛けた。


「状況はどこまで分かってる?」


 髪の長い少女は俺を睨み、二歩退いた。


「……私はさっき、何で死んだ」


 事実を話すか迷った。事実を話さなければ筋の通った事情の説明はできない。しかし話せば恨まれる。


 いや、恨まれても良いか。


「俺が殺した」


 さらに少女の眼付きが鋭くなった。まるで貧民街の獣の眼だ。


「試したい事があったんだよ。お陰で事情が分かった。俺たちは一心同体だ。片方が死ねばもう片方は何もできなくなり、後は死んでやり直すしかない。つまり、俺を殺してもお前は自殺しないといけない」


 少女の表情は変わらない。それで良い。俺たちは友達でもなければ仲間でもない。


「……それが試練ってわけ?」


 ああ、こいつも伝説の魔法道具を狙う者か。想像はしていたが、こいつも潜在的には敵という事だ。まあ良い。基本的な状況は変わっていない。


「それは知らない。ともかくそういう事だ。勝手に死ぬなよ」


 無能な他人と協力するなんてさらさら御免だ。俺は少女を警戒しながら、夕暮れの街に踏み出した。


 田舎の宿場町のような景観だった。道の両隣に建物が並び、そこそこの人数が歩いている。服装から見るに文化圏は同じらしいが、どこかで見た事があるようでないような、不思議な気分にさせられる町だ。


 まずは、試練の内容を突き止めるのが先か。少女と一心同体になってしまったとは言え、それ自体が試練とは言い切れない。


 俺は酒場を見つけ出し、少しずつ火照り始めている店内に溶け込んだ。酒を頼んで店主に世間話の体で話しかける。


「最近変わった事はあるか」


「変わらないのがこの町の良いところで、悪いところです」


 隣の奴に一杯奢り、同じ事を聞いた。


「あったらそっちに行ってるよ」


 退屈な田舎町。


 その後も何人かに聞き込みをしたが、最初の感想が事実に変わっただけだった。相変わらず試練が何か分からない。これ以上酒に付き合えば酔いが回り、隙が生まれる。俺は最後に水を一杯頼んだ。


 ふと、外が騒がしい事に気付いた。


 向かいの宿に野次馬が集まっている。ただ、不自然に遠巻きだ。試練と関係があるかもしれない。俺は野次馬に歩み寄り、人の好さそうなオヤジに声を掛けた。


「色狂いでもいるのか」


「殺しだ殺し。女の子が殺されたらしい。犯人はまだ中にいるってよ」


 女の子が殺された。嫌な予感が過る。まさかな。まだ夕方、牢を出てからほとんど時間は経ってない。


 それでも予感を無視できず、俺は宿の横に回って窓から内部を盗み見た。


 男が一人、卓に着いて飯をかっ食らっている。時たま酒を呷り、力を誇示するように食器を乱暴に扱う。傍に控える宿の人間は、怯えながらもへつらっている。そして、その足元に誰かが倒れていた。


 あの、髪の長い少女だ。


「……いかれてんのかよ」


 俺は溜息を吐いていた。髪の長い少女は血溜まりに倒れ、ぴくりとも動かない。首には短剣が刺さったままだ。あれは間違いなく、死んでいる。


 何故こうも直ぐに死ぬのか。最初に看守に立ち向かって殺された事と言い、信じられないぐらい無謀な奴だ。そのせいで俺は、自殺するしかなくなった。


 腹が立ってきた。ただでは死なない。幸い、男は俺に背を向けている。宿の人間も俺は視界に入らないだろう。俺は窓からこっそり侵入し、音もなく椅子を一つ掴んだ。


 男の後頭部に振り下ろす。椅子が壊れる。男が卓に叩きつけられる。俺は壊れた椅子の突起を握りしめ、男の頭部に突き刺した。


 頭蓋骨の砕ける感触が伝わってきた。男の躰がぴくぴく痙攣している。終わりだ。俺は髪の長い少女を見たが、やっぱり死んでいた。それも一撃で殺されている。酷過ぎて笑えてきそうだ。


「気にするな」


 俺は宿の人間にそう言い、男の懐を漁った。もしかすると、これは試練なのかもしれない。少女が死んだ事で失敗したが、次の機械に生かせる何かがある可能性も存在する。根拠はないが、そう思わないとやっていられなかった。


 出てくるのは血の付いた小銭ばかり、誰かから巻き上げたものだろう。その日暮らしの暴漢か。そうして服の裏地まで引き剥がす勢いで探していると、女物の首飾りが見つかった。


 金細工に宝石があしらわれた逸品だ。


 とてもその日暮らしの暴漢が持っている品物ではない。誰かから奪ったのか。いや、それならもっと懐が豊かだろう。なら、誰かから貰ったのか。


「この女はどうやって殺された?」


「はい!?」


 宿の人間は素っ頓狂な声を上げた。俺を怯えた眼で見つめ、恐る恐る口を開く。


「……き、切っ掛けは良く分かりませんが、男の方がいきなり襲ったようです。いきなり口論が始まったかと思えば、次の瞬間には女の方は殺されていました」


「二人は顔見知りか」


「い、いえ、多分違うと思います」


 いくら暴漢でも、宿の中でいきなり無関係の人間を殺したりはしないだろう。殺すほど揉める時間があったわけでもなさそうだ。それなのに、少女は殺された。


 少女は狙われている?


 暴漢は少女を殺すように依頼された。代金は高級首飾りだ。それなら筋は通る。そして恐らく、これが試練だ。根拠はないに等しいが、次はその線で行くとしよう。


「さて、死ぬか」


 言ってみたものの、踏ん切りはつかなかった。


 ここで自殺して、やり直せる保証はあるのか。やり直すには特定の条件があるかもしれない。そう思うと自殺なんかできるわけがない。少し時間を置こう。俺は宿を出ようと扉に手を掛ける。


 びくともしなかった。


「……そうなるよな」


 窓を開けようとしたが、それも無駄だった。他の出入口も試してみるが全て無駄。それどころか宿の人間もどこかに消えていた。急に辺りは静まり返り、周囲から切り離されたような不気味な静謐さが漂っている。


 これでもう、何もできない。


「……ほんと虚しい」


 何が悲しく自殺しなければならないのか。人生に疲れたわけでもなく、次に進む為に前向きに自殺する。こんな馬鹿馬鹿しい事があるのか。


「仕方ないか……」


 でも、普通には死なない。ただでさえ虚しいのに、普通に自殺しては気が滅入るだけだ。どうせなら何かして自殺しよう。


 二階が眼に入った。部屋に入れないが、その前の通路には行ける。二階の通路は吹き抜けを介して繋がり、一階に飛び降りる事ができる。


「あれだな」


 俺は少女に刺さった剣を抜き、二階の廊下の位置を確かめる。それから宿を漁って必要な道具をかき集め、二階の廊下の下で短剣の刃を天に向けて固定した。


 これで準備は万端。俺は二階に上がり、柵の上に立った。真下には丁度固定された短剣がある。


「行きまーす」


 俺は柵から飛び降りた。躰を捻り、空中で何度も回転する。観客がいれば拍手喝采だろう。後は頭から着地するだけ。位置は完璧、回転もぴったり。良し、成功。死亡。

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