ループは二人で仕方なく

@heyheyhey

第1話 洞窟と一回目の死

 魔法で作った鏡に、薄暗がりに紛れる俺の姿がぼんやり映った。どこにも不自然な箇所はない。もう一度念入りに身なりを確認して、俺は奴の元に行った。


「遅いぞ。ここは戦場と同じだ。糞も早く済ませろ」


 ラウドは無表情にそう言って、松明を手に立ち上がった。その動きに合わせて、人の手が入った洞窟に俺たちの影が揺れる。


 俺が無言で頷くと、ラウドは洞窟の奥に足を進めた。松明が静かに燃えている。ラウドのいくつもの切り傷を負った躰を覆う革鎧は音を立てず、ほとんど平服に外套を待っている俺も静かなものだった。


 不意に、ラウドが腰の短剣に手を伸ばした。


「二人だ!」


 ラウドが叫ぶ。短剣を抜いて左に走る。俺は右に向かって素早く呪文を唱えた。


「照らせ、閃光」


 洞窟に閃光が走る。確かに二人が浮き上がる。俺は右の男を指差した。


「バーン」


 指の先から椎の実状の石が飛んでいく。男の額に直撃する。瞬間、男の頭部が弾けた。洞窟の壁に赤い体液がこびりつく。遅れて、男の死体が倒れていった。


 その時、鈍い音が鳴った。見ると、ラウドが敵を蹴り飛ばすところだった。手に持った短剣は血に濡れている。地に伏した敵の服で短剣の血を拭うと、ラウドは俺に眼をくれて歩みを再開した。


「この先はこんな事ばかりだ。気を抜くなよ」


 俺は返事をしなかった。俺たちの間に会話は必要ない。その後も襲撃者を返り討ちにし、逆に強襲を掛けたりしながら洞窟の奥へ奥へと進んでいった。


 俺たち、いや、この人の手で綺麗に整形された洞窟に集まる奴らの目的は同じだ。この洞窟には特別なお宝がある。


 どんな願いでも叶えるという魔法道具だ。


 数百年前に栄えた魔法大国が残したと言う伝説の魔法道具の真偽は定かではない。しかし、当時から今に至るまで、その魔法大国の流れを汲むいくつもの国家たちは、莫大な賞金が掛けてそれを探している。手に入りさえすれば、自らの願いを叶えるにしろ売却するにしろ、一生を遊んで暮らせるだろう。


 そしてつい最近、この洞窟にその魔法道具があるという噂が人知れず流れた。まだほとんど公になっていない情報だ。噂が流れてから一月と経っていないだろう。


 それなのに、この有様だ。


 その地点は近づく前から、洞窟全体が血を流しているかのように強烈な鉄臭さを放っていた。あったのは大量の死体だ。まだ新鮮な血を流している死体が十以上積み重なっている。趣味か儀式か弔いか、死体は井桁型に積み重なり、中央に掘られた穴にはどす黒い血が溜まっていた。


「止まれ」


 珍しく、ラウドが声を出して警戒を伝えてきた。それほどの強敵か。俺は両手を揺らし、戦闘準備を整える。ラウドは前方に松明を投げ、丁度人が隠れらそうな壁の出っ張りに短剣の先端を向けた。


「出てこい。そこに二人。奥には弓が一人いるのは分かってる」


 敵ではなく、俺に状況を伝えているのだ。手前の二人は相手をするから奥の一人を頼む、と言ったところか。


 俺はいつものように閃光を放ち、弓兵を捉えてから射殺した。造作もない事だ。最強の魔法使いである俺に勝てる奴なんかいない。もし可能性があるとすれば、百戦錬磨のラウドぐらいのものだろう。


 いつの間にか、ラウドも一人を殺していた。今は左手で松明を拾い、壁の出っ張りから出てきた敵と向かい合っている。


 砂利の擦れる音が、俺の背後から起こった。


 寒気が走る。振り返る。敵。短剣を構えて突っ込んでくる。魔法、使う暇はない。俺は全力で右に飛ぼうとする。


 剣が、俺の横腹の服を裂いていく。痛みはない。避けられた。思った瞬間、敵の体当たりに弾き飛ばされた。後頭部に衝撃。視界に火花が散る。


 腹に、何かがのしかかってきた。


 薄暗闇に焦点が合う。敵が馬乗りになっている。短剣を振り下ろそうとしている。細い男。力はない。短剣が振り下ろされる。その腕を、俺は掴んだ。切っ先が眼前で止まる。


 だが、止まったの一瞬だった。徐々に押されていく。まずい。冷や汗がどっと噴き出す。俺は必死で敵の両腕を押し返す。しかし刃がどんどん迫ってくる。


 不意に、敵の力が抜けた。俺は勢い余って敵を突き飛ばし、そこで敵の頭が砕かれている事に気付いた。


「近接戦が得意な魔法使いの名が泣くぞ」


 ラウドが、俺に手を差し出した。戦いは終わっている。俺はラウドの手を撥ね退けて立ち上がり、顔に付いた返り血を拭った。


「敵の気配はもうない。そろそろの筈だ」


 ラウドがそう言った通り、間もなく大広間のような場所に出た。


 各国の重鎮を呼び寄せた晩餐会でも開けそうな巨大な空間だ。だが、それだけだ。だだっ広いだけで何もない。完全な行き止まりだ。


 ラウドは松明だけでは照らし尽くせない辺りを見回して、小さく息を吐いた。


「なるほどな。奴らが悠長に待ち伏せしていたのはそういう事か。探すぞ。どこかに隠し通路の入り口がある筈だ」


 まあ、そうだろう。俺たちは手分けして広間の地面や壁を見て触り、怪しい部分を調べていった。しらばくそうしていると、ラウドが広間の中央奥、王の間で言えば玉座がありそうな場所で声を上げた。


「あったぞ」


 そこの地面には、小さな窪みがあった。ラウドが指を突っ込むと、微かな振動があった。地面の一部が六角形に競り上がっていく。ゆっくり、ゆっくり、それは木が育つようにゆっくり地面から伸びていく。


「……これで村は救われる」


 ラウドは茫然とそれを見つめながら、ぽつりと漏らす。やがて六角形は大人の背丈ほどで動きを止め、上部が六つに分かれて開いた。


 現れたのは、杯だった。


 伝説というには光るどころか光沢もなく、どこかの納屋で五年程度放置されていたような凡庸さだ。違うのは、水を受け入れるくり貫きがないという点か。杯というより、ほとんど鈍器のような代物だった。


 状況と品物の微妙な非凡さ。これが目的の魔法道具と見て、まず間違いないだろう。俺は杯を取ろうとするラウドの後頭部に、人差し指を向けた。


「バーン」


 寸前、ラウドが反応した。石礫を回避しようとする。だが、遅い。石礫はラウドの右頭部を抉り取った。


 ラウドが倒れる。俺は変化の魔法を解いて、本来の姿に戻った。


「……あいつは、どうした?」


 虫の声が足元から聞こえる。俺はラウドがまだ生きている事に驚きつつ、ゆらりと指先を向けた。


「糞してる時に殺した」


 言って、ラウドも殺した。


 厄介なのはラウドだけだった。だからラウドたちを尾行して情報を集め、ラウドの相棒を殺して今まで成り代わっていた。


 これでもう、敵はいない。


「さて、どうするかな」


 どんな願いでも叶えるという魔法道具。叶えたい欲望はいくつもあるが、魔法道具を使うほどの事かと言われれば微妙だ。だからと言って、売り払うのも躊躇われる。


「……ま、後で考えれば良いか」


 特に考えも無しに、俺は杯を手に取った。




 目覚めると、牢の中にいた。


 俺はしっとりとした土の上に横たわっていた。格子と壁は木製、またもや薄暗くて陰気臭い場所だ。どこかの田舎の土牢だろうか。そもそも、なんで急にこんなところにいるのか。


「……そういえば」


 噂を思い出した。


 伝説の魔法道具は試練を与える。それを乗り越えれば願いは望むままだが、失敗すれば永遠に闇を彷徨う事になる。


 嘘か真か、試練とは何なのか。なんにせよ、土牢から出なければ話にならない。


「あ?」


 ふと、隣に誰かが寝ている事に気付いた。


 髪の長い少女だ。静かに眠っている。俺と同じ立場か、それとも無関係の人間か。いや、どっちでも良い。他人と関わる気はない。


 俺は立ち上がり、格子を吹き飛ばそうと呪文を唱えた。


「弾けろ」


 何も起こらなかった。


「……弾けろ」


 何も起こらない。魔法が使えない? 俺は壁に向かって別の魔法を唱える。


「バーン」


 やはり、何も起こらなかった。


 悪寒が、うっすらと背中に広がる。魔法が使えない。あまりにも致命的だ。俺は魔法を使えば誰が相手でも負けない。しかし、魔法がなければただの優秀な人間だ。


 これが、伝説の魔法道具が与える試練なのか。


「……う、うん?」


 声が聞こえた。髪の長い少女が眼を擦りながら起き上がった。俺を見た途端、眼付きが急激に鋭くなる。


「誰!?」


 答えない。俺は少女に向き直り、警戒しつつも意識は格子に向けた。


 少女はどうでも良い。問題は、どうやって土牢から脱出するかだ。格子は太く、折ったり削ったりするのは無理だろう。壁も木製だが、叩いた音から察するにぶ厚すぎて素手では壊せそうにない。脱出するには、地面の土を掘るしかないか。


 俺が頭を悩ませていると、少女が格子に近づいた。戸に手を伸ばし、軽く押す。それで、戸はあっさり開いた。


「……」


 鍵、掛かってなかったのか。


「待て!」


 男の低い声が響いた。少女が左を見て、それからじりじり下がっていく。すると、松明を持ち、剣を下げた看守らしき男が現れた。


「今すぐ牢に戻れ」


 俺はさりげなく看守の死角に移動する。看守は少女をじろりと睨み、少女も看守を睨み返した。睨み合い。看守が剣を抜く。少女も拳を握る。


 少女が動いた。身を低くして突っ込んでいく。早い。一瞬で看守の懐に潜り込んだ。


「……うっ」


 倒れたのは、少女の方だった。


 腹から刺さった剣が、少女の背中から飛び出している。馬鹿め。自分から剣に飛び込んで死んでいった。俺は看守の背後に忍び寄り、後頭部に両拳を振り下ろした。看守がよろめく。俺は素早く少女に刺さった剣を抜く。そして、看守の首に振り下ろした。一撃では撥ね飛ばせない。何度も振り下ろし、ようやく看守の息の根を止めた。


 俺は辺りを見回した。他に看守はいなさそうだ。房もここ一つだけと随分小さい。普通の牢にしてはおかしな事だ。やはりこれが試練なのか。だが、何か変化があったわけでもなさそうだ。試練はこれだけではないという事か。俺は看守の剣を腰に差し、階段を上がって外に通じてそうな扉に手を掛ける。


 開かない。


 俺は扉を蹴った。しかし、木製の扉のくせにびくともしない。今度は剣を腰だめに構えて突っ込んだ。石のような手応えで跳ね返される。


「糞、どうなってんだ」


 扉を小突くと、やたらと鈍い音が返ってきた。まるで後ろに岸壁があるみたいだ。ここが出口ではないのか。俺は他に出口を探そうと振り返る。


 土牢が炎上していた。


「は?」


 看守が持っていた松明が延焼したのか。いや、原因はどうでも良い。炎は天井まで燃え上がっている。壁や天井の木はおろか、地面の土さえも焼き尽くしそうな勢いだ。


 出口らしい場所は一つしかない。俺は背後の扉を必死に攻撃した。体当たり、蹴り、薙ぎ、突き、滅多やたらと思いつく限りの攻撃を加える。


 だが、扉には傷一つ付かない。背中がじりじり炙られていく。時間がない。時間がない。しかし扉は開かない。俺は炎に向かって呪文を唱えた。


「水よ、溢れろ!」


 何も起こらない。俺は何度も呪文を唱えた。何も起こらない。下からは炎が徐々に迫ってくる。上からは煙が襲ってくる。


「……どうしてだよ!」


 喉が熱い。咳が出る。意識が朦朧としていく。それでも俺は、呪文を唱え続けた。

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