第七十三札 ぽじしょん!! =立場=
まえがき
サキーズブートキャンプ開始。
「全員ー! 気を付けっ!!」
「全員って、俺しかいないけどな」
「そこっ、口答えしないっ! 今から法術の訓練をするよっ!」
「お、おう……」
敷地内の一角に呼び出されて向かった俺の目の前に仁王立ちの
何か変なスイッチが入っているんだけど、ツッコミもせずに俺は黙って姿勢を正した。
「あー、ダメだね。うん、センスないかも」
「早すぎない? ねえ、早すぎない!?」
開始十分ほどで咲紀軍曹が
「いや、センスとか関係あるのかよ!? もうちょっと教え方があるだろ!?」
「んーと、確かに法力はほんのわずかだけどあるんだよ? 脇に下敷きを挟んでゴシゴシしたら起きる静電気ぐらい」
「何その例え。微弱すぎるんだけど」
「でもその法力が全く動かないっていうか……反応しないっていうか……。手を出してもらってもいい?」
「こうか?」
言われた通りに俺が両手を前に出すと咲紀が俺の手を取ってきゅっと握ってきたので、俺も反射的に軽く握り返してしまう。
えっ……柔らか……。
「何か感じるっ?」
「ああ、凄く柔らかい」
「キモッッ!!」
バッと勢いよく手を振りほどいた咲紀が嫌悪感を
「え、手の感想じゃないの?」
「違うしっっ! 何で咲紀が好きでもない利剣に「感じる?」なんて手の感触の感想なんて聞くのさっ!? 法力の動きとか流れの話っ!!」
「そっか、悪い。……もう一回頼む」
「うう、ヤだよぉ……」
一回目の堂々さはなく、今度はこわごわと伸ばしてきた咲紀の手を握ってやると咲紀の肩がビクンと跳ねた。
俺どんだけの扱いなんだよ。
「……ど、どうっ?」
「いや、何も動いてる気がしないな」
「うん、絶縁してるね。ダメだね」
結論を言うが早いか手を離し、パンパンと手を払う咲紀。
それ、地味に傷つく。
「ぜ、絶縁って……」
「うん。昔お母さんにこんな感じで、体内の力の流れを感じさせてもらったんだけど……。利剣の法力に干渉っていうのかな? 働きかけられる気配がしないの」
「だから絶縁って?」
「うん。もしくは法力の引きこもり」
「うるせえ誰が引きこもりだよ」
「法術がだよっ!」
「どっちにしても俺の事だろうがっ!」
「とにかく、訓練は終わりっ! 解散! かいさーん!!」
パンパンと手を鳴らして、咲紀はそそくさと屋敷へと帰ってしまう。
何てひどい教官だ。
しかし……法術を生業とする咲紀が匙を投げたという事はやっぱり俺には法術を扱う素質ってやつがないんだろう。
「はぁ……。気を取り直して次に行くか……」
俺も咲紀の後を追って館に向かう事にした。
・ ・ ・ ・ ・
京都府京都市
「いやあ、付き添いありがとうね」
「いやなに、今回に至っては構いませんよ」
「今回といわず毎回でもいいんだけどね……」
「儂は人付き合いが苦手なもんで……」
「よく言うよ……」
和装の二人――
目的の場所、即ち
五年に一回行われる五彩会議は毎回五人を
「それにしても熱い」
「いや全くだよね。こんな時は屋上にあるビアガーデンでキンキンに冷えたビールを……」
「ん……?」
葵がビールを飲むジェスチャーをした時、何かに気付いた漣が道路と葵の間に割って入る。
後方から速度を落として近づいてくる黒い車に警戒し、睨みを利かせる。
キッ……!
漣達の真横で黒い車が停車し、後部座席の窓が開く。
「おや、
「おお! 野島殿でしたか!!」
「あっ、野島さんどうもお久しぶりです~」
「葵さんもご無沙汰しております。良ければ乗っていきませんかな?」
「本当ですか!? いやぁ有難いですなぁ~! 実はこの暑さにはほとほと参っていた所なんです」
「是非ともご
「構いませんよ。どうせ目的地は同じですからね」
二人が乗り込んだのを確認し「お閉め致します」と静かにドアを閉めた。
「先日は妻と娘がお世話になりました」
「いえ、私の方こそ
車が走り出してしばらくしばらく経ってから、漣と隆臣がそれぞれに感謝の意を述べて頭を下げる。
助手席に座る葵はそんな二人のやりとりを聞きつつも自分は安易に入っても答えられない話題だと判断して空気のような存在になろうと静かでいるように努める。
「葵さん、今日はその件のご報告をされるんですよね?」
「え? あ、は、はい! そうですねぇ!」
空気になれなかったどころか話題を振られた葵がしどろもどろになって返答した様子に、さして気にした様子もなく隆臣が話を続ける。
「ここだけの話なのですが、咲紀の件に私が関わった事は伏せておいてはもらえませんか?」
「えっ、えっと、それはどういう意味でしょうか?」
「そのままの意味ですよ。あの日協力したのはただの法術師である野島隆臣と言う一個人であって、
「あー……、なるほど! 分かりますよぉ!」
「ふむ。確かにあの日葵管轄長は現場には居なかった上、他管轄長に対して申請や要請という手順を無視して一介の法術師に過ぎない
いまいち理解が出来ていなかった葵に、漣がわざと理由を説明するように話し方で相槌を打つ。
隆臣は二人の様子を見て少しだけ口の端を上げて笑ったがすぐに表情を元に戻した。
「では、報告関連に私の名前は一切出さないという事で」
「わ、分かりました! い、いいね? 葉ノ上君っ!」
「承知しました」
「後、私の前ではいつも通りの関係性で構いませんよ」
「な、何の事ですか? これがいつもの――」
「おや、お気づきでしたかな?」
「咲紀の一件で分かりますとも」
「さすが鋭い観察力をお持ちで……なぁ、葵さん」
「ふぅ……この上下関係は本当に必要なのかい? 葉ノ上さん……」
肩の力を抜いた葵さんが体を横にして後ろにいる漣を見やる。
「管轄長は葵さんだからね。下の私が馴れ馴れしい口をきくと示しがつかないだろう?」
「僕は気にしないんだけどね……」
「ふふ、葵殿が気にせずとも周りが気にして
「野島殿の言う通りですな」
「はぁ……次回は絶対に葉ノ上さんに長をやってもらうからね……?」
「それは何ともご遠慮したいものだなぁ」
「葉ノ上さぁん!」
「はっはっは!」
「ははは……。そうだ……時に葉ノ上さん」
「ん? 何でしょうかな?」
つられて笑っていた隆臣が急に何かを思い出したかのように漣の顔を見る。
「葉ノ上さんの所に、小柄で体術に長けた女子はおられるのですかな?」
「どうしました、急に」
「いえ、ね。ちょっとそういう子がいないかと方々を探しておりましてね……」
「ふぅむ。いるにはいますが屋敷の守りをさせておりますな」
「そうですか」
「何か……訳があるのですかな?」
「いえ、一人息子がいるものでね。護衛には年の近い子の方が気が合うのだろうかという親の勝手な気遣いですよ」
「そうですか。
「そうでしょうね……。残念です」
お互いに穏やかな表情で話を進めているものの、隆臣は事情が事情だけに確たる証拠もなく色々と聞き出しにくく、漣もまた縁のせいで降りかからんとする責任問題から逃れるのに内心必死であった。
「見えて来たね! あそこが宿泊場所兼話し合いの場だよ~!」
二人の水面下の攻防などつゆ知らず。
葵だけが呑気な声で目的地の到着を喜んでいた。
あとがき
ここまでお読み下さり、ありがとうございました。
次回は会議の内容が……!?
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