第169話 結婚式 其の三

 俺が天幕を出ると、祭りに集まった人々が喝采を上げる。


「タケ様! ありがとう!」

「救世主よ! 感謝します!」

「結婚おめでとー!」

「格好いいですよー!」


 ははは、皆喜んでるな。

 だが今は一人一人に挨拶している時間は無い。


「タケ様のお通りだ! 道を空けてくれ!」


 先導係が叫ぶと群衆が二つに別れ道が出来る。


 その先には……


「…………」


 アリアが笑顔で手を振っているのが見える。

 遠目からでも分かる。

 真っ白いドレス、頭にはブーケを被り、胸元には俺とお揃いのコサージュを付けている。


 綺麗だ……

 純粋にそう思ってしまった。

 アリア、今行くよ。


 ザッ


 俺は民から祝福を受けながら前に進む。

 壇に取り付けられている階段を登り、そしてアリアの前に立つ。


「…………」


 ブーケ越しからでも分かった。

 アリアは涙を流している。


 ふふ、いつも通り異世界転移してきて、まさか結婚することになるとはね。

 人生って分からないもんだな。


「アリア……」


 俺はアリアの前に手を差し出す。


「はい……」


 アリアは俺の手をそっと握る。


 そして壇の前に立つ。

 

 目の前には民が笑顔で俺達を見つめていた。

 それじゃ始めるか。


 ソーンとチコが作ってくれた魔道拡声器に口を当てる。


『聞こえるか? 声が小さかったら言ってくれ』


 パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチッ


 民は拍手で答える。大丈夫みたいだな。

 続けよう。


『戦争は終わった。これまで多くの命が失われた。この戦いで死んだ全ての人達に黙祷を捧げよう……』

「「「…………」」」


 俺の言葉に従い、歓声に包まれていた会場に沈黙が訪れる。

 全ては一人の少女を日本に帰すために起こった戦争だ。

 留佳に罪は無い。そう思いたい。

 だが失われた命は余りにも多い。

 そして彼らは帰ってこないのだ。

 

 大切な人を失った者がいるのだろう。

 群衆の中から泣き声が聞こえてくる……


 俺は目を開けて再び語りだす。


『皆にお願いしたい。戦争は終わった。だが俺達の戦いはまだ終わっていない。戦争によって傷付いたこの大陸を復興していかなくてはならない。

 そのためには皆が手を取り合って、共に歩んでいく必要がある。

 肌の色で、種族の差で、男女で、貧富の差で、そして過去の過ちによっても差別してはならない。俺は君達がそう出来ると信じている』

「「「…………」」」


 俺の言いたいことが分かるのだろう。

 彼らの多くは未だ人族を憎んでいる。

 だがな、乗り越えなくちゃ駄目なんだ。


『俺の話をしようか。俺の世界の話だ。知ってるかもしれないが俺は違う世界の人間だ。俺が住んでいた世界は争い事ばかりだった。

 人は学ばなかった。人の歴史は戦争の歴史でもある。でもな、とある日、人は手に入れてしまったんだ。大きな力を。その力ってのはこの世界の全てを灰にしてもお釣りがくるくらいの力なんだよ。

 力を手にしてしまった人は怖れた。見えない敵にな。だから身を守ろうとしてドンドン力を増していった。

 おかしいだろ? 最終的には破滅を何度も繰り返せるほどの力を手にしてしまったんだ。

 これは冗談ではない。俺の住んでいた国がその力の最初の被害者だったんだ』

「「「…………」」」


 広島と長崎だな。

 その二つの都市に爆弾が落とされた。

 その破滅の光りは多くの命を奪い、そして現在地球を複数回壊せるほどの爆弾を各国が抱えている。


『俺は君達に同じ過ちを繰り返して欲しくない。だからお願いする。

 共に手を取って最初の一歩を踏み出すんだ。後ろを向けば過去の過ちが見えるだろう。だがそれはもう覆せない。受け入れるしかないんだ。でもな、前を向けば無限の希望が待っている。

 俺達はそれが出来るはずだ。これが証拠だ……』


 俺は群衆の前でアリアを抱きしめる。

 いきなりだったから少し驚いたかな?

 ごめんな。みんなのためでもある。


 ベールを外すといつものアリアの顔が見える。

 その目には涙が浮かんでいた。


「アリア…… 愛してる……」

「わ、私もです……」



 ギュッ



 俺達はきつく抱き合い……



 チュッ



 キスする。

 すると群衆から大きな拍手が!



 パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチッ



 皆が祝福してくれる。

 俺達を見て泣いている者もいるようだ。


 俺はアリアの手を取って、再び魔道拡声器の前に。


『ありがとう…… いいか、種族の差なんて関係無い。俺達は愛しあうことが出来る。君達の敵を友人に出来るのは愛だけなんだ。

 すまない、話が長くなってしまったな』


 俺は大きく息を吸い込む……

 そして大声で!



『湿っぽいのはここまでだ! これからは祭りを楽しめ! 俺達の結婚を祝ってくれ! みんな一緒に飲もうぜ!』

「「「わーーー!!」」」


『杯を持て! せーの!!』

「「「「かんぱーい!」」」」


 ははは! もうこれからは無礼講だ!


「アリア!」

「は、はい! って、キャア!」


 俺はアリアを抱きしめもう一度キスをする!


「タケ様ー! おめでとー!」

「妬けるねー!」

「夜は程ほどにねー!」


 俺達を祝う声が上がる!

 群衆を見下ろすと、竜人も、エルフも、獣人も、ドワーフも、そして人族も肩を並べて喜んでいる。

 ははは、狙い通りだな。


「ん…… もう、びっくりしちゃいました」

「ごめんな。アリア、これからもよろしくな」


「はい!」


 よし、それじゃ堅苦しい挨拶は終わりにして、俺達も楽しむか。

 アリアと二人で壇を降りようとした時……


「待て!」


 わ、びっくりした。

 大声で俺達を止めたのはフゥだ。

 フゥは壇に上がり俺達の前に立つ。


 な、何だかすごく怖い顔してるな。

 まさか今さら人族は許せんとか言うなよ?


「タケ、前回の会議について聞きたいことがある」

「ここで? 確かに途中で終わっちゃったから伝えるのは忘れてたけど…… あれ?」


 どういうわけか、ベルンドやテオも壇上へ。

 その他各種族の主要な面子が集まってしまった。

 まさかここで会議の続きをするんじゃないだろうな?


 皆は俺を囲うようにして……


「グルルルル、タケよ。お前はラベレ連合をどうするつもりだ?」


 最初に口を開いたのはベルンドだ。

 どうするつもりって……


「戦争は終わった。もうこの連合を継続する必要は無いだろう。これからは各国に主権を戻し、お互い仲良くやればいいんじゃないのか?」


 これはラベレ連合を設立する時に伝えてある。

 皆知ってるはずだから会議で言わなくてもよかった……と思っていたのだが。


「そうだな。では言わせてもらう」


 バッ


 テオは懐から紙を取り出し、それを読み上げ始める。

 その内容は驚くべきものだった。


「ダークエルフ族長会議での採決結果を記する! 我らダークエルフはラベレ連合の継続を支持する! 我が国ヴィジマは国家の主権を持ったまま州とし、ラベレ連合の庇護下に入ることを望む!」

「なっ!?」


 連合継続!? いや、だってさ、もう続ける意味は無いでしょ?

 

「テオ、何を言って……」

「グルルルル! 次は私だ!」


 ベルンドは言葉を被せてくる。


「御子様と長老様が話し合った結果、バルルも連合継続を支持することにした!」

「もちろんマルカもだ! これは民意でもある!」

「ドワーフも連合継続を支持します!」


 そして最後にクロイツが……


「タケ殿、貴方は皆様に言ったらしいですね? 最後まで面倒を見ると。貴方自身も言いました。戦いはまだ続くとね。

 それとも貴方は私達を置いて行ってしまうのですか? そんな無責任なことを言いますまいな?」

「でもさ、もう連合は必要無いわけだし、俺はこれ以上首を突っ込まなくても皆でやっていけるでしょ?」


 これからは皆が団結すればこの世界を平和に出来るはずだ。

 俺は彼らを信じているし、その能力もあると思う。


「グルルルル! ならばここで民に問おう! 連合を継続! いや、大陸を一つの国とすることに賛成の者は沈黙を以て答えよ!」

「「「…………」」」


 ベルンドが群衆に向かって叫びを上げる。

 すると騒がしかった群衆が一気に静かになった……

 皆賛成ってこと?


「いいだろう! これよりラベレ連合はラベレ合衆国に名を変え、各国はラベレ合衆国の州となることに賛成の者は沈黙を以て答えよ!」

「「「…………」」」


 耳が痛くなるほど静かだ。

 こ、これは予想していない展開になったぞ。

 悪い予感がする……


 ベルンドに続いてフゥが魔道拡声器の前に立ち……


「ここで国民決議を行う! ラベレ合衆国初代大統領にふさわしい者は誰か!?」

「タケ様だ!」

「タケ! あいつしかいない!」

「タケ様ー! これからもよろしくな!」

「ニャンニャン将軍に一票!」

「俺はサキュバスキラー推しだな!」


 ターケ ターケ ターケ ターケ ターケ ターケ ターケ ターケ ターケ ターケ


 群衆が声を揃えて俺の名を呼ぶ。


 やば……

 逃げたほうがいいかも……

 俺はこっそり後ろに下がろうとするが……


 ギュッ


 服を掴まれた。

 誰だ?

 振り向くとそこにはルネがいた。


「キュー」


 ま、まさかルネ、俺の思考を読んだのか?


(そうなの! パパ、またいなくなろうとしてるの! そんなの許さないの!)


 ま、まだ残るつもりだったぞ? ほら、コアニヴァニアの復興は始まってないしさ。


(それだけじゃダメなの! パパにはまだやることがいっぱい残ってるの! だから言ったの! みんなでパパを止めようって!)


 おま!? ルネの仕業か!


(これもヘイホーなの! パパはまだ甘いの!)


 ど、どうしよう……

 これは逃げられないかも……


 ガシッ


 フゥが俺の肩に腕を回す。


「ふっふっふっ。タケにはまだ働いてもらうぞ…… 我らの大統領としてな……」


 ガシッ


 今度はベルンドが反対の肩に腕を回して……


「グルルルル。お前は言った。王にはならんとな。なら大統領なら問題無いだろ?」

「トンチかよ。そういうことじゃなくてだな…… ぐぬぅ…… 分かったよ! もうしばらくここにいてやるよ!」


 こうなりゃ自棄だ! 大統領でも何でもやってやるわ!

 俺は再び魔道拡声器の前に立つ!


『もう少し世話になる! みんなこれからもよろしくな!』

「「「わー!!」」」


 群衆は今日一番の叫びを上げた。

 ははは…… 今まで断り続けてきたことだけど……

 俺が一国の主になるのか。


 俺は踵を返し、仲間のもとに。

 くそ、何ニヤニヤ見てんだよ。

 

「いいか! これからはもっとこき使ってやる! 俺を大統領にしたことを後悔させてやるからな!」

「グルルルル! 望むところだ!」

「タケ! またお前と働けるのだな!」

「タケ様! 我らを導いて下さい!」

「いい国にしようね!」


 ふふ、分かってるよ。


 ギュッ


 アリアが俺の手を握る。


「…………」

「んふふ、異界渡りは先になりそうですね」


「そうだな。って、アリア、俺についてきてくれるのか?」

「もちろんです。だって私達夫婦ですもん……」


 そう言って顔と長い耳を赤くしている。

 

 可愛かったので抱きしめてキスをすると皆のやっかみが。


「グルルルル、お熱いな」

「うむ! 大統領夫婦は仲がいいな!」

「人前でイチャイチャしないでよー」

「サシャ、僕達もキスしようか!」

「キュー! キュー!」


 アリアは恥ずかしそうしながらも口を離さない。

 アリア、愛してるよ。

 これからもよろしくな。

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