第166話 会議は踊る 其の三

 俺達は今、これからの復興に向け会議をしている。

 俺はコアニヴァニアを観光都市化し、収益を出そうと提案する。

 夏は海水浴に冬はスキー。

 そしてこの世界で数少ない漁業が盛んな国だったのだ。

 その利点を活かせば大きな発展を遂げるだろう。


 問題は誰が主体になって行うかだ。

 ちょうどアリアがその質問をしてくる。


「はいアリア君!」

「あ、ありがとうございます。コアニヴァニアは私の故郷です。みんなが死んじゃったのはもう仕方のないことだと思ってます…… でもあの国を誰が盛り立てていくんですか? みんなそれぞれ住んでる国はあるわけですし……」


 その質問が来たか。

 これは皆、納得してくれる……わけはないよな。

 でも言わなきゃ。


「人族だ。コアニヴァニアを人族の国とする」

「「「…………!?」」」


 皆一様に驚いた顔をしている。

 そして……


 バンッ!


 フゥはテーブルを叩き立ち上がる。

 牙を剥きだしにして今にも俺に飛び掛かりそうだ。


「タケ! お前何を考えている! 私達は人族を許してなどいないのだぞ!」


 代表してフゥが叫ぶ。だが皆の気持ちは一緒だろうな。


「グルルル…… 多くの同胞がこいつらに殺された。私もフゥ殿と同じ気持ちだ」

「僕は忘れない…… 森を、家を全て焼いた人族を!」

「私もです…… 脅されたとはいえ、私が作った薬で一つの種族が消滅しました。彼らの罪は私の罪です。私は自分が許せません。同様に彼らを許すことなど……」


 ベルンド、フリン、ソーンも人族を憎んでいる。

 戦争が終わったばかりでいきなり許すなんて出来ないかもしれない。

 でもな……


「憎悪は憎悪によって消え去るものではなく、慈悲によって消え去る」

「綺麗事だ!」


 バンッ!


 再びフゥは激昂する。

 今言ったのはお釈迦様の言葉だな。

 フゥの言った通り綺麗事なんだろうさ。

 でも俺は真理だと思う。


「聞け。俺の世界でも戦争はあった。いや、まだしているか。俺が転移してきたのは何万年も前だが、俺が産まれる前にも大きな戦争があったんだよ。世界を巻き込む大戦争がな。多くの人が死んだ。この世界の全人口よりも多い人がだぜ? 

 そして戦争が終わって五十年以上経つが、憎しみの連鎖は止まらない。お互いが差別し合い、少ない領土を巡って小競り合いを繰り返している。冷静になって話し合えば解決出来るはずなのにな。それが出来ないんだよ。

 この世界はさ、今まで大きな戦争は無かったんだろ? これが初めてみたいなもんだ。だったら今の内に負の連鎖は断ち切らなくちゃならない。次の世代にどう伝えていくつもりだ? 

 俺達は勝った。だからやり返していいんだ。人族は殺してしまえってか?」


 バンッ!


 今度は俺がテーブルを叩く!


「違うだろ! それが戦争の恐さなんだよ! いいか! お互いを憎しみ合っていてはまた戦争が起きるぞ! 俺はこの世界に留まることはない! 復興が終わったら出ていくんだ! これからはお前達だけでこの世界を切り盛りしてくんだぞ!

 なのに憎しみあってどうする! いいか、もう一度言うぞ。人族を許せ。負の連鎖を終わらせろ。そうでないとお前達の次の世代が苦しむことになる……」

「「「…………」」」


 しまった。つい熱くなってしまった。

 喋りすぎたな。コーヒーを飲んで喉を潤す。

 

「タケオさん…… お代わりいりますか?」

「アリア? あぁ、頼……」

 

 泣いてた。

 笑いながらも涙を流している。

 皆はまだ納得してくれてないが、アリアは俺の考えを理解してくれたのかもな。


「大丈夫か?」

「グスン…… はい…… タケオさんの言う通りだと思います。ううん、思えました。そうですよね。ケンカしたら仲直りしないと……駄目ですもんね……」


 そういうことだ。

 子供でも出来ることを何で大人の俺達が出来ないんだ?

 そりゃ死人が出てるからいきなり許せなんて言われても納得出来ない気持ちだって分かる。

 だがもう終わったことなんだ。

 俺達が協力しないと先には進めないからな。


「タ、タケオ殿…… 私達を許してくれるのか……?」

 

 一言も喋らなかったクロイツだが、ここに来て口を開く。

 許す? 俺は最初からそう決めてたさ。


「もちろんだ。だが覚悟はしておいてくれ。今言ったのは俺の本心だが、いきなり皆が納得してくれるとは思えない。だから認めてもらうよう死ぬほど努力しなくちゃならない。

 だがいたずらにあんたらを見せしめに殺すなんて馬鹿な真似は俺が許さない。そこは安心してくれ」

「ぐ、ぐおぉ…… ありがとう…… ありがとう……!」


 クロイツはもう爺さんという歳だというのに声を出して泣き始める。

 本当はここに来るのだって死ぬ覚悟をしてたんだろうな。


 バッ


 何か言い足りないのだろうか、ベルンドの手が挙がる。


「ベルンド……」

「ふん、今回はおふざけは無しなのだな。タケよ、仮に私達が人族を許したとしよう。お前の言った通り納得はしていないがな。

 だが我らが許したとして民はどう思う? 多くの、いやほとんどの民が人族を憎んでいるのだぞ?」


 そうだな。それは俺も予想していることだ。

 だがな、もちろん対策は考えてあるさ。

 俺は席を立ち、ソーンの前に。


「すまん。例のアレは持ってきてくれたか?」

「はい! もちろんです!」


 ソーンは懐から小箱を渡してくる。

 受け取って中を確認する。

 うん、上出来だ。

 地味過ぎず、派手過ぎず。

 俺の趣味にも合ってるな。


「助かる。ありがとな」


 俺はソーンに礼を言い、自分の席に戻る。

 さてと…… 皆の前で言うのは恥ずかしいが……


「聞いてくれ。レジュメの項目の三に祭りを開くってあるだろ? それについてだ。戦争は終わったが、特に勝利宣言とかしてないよな。一つのけじめとして祭りを開催したい。

 これについて異議のある者は申し出てくれ」

「「「…………」」」


 皆沈黙と笑顔で答える。

 これについては問題無いみたいだな。

 それじゃ今回の会議の本題に移るとしよう。

 この一手が上手く決まれば民の人族に対する憎しみを軽くすることが出来る……はずだ。


 うぅ…… でも緊張してしまうな……


「ごほん…… アリア、立ってくれるか?」

「え!? わ、私ですか!?」


 突然指名されたことで驚いている。

 だが言わなければならない。

 俺はアリアの肩を抱く。

 そして……


「今回の祭りは戦争が終わったことの祝勝会だ! それと一緒に俺とアリアの結婚式も行う!」

「「「…………!?」」」


 皆が言葉を失う。

 もちろんアリアもだ。

 すまないな、驚かせてしまって。


 さて説明の続きをしないとな。


「これには訳があってな。祝い事を掛け合わせることで民の心の傷を癒すことが出来ると思ってな。終戦、祭り、結婚式。どれもめでたいだろ? そこに人族も参加して皆で祝えばさ、少しは人族との距離を縮めることが出来ると思う。

 本当は地味婚に憧れてたんだが…… で、でもさ、これっていい考えだと思わないか?」

「「「…………」」」


 あ、あれ? 思ってたのと反応が違うな。

 誰一人喋ろうとはしない。

 しまったな…… だだ滑りだっただろうか?

 

「タ、タケオさん…… それって本当ですか……?」

「う、うん。ごめんな黙ってて。でもさ、せっかくだしサプライズも兼ねようかと……」


 俺はソーンから受け取った小箱を取り出す。

 そこには銀のペアリングが。


 一つを取り出しアリアの指へ。


「…………!?」

「サイズは合ってるみたいだな…… アリア、気持ちは分かってると思うが…… 俺と結婚してくれないか……?」

 

 既に泣いているアリアだが、さらに大粒の涙を流し始める。

 そして……


「は、はい…… よろしく…… お願い……しばず……」


 ははは、最後何言ってるのか分からんぞ。

 そして今まで黙って俺達を見ていた皆は……



 パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチッ



「グルルルル! タケよ! よく言った! 祭りを祝おうではないか! お前達の結婚式もだ!」

「あぁ! 獣人族総出でお前達を祝おうではないか!」

「エルフもだ! 森の精霊よ! 二人に祝福を!」

「ドワーフからもお祝い申し上げます! タケ様! アリアさん! おめでとう!」


 ははは、もうこいつら祝賀モードじゃん。

 今まで人族の恨みがどうたらって言ってたくせによ。


「タ、タケ殿…… 我らも参加していいのか?」


 とクロイツが自信無さげに聞いてくる。


「当たり前だ! 皆で俺達を祝ってくれ! 楽しい祭りにしようぜ! よし! 今から祭りの出し物を決めるぞ!」


 暗い雰囲気で始まった会議だが、今は宴会のように盛り上がっている。

 

「グルルル! 祭りは二十日後に行う! これでいいな! 急ぎ長老を連れてこねば!」

「あぁ! 獣人も全員参加だ!」

「タケよ! 私は一度ヴィジマに戻る! すぐに帰って来るからな!」


 こうして会議が終わる。

 俺達の結婚式兼祭りは二十日後か。


 皆が出ていった後はリビングはぐちゃぐちゃになっていた。


「あーぁ…… あいつら好き勝手しやがって」

「んふふ、嬉しいんですよ。も、もちろん私もですよ…… あ、あのタケオさん、こ、これからもよろしくお願いします……」


 そう言ってアリアはキスをせがんでくる。

 ふふ、俺からもお願いするよ。


 俺は言葉も出さずにキスを返しておいた。

 そして俺達はお互いの気持ちを確かめ合うように愛し合った……


 果てを迎え、俺が眠りに着く頃に思い出す。

 

 やべ。ラベレ連合の今後について話すの忘れてた。

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