第158話 リァンとルカ 其の二

「あ、あの…… こ、こんにちは! 佐藤 留佳っていいます! お、おじさんも日本の人なんでしょ!?」

「…………!?」


 リァンの前に立ち、俺に向かって挨拶をしてきた少女、これが魔女王ルカの正体だった。

 俺は驚きを隠せなかった。

 転移してきて今まで聞いたことがない純和風な名前。

 しかも俺のことを日本人かと聞いてきた。


 どう答えればいい?

 俺は混乱していた。

 言葉が出てこなかった。

 そんな俺を見て、ルカは心配そうに俺を見つめる。


「あれ? おじさん大丈夫? 具合悪いの?」

「ははは、タケオ殿はお疲れなのですよ。ルカ、お茶にしましょう」


「うん! ねえリァン、お菓子も食べていい?」

「もちろんです。それでは準備しますね」


 俺はその光景を黙って見ているしか出来なかった。

 リァンはてきぱきと湯を沸かし、茶を淹れ始める。

 そして地面に敷布を敷いて、その上に二人で乗った。


「ねぇ、おじさんもこっち来て! 一緒にお菓子食べましょ!」

「タケオ殿、少し話しましょう。大丈夫です。まだ時間はありますから……」


 と二人は俺を誘う。

 どうすればいい?

 いや、ここまで来たんだ。

 幸いルカは俺に敵意が無い。

 リァンは軍師であるが故、戦闘力は低い。

 

 ここでの生殺与奪の権利は俺の手にある。

 それに話を聞くことで何か分かることもあるかもしれない。


 ザッ


 俺は二人の誘いに乗ることにした。

 敷布の上に座ると、リァンは茶と、ルカは菓子を俺に勧めてきた。

 

「どうぞ、外は寒かったでしょう。これで温まってください」

「お菓子はね、留佳が作ったんだよ! 食べてね!」

「あ、あぁ…… ありがとう。君は留佳って言ったよね? 日本人なのか?」


 その問に留佳は笑顔で答える。

 この子が嘘を言う子には思えなかった。


「うん! 私ね、東京に住んでたの。お友達と遊んでたら急に暗くなって。迷子になっちゃったの。それで明るくなったと思ったら変なところに出てきちゃった。

 そしたらね、リァンとユンがいたの! 二人共病気だったの。だからね、留佳が治してあげたんだよ!」


 と得意げに留佳は語る。

 次に口を開いたのはリァンだ。


「そういうことです。何故か私もこの世界にいたのですよ。私の最後の記憶は五丈原の星空でした。胸を病んでおりまして、最後の刻を美しい星空の下で迎えようと思っていたのですがね。

 しかも死んだはずのユンもそばにいました。ですが私達は虫の息。間もなく死ぬであろうと覚悟したのですが……」


 そう言った後、リァンは留佳の頭に手を置く。


「ふふ、この子に助けられたのです。不思議なものです。ルカは仙道のような力を使い、そして私達の命を助けてくれたのです」

「うん、あの時はびっくりしたの。私、二人に死なないでってお願いしたんだよね。そしたらおじいちゃんだった二人がおじさんに戻ったんだよ!」


 それが留佳の力なのか?

 俺は静かにオドを練る。

 そして分析を発動……



名前:佐藤 留佳

年齢:???

HP:410 MP:8221 STR:215 INT:6408

能力:風魔法10  

ギフト

門:宮比神の加護

時間操作:大年神の加護

多言語理解:思金神の加護

眷属化:木花咲弥姫命の加護



 これは……!?

 間違いない。留佳は俺と同じ日本神話の神々から加護を得ている。

 嘘は言っていない。

 留佳は俺と同じ日本人だ。


 だが未だ俺にはリァンと留佳の目的が分からない。

 そもそも門を開くという目的を達成したとリァンは言っていたが、どのような結果に結びつくか知らないのだ。

 リァンは自分に勝ったら全てを話すと言ってたな。

 ここまで来たんだ。

 話してもらうぞ。


「リァン、俺はお前の目的の一つである天下統一ってやつを潰した。それは俺の勝ちってことでいいよな? なら話してもらう。本当の目的をな。

 ユンから聞いたよ。大陸を一つにするってのはリァンとユン、諸葛亮孔明と趙雲子龍の悲願だ。だが留佳の目的じゃない。お前達だけのだ。

 それが門ってやつなんだろ? で、門が開かれると一体どうなるんだ?」


 外には黒い雪が降っている。その雪に触れると急激に体力を奪われる。その雪雲がどんどん南下してるんだ。

 このままでは皆の命が危ない……


 恐らくこれを止められるのは留佳だけだろう。

 リァンは茶を飲み干してからゆっくり口を開いた。


「目的ですか。すべてはルカの願いを叶えるため…… それだけですね。

 私達はルカに命を救われました。一度死んだと思った命をまた拾ったのです。その恩を返そうと思っただけですよ。ふふ、長年劉備様に仕えてきましたからな。侠客としての考えが移ってしまったのでしょう。

 私とユンは恩人であるルカに忠誠を尽くすことに決めました。初めは人族の国コアニマルタを治めるだけで良かったのです。私は策を、そしてユンはその武力を以ってコアニマルの新しい王としてルカを祀り上げました。

 その時点では天下統一は二の次でしたよ。これは本当です。あくまで私達だけの目的でしたから。ですが時が経つに連れ、ルカが泣くようになったのです。故郷に帰りたいとね……」


 そうか……

 留佳はまだ幼い。

 恐らくこの世界に来て百年近く経っているはずだ。

 だが俺と違い、まだ子供なのに異世界に飛ばされる羽目になった。

 まだ親に甘えたい盛りだろうに。

 留佳は俺と同じだ。いや、俺以上に辛い想いをしていたんだな。


 だがそれは他種族を殺していい理由にはならない。

 恐らくこの戦争のおかげで大陸に住む人口の半分以上は死んでいるのだから。

 

「話は分かった。だがこれ以上の虐殺を見て見ぬふりは出来ない。留佳、雪を止めるんだ。それが出来るのは君だけだろ?」

「え? そ、そうなの? ねえリァン、どうすればいいの? でもそうすると私帰れないんでしょ? やだよ、そんなの…… わ、私、ママに会いたい……」


 そう言って留佳はリァンの胸で泣き始める。

 帰れないだと?

 どういうことだ?


 リァンは留佳を抱きしめたまま……


「タケオ殿…… 残念ですが、すでに門は開きつつあります。雪はもう止められません。ほら、あそこをご覧なさい」


 リァンが指を指す。そこには……

 渦? 先程までは無かったのに、宙に渦が発生している。

 僅かに手が入るくらいの小さな渦だ。


 あれが門なのか?


「あの門はルカと魔族のお嬢さん、アリアの力によって発生したものです。私はルカの願いを叶えるため、過去に書かれた文献や民間伝承を調べました。そして分かったのです。

 門、この能力は自分が願う場所に転移出来る能力です。ですがその発動には鍵が必要なのです。それを持つのがアリアでした。

 私達は鍵と門を手に入れた。ですがそれだけでは足りません。門を人が通れるほど大きくするには……

 多くの魂が必要なのです。この大陸に住まうほとんど全ての者の魂がね。私はルカを日本に返すために戦争を起こしました。ですが貴方という存在が現れ、集められる魂が少なくなってしまいまして…… 

 戦争であれば集める魂の量は調整出来ます。門が開く頃には人口の三割は生き残ることが出来ると思ったのですが…… このままではそれも叶わないと判断しまして。なので私はもう一つの方法を試すことにしました。それがあの黒い雪なのです」

「なっ……!?」


 ザッ


 言葉を失う俺を尻目にリァンは立ち上がる。

 

「少し喋り疲れました。話はもう少し続きます。茶のお代わりを用意しましょう」


 リァンは湯を沸かし始める。

 その姿を見ながら思う。

 つまり戦争で犠牲になった人は留佳を日本に帰すための生贄だというのか……?

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