第152話 決戦 其の十

「グルルルル…… グルルルル……」

「すー…… すー……」

「ぐぉー…… ニャーン……」

「キュー…… キュー……」


 うるさい……

 色んな奴のいびきを聞いて目が覚めた。

 なぜか俺は梅酒の空き瓶を抱いて寝ていたようだ。

 

 ルネはソファーでチコに抱かれて寝てるし、ベルンドは一メートルぐらいある長い舌をだらしなく伸ばして寝てる。

 フゥはどこからか仕入れてきたのだろう。コタツで丸くなっていた。


「うぅ…… 頭痛い……」

 

 しまったな。飲み過ぎた。

 昨夜俺は一人で魔女王軍がいるコアニヴァニアに向かおうとしていた。

 だがルネがこっそり俺の思考を読んでいたんだろうな。

 俺の考えはバレており、ここにいる全ての者が俺についてくると言ってきたのだ。


 ふふ、今思い出しても馬鹿な連中だ。

 自ら死地に笑顔で乗りこもうだなんてな。

 それもラベレ連合唯一の魔族のために。


 俺も色んな世界を周ってきたけど、ここまで馬鹿で、そしてここまで素敵な連中に会うのは初めてだ。

 

「ありがとな……」


 俺は気持ちよさそうに寝ている仲間に礼を言う。

 さて、そろそろしゃっきりしなくちゃな。

 今日はアリアを救うため、コアニヴァニアに乗りこむのだから。

 

 目を覚ますために水差しから水を汲む。

 

 ゴクリッ


 美味いな。

 酔い覚めの水飲みたさに酒を飲み。

 なんて洒落たことを思っているが、まだ頭が痛い。ガンガンするな。

 俺は癒しの気を自身に流す。


 パアァッ


 ふぅ、少しは良くなった。

 さて、みんなも起こすかな……


 カーン カーン カーン


 あれ? おかしいな。まだ頭がガンガンす…… って違うだろ!?


「起きろ! 警鐘だ!」


 俺はフゥの部屋でだらしなく寝ているみんなを起こす!


「おい! フゥ、起きろ! コタツから出ろ!」

「にゃ、にゃんだ!?」


 猫っぽく言ってんじゃねえ! 虎だろお前!


「おいベルンド!」

「グルルルル…… 酒持ってこーい。グルルルル……」


 ベルンド馬鹿野郎! 寝ぼけてんじゃねえ!


「敵だ! 魔女王軍だ!」

「「「何だって!?」」」


 みんなようやく起きた! 

 しまった、こんな早く敵が動くなんて。

 確か昨日の話では奴等は五十キロ先に陣を敷いていると聞いた。

 屈強な兵士でも重い装備を纏い、更に補給線を作りつつ、ここまで来るには丸一日以上かかるはず。

 そう思っていたのだが……

 

 いや、相手はリァンだ。俺の想像を上回ることをしてきやがる。

 きっと今回もだな。


 だがまだ時間はあるはずだ。

 警鐘は三回。つまり第二戦備態勢を取れってことだ。 

 

「急げ! 装備を整えろ!」

「砦の上に上がれ!」

「バリスタ準備よし!」


 多少酔っぱらってはいるが、兵士達はキビキビと戦う準備を整えていく。


「タケ! いつでも大丈夫だ!」

「よし! 前には出るな! 砦から迎え撃つ! 皆構えろ!」


 ギリギリッ……


 砦の最上部から弓兵が矢を引き絞る。


 ザッ


 魔法部隊が杖を構える。


 ガチャンッ ギリギリッ……


 千を超える弩砲バリスタが唸りを上げる。


 それじゃ俺も準備するかね。

 オドを練ってから発動するのは……


【魔銃! スナイパーライフル!】


 ジャキンッ


 遠距離攻撃といったらこれだろうな。

 威力、射程を考えるとレールガンの方が強力だが連射が出来ない。

 乱戦において次弾を発射するのに三十分かかる能力なんて使えるわけないしな。

 この状況下ならばスナイパーライフルが一番強力だろう。


 さあ来い。芋ってやる。

 現実世界のスナイパーライフルの弾は真っ直ぐ飛ばない。

 風、距離、重力、様々な条件を考慮して敵を狙う必要がある。

 だが俺のライフルは特別でね。

 偏差射撃をする必要が無い。

 スコープで狙った標的であれば必ず当たるといっていいほどの命中率を誇る。


 出てこいよ……

 脳天をぶち抜いてやる……


 バサッ バサッ


 上空から飛竜が羽ばたく音が聞こえる……


「敵との距離五千!」


 まだだな。もう少し引きつけないと。


「三千!」


 チキッ……


 トリガーに指をかける。


「二千!」


 ギリギリッ ブゥンッ


 弓が唸りを上げ、魔法部隊がオドを練り始める。


 そろそろだ……


「千! 来ます!」


 見えた! スコープの中には白銀の鎧を纏い、馬に乗りながら白旗を振る敵の姿が……?

 って白旗!?


「タケ様! 敵は白旗を上げています!」


 見えてるよ!

 白旗だろ!? 一体どういうつもりだ?


 フゥは魔導鏡で魔女王軍を観察している。

 

「奴等、一体…… 罠か?」

「だろうな…… だがまだ撃つな! 飛竜部隊! 周辺警戒を強化! 何か見つけたらすぐに知らせろ!」


 俺は再びスコープを覗く。敵との距離、およそ五百メートル。

 

 突如魔女王軍が歩みを止める。

 そして一人の男が馬を降り、両手を挙げてこちらに近付いてきた。


「タケ……」

「あぁ……」


 俺はトリガーに指をかける。


 チキッ ズガアァァァンッ

 ボスッ


 命中。

 発射された弾丸は男の足元の地面を抉った。

 男は動きを止める。


「よし、なんのつもりかは知らんが戦う気は無いらしい。話を聞いてくる」

「私も行こう」

「グルルルル……」

「キュー!」


 ルネも行くの?


(パパ、私の力を忘れてるの! あの人が嘘をついてたら調べればいいの!)


 なるほど! ルネのギフト、経路パスの一つであるポリグラファーだな。

 たしかにルネがいれば敵が罠を仕掛けてこようとしているのか分かるはずだ。


「よし行くぞ! お前達はそのまま待機! 敵が変な動きをしたら遠慮なくぶち込んでやれ!」

「おう!」


 俺は兵士達に指示を出して砦を出る。

 ついてきてもらうのはフゥとベルンド、そしてルネだ。

 護衛として百人ほど兵を選んだ。


「タケ様、あいつらふざけてんのか? 今さら白旗なんてよ。くそ、ぶっ殺してやりてえよ……」


 とルーが文句を言う。

 もちろん俺もだ。もし罠だとしたら、男の脳天をぶち抜いてやるつもりではある。

 だが脱走兵という可能性も捨てきれない。

 もしそうなら捕虜として扱わなくてはならない。

 この世界にハーグ陸戦条約なんてものは存在しないが無抵抗の者を殺すのは敵であっても許されることではないからな。


 ルーを諌めつつ、俺達は砦を出る。

 そして目の前には男が一人、相変わらず両手を挙げたまま俺達を待っていた。


 俺はすでにハンドキャノンに持ち代えている。

 銃を構えつつ男に話しかける。


「ベルンド、フゥ、一緒に来てくれ」

「あぁ」

「グルルルル」


 ルネ、二人の後ろに隠れながらついておいで。


(はいなのー)


 俺達は四人で男に近付く。


 ザッザッザッ ザッ


 距離は五メートル。

 剣は届かず、ハンドキャノンなら一方的に脳天をぶち抜ける距離だ。

 俺は男に向かって……


「後ろを向いて膝を着け。両手はそのまま頭の後ろで組んでおくんだ」

「…………」


 男は俺の言われた通りにする。

 ここまでは無抵抗か。

 だがまだ油断は出来ない。


 俺はそのまま男に近付き、銃を後頭部に突き付ける。


「嘘は言うな。こっちにはお前の心を読める者がいる。もし嘘偽りを言ったらお前の頭は吹っ飛ぶことになる。いいか?」

「分かった……」

(はいなのー)


 お? ありがとな。もうポリグラファーを発動してくれてるんだ。

 そのまま頼む。


「所属と名前を言え」

「コアニマルタ王国軍所属、第二将軍を務めるクロイツ バーンシュタイン」

(はいなのー)


 嘘は言ってないか。

 第二将軍ってのがどんな地位のものかは知らん。

 だが将軍って言ってるんだ。

 それにこれだけの数の兵を率いている。

 それなりに上に立つ立場なのだろう。


「お前はリァンの部下か?」

「今は違う」

(はいなのー)


「俺達を嵌める気か?」

「違う……」

(はいなのー)


 ここまでは嘘は無し。

 リァンの部下かという質問には違うと答えた。

 つまりもう魔女王軍には所属していないということか?


 ではこの質問に移ろう。


「ここに来た目的を言え」

「…………」


 なんだ? 

 今まで俺の質問に答えてたのに、急に黙ってしまう。


 ザッ


 クロイツは膝を着けたままこちらを振り向く。


「おい! 動くなと言っただろう!」


 チャキッ


 俺は銃をクロイツの額につける。

 だが怯まない。

 それどころかクロイツの目、優しく、そして悲しい目をしていた。


「頼む…… ここを通してくれ…… もう時間が無いんだ…… 部下を、家族の命を助けてくれ……」


 ポロリッ


 クロイツの目から涙が一筋こぼれ落ちた。

 時間が無い? どういうことだ?

 だが分かったことがある。


 この男に敵意は無いということが。

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