第151話 決戦 其の九

 ドカカッ ドカカッ


 俺はルネに乗ってフゥが待つラベレ砦に向かう。

 朝から全力で走ってるからな。

 もうすぐ着く頃だろう。


 ラベレ砦までの道のりは険しいが、なだらかな丘陵地帯もあり、真新しい雪が積もっている。

 ここでスノボをやれたら楽しいだろうな…… なんてことも思ってみたり。


(パパ、スノボってなに?)


 とルネが走りながら振り向く。

 ソリ遊びみたいなものさ。

 そうだ! アリアを助けたら一緒に遊ぼうな!


(はいなの! 楽しみなのー)


 ルネは嬉しそうだ。

 俺は終始楽しい話をし続ける。

 そうしないと俺が本当に考えていることがバレてしまうからだ。


 ルネとお喋りしている内に俺達はラベレ砦に到着する。

 援軍が来たのだろう。

 兵士達が仲間の死体を集めて焼いている姿が見えた。


(パパ、あれ……)


 ルネ、ここで待ってるんだ。

 

 ザッ


 俺はルネから降りて、焼かれる仲間のもとに……


 パチパチッ……


 黒煙を上げ、仲間は灰になっていった。

 俺は手を合わせる。


「すまない…… 俺のせいだ……」


 俺が未熟なばかりに無駄に仲間を死なせてしまったのだ。

 約束するよ。必ず魔女王を倒す。

 

 パチパチッ ドサッ


 灰になった仲間は炎の中で崩れ落ちた。

 さよなら、名も知らぬ友よ。

 お前達の無念は必ず晴らす。


 俺が立ち上がろうとする時、後ろから声をかけられた。

 振り向くとそこには俺の身長よりも高い大柄な熊獣人がいる。

 この人は……


「タ、タケ様!? なんでここにいらっしゃるのですか!?」


 見た目はグリズリーがワンピースを着ている感じだ。

 この声は知っている。

 ルーの奥さんのスゥだ。

 彼女も来てくれたんだな。


「スゥ、会えて嬉しいよ。ルーはいないのか?」

「あの人ですか? 今は砦の修復をしているはずです。あ、あの…… 聞きました。アリアちゃんですけど……」


 噂が広まるのは早いな。

 もうここまで伝わっているのか。


 あまり口外して欲しくないが、それは無駄だろうな。

 獣人、エルフ達は俺を見てヒソヒソと話していた。

 内容はよく聞き取れなかったが、言葉の端々にアリアの名が出ていたからだ。

 恐らくもう皆知っているのだろう。


「彼女のことは心配しないでくれ。それじゃ俺はフゥに会いに行くよ」

「はい…… 失礼します……」


 スゥは俺に頭を下げ、仕事に戻っていった。

 それじゃ俺も行くか。


 俺はルネを抱いてラベレ砦の中に入る。

 フゥの私室は二階にあるはずだ。

 階段を上がると、上からバタバタと獣人達が降りてくる。

 あれは……


「おい! 次は城壁の修理だ! 急げ!」

「分かってるよ! くそ、体がいくつあっても足りやしねぇ!」


 部下を急かしていたのはルーだった。

 こんなところで会うとはね。


「おう、ルー。頑張ってるな!」

「ん? タケ様じゃねえか! 団長から要請を受けてな! 城壁の修理は任せてくれ!」


「はは、心強いな。頼んだぞ」

「おう! でよ? 行くんだろ? 魔女王をぶっ殺しによ。マハトンから腕の立つ奴等を連れてきたんだ! 役に立つぜ!」


 マハトンか。たしかフゥが率いていた傭兵団が多くいる町だったな。

 彼らがいれば守りを固くすることが出来る。

 

「よく来てくれた。俺は今からフゥに会ってくるよ。いるよな?」

「あぁ! 部屋に籠って地図とにらめっこだ。なぁタケ様よ。団長に無理するなって言っておいてくれ。

 それとな…… アリアちゃんを助けに行くんだろ? 俺も行くからな。あんたは俺の命の恩人だ。ここで借りを返させてくれ。もちろん嫌だと言ってもついていくからな! がははは!」


 と笑って去っていく。

 助けにね…… 

 もちろんそのつもりだよ。

 

 ルーと別れ、俺はようやくフゥの部屋の前に着く。

 

 トントンッ


『入れ』


 いるな。ドアを開けるとフゥはペンを持って地図に何かを書き込んでいる。


「頑張ってるな」

「タケか!? よく来てくれた。ルネの経路を通じて聞いた。ラベレ砦再建の件だな?」


「そういうことだ。フゥは何してたんだ?」


 何となく想像がつくな。

 恐らく敵の位置を探っているのだろう。

 

「飛竜の偵察部隊からの報告を受けてな。現在魔女王軍はここから北に五十キロほど行った所に陣を構えているらしい」

「らしい? 確定じゃないのか?」


「あぁ。天候が悪い挙句にこの寒さだ。竜人は寒さに弱いからな。限界まで飛んで得てきた情報だよ。それと気になることを言っててな。遥か北の大地が黒く見えたとか…… まぁそれは何かの見間違いだろう。天候が悪くて、そう見えただけかもしれないしな」


 黒くだって? どういうことだろうか。

 気になることはあるが、今は仕事をしないとな。

 兵の補充は出来たが、何も決まっていない状況だ。

 このままではまともに戦うことが出来ない。


「フゥ、夜にはベルンドが到着するはずだ。そこで話したいことがある。それまで部隊の編成、今後の戦い方を決めておこう」

「分かった!」


 フゥもこれまで多くの経験をしてきた。

 最前線を守るという最も危険な役目をこなしてきたんだ。

 俺以上に適格に編成を行っている。

 もうフゥに任せても大丈夫だな……


「マハトンから来た同胞だが、血の気が強くてな。前に出がちなのだ。あえて中衛に据えておく方がいいと思うのだが…… タケ? 聞いてるのか?」

「あ、あぁ。それでいいと思う。ふふ、やっぱりフゥはすごいな」


 本当にそう思う。

 彼は努力の人だ。

 神から得たギフトという力がありながら、魔力は低く、魔法もろくに使えない。

 だから体を鍛え、そして多くの書を読んだ。

 そしてマルカ一大きな傭兵団を設立したのだとか。


 最初に見込んだ通りの結果を出してくれている。

 フゥはこれからもラベレ連合にとって必要な存在だ。

 獣人達もフゥを種族をまとめるリーダーだと思っている。


 もう俺がいなくなっても大丈夫だ。

 これだけ信頼出来る仲間がいるのだから。


 こうして編成を終える頃には夜になっていた。


「お? もうこんな時間か…… 一休みしようか」

「そうだな。タケ、コーヒーを淹れてくれないか? お前が淹れるコーヒーが一番美味くてな」


 ははは、いいだろう。

 俺はフゥのためにコーヒーを淹れ始める……


 トントン


 ん? ドアをノックする音が……

 そろそろ着いたか?

 ドアを開けると、そこにはベルンドがいた。


「グルルル、待たせたな」

「おう、入ってくれ。ちょうど一休みするところなんだ。ゆっくりしててくれ」


 追加でベルンドの分のコーヒーを淹れる。

 二人は話すことなく俺を見つめていた。


「なんだよ、虎とトカゲのおっさんに見つめられても嬉しくないぞ」

「グルルル、違いない」

「ははは、そうだな。失礼した」


 俺達はコーヒーを飲みながら下らない話をする。

 

「グルルル、タケと出会った時はな、部下が棍で打ちのめされて大変だったのだ」

「そりゃお前らが悪いんだよ。そうしなきゃ殺されてただろ?」


「タケよ。アリアには優しくするのだぞ。お前達が愛し合う声を聞いた時は驚いた。まるで悲鳴だったぞ。一体何をしていたのだ?」

「ま、まぁいいじゃないか。あの時は悪かったな」


 思い出話に花を咲かしていると、コーヒーが空になった。


「…………」

「…………」

「…………」


 三人同時に黙ってしまう。

 俺の雰囲気を察したのか、先にベルンドが話しかけてきた。


「タケ、お前一人で行く気だろう?」

「…………」


 やっぱり分かっていたか。

 それじゃ言わないとな。


「知ってたんだな。でもなんで分かった?」

「グルルル、お前は思慮深い男だ。だが単純なところもある。顔に書いてあるよ」


 ははは、俺とアリアの区別がつかないお前が言うなよ。

 でもベルンドとは長い付き合いだ。

 アリア以外ではこいつが一番古い友達だもんな。


「そうだ。俺はラベレ連合を抜ける。ここからはお前達に全てを任せる」

「タケ…… そんなことを言うな。アリアを助けるのだろ? 我ら獣人にとってもアリアは恩人だ。種族の誇りにかけて友のために命をかけることは……」


 バンッ


「「…………!?」」


 机を叩いて二人を黙らせる。 

 驚かせてごめんな。気持ちは嬉しいよ。

 だけどな……


「これは俺の我がままだ。完全なる私闘だ。惚れた女を助けるのに軍を動かすわけにはいかない。それにこのまま魔女王軍と真っ向からぶつかったら俺らは負けるかもしれない。

 今までの苦労が水の泡になる。お前らそれでいいのか? 真の自由を手にするために戦ってきてんだろ?

 俺が無責任だってことは分かってる。最後までお前らと戦いたかったよ。でもな、俺はアリアと約束しちまったんだよ。俺は君を助けるってな」


 思い出すな。

 アリアはこの世界がどうなっているか俺に伝えた時に大泣きしてたんだ。

 見かねた俺はアリアを助けると約束した。

 この世界を助けるとは言ってない。

 アリアをだ。


 最初にした約束だ。

 守らないとな……

 

 ガタッ


 俺は席を立ち、そしてドアに手をかける。


「すまない…… ここでさよならになるかもな。もし俺が生きて帰ってきたら…… また一緒に飲もうな……」


 バタンッ


 ドアを閉める。


 生きて帰ってきたらか……

 無理かもしれないな。

 俺は強い。だがそれは人としての範疇を出ない強さだ。

 剣で斬られれば血は出るし、首を斬られればあっさり死ぬ。

 そんな俺が一人で百万の敵を相手にするだって?


 ははは、無理だろ、絶対。

 でもな、それでも行かなきゃ。

 生きてアリアを取り返すんだ。


「はぁ…… 俺って馬鹿だな……」


 そう一人で呟き、階段を降りる。

 ドアを開ければそこはコアニヴァニアに繋がる門がある。

 そこは死地に繋がる地獄の門だろうな。

 まぁそれは行かない理由にはならないがな。


 とりあえず一発気合い入れるか!

 両手を広げて!


 バチーンッ


 力いっぱい両の頬を叩く!

 おし! 気合い入った!

 アリア、今行くぞ!

 俺は扉を開け外に出る!


 だがそこには!


「「「タケ様! 俺達も行きます!」」」

「「「うぉーーー!!」」」


 うわ!? 目の前にものすごい人だかりが!? この人数…… 砦の全員がいるんじゃないの!?


「タケさん! 来ちゃいました! アリアちゃんを助けに行きましょ!」

「私を置いてくってのは無しよ!」

「まだアリアちゃんに飲んでもらいたいお酒があるのよ! 私も行くからね!」


 こいつら、ダークエルフのイタズラ三人娘だ! リリン、エル、そしてルージュ。

 来てたのかよ!?


「タケ様! 俺を置いてくってのは無しだって言っただろ!」

「そうです! 私だって行きますからね!」


 ルーとスゥが前に出てくる。いや、ルーはまだしも、スゥも行くのか!?


「タケさーん! いっぱい魔道具持ってきましたよ!」

「タケ様! 炊事係として連れてってください! 美味しいお料理を作るのだって戦いですから!」


 チコ! それにアーニャさんまで……


「タケー! やっぱりアリアを助けに行くんじゃないか! なんで私に声をかけないのさ!」

「そうだよ! 僕達だって役に立ちたいんだ!」


 サシャ!? フリンまで! いや、お前らアシュートにいるはずだろ!?

 なんでここにいるの!?


「タケ様! 錬金術師の奥義、お見せする時が来たようです! 私の命尽きるまで傷付いた仲間を助ける覚悟です!」


 いやいやソーン! お前謹慎中だろうが!


「タケ様! 一緒に行きます!」

「連れてって!」

「共に戦いましょう!」

「アリアちゃんを助けるんだ!」


 ここにいる全ての者が口々に叫ぶ。

 ははは…… こいつら…… 俺よりも馬鹿じゃねえか……


 ガチャッ

 

 扉が開いてベルンドとフゥが出てきた。

 もしかしてこいつらが……


「お前らの仕業か……?」

「グルルル、オレリュウジン、ムズカシイコトワカラナイ」

「ははは、何のことかな? 私達はただタケが不穏なことを考えていると噂を流しただけだよ。で、お前も分かってるだろ? これが答えだ」


 そうだろうな…… 

 さすがにこいつらを置いて一人で行くなんて……

 ふふ、出来ないだろうな。


「キュー!」


 ルネ? 

 ルネが俺の胸に飛び込んできた。

 うわ、すごい怒った顔してる。


(もう! パパは馬鹿なの! 一人で行くなんてずるいの! だから私、みんなに教えたの! パパが行っちゃうよって!)


 し、知ってたの!? でも気付いてる素振りは見せなかったよな?


(これもヘイホーなの)


 ヘイホー? あぁ、兵法ね。

 ははは、一本取られました。


 ガシッ ガシッ


 フゥとベルンドが俺の肩に手を回す。

 何ニヤニヤ笑ってんだよ。


「グルルル、分かっただろ? タケよ、お前はもう逃げられないのだ……」

「ふふふ、そういう事だ。ではタケ、共に戦う仲間に一言頼む」

「…………」 


 くそ、しょうがねえな。

 それじゃ俺についてくるって馬鹿どもに一発気合いの入った言葉をかけてやるか!!


「アリアを助けるぞ! ついでに魔女王をぶっ飛ばす!」

「「「おーーー!!」」」


「出発は明日! それまで飲もうぜ! 今日は無礼講だ!!」

「「「おーーー!!」」」


 ははは、長いこと異世界を回ってきたけど、ここまで馬鹿な連中に出会うのは初めてだよ。

 お前ら最高だよ。

 最高の仲間だ。


 俺は皆と一緒に戦い前の酒を楽しむ。

 みんな、勝って美味い酒も飲もうぜ。


 その時はアリアも一緒にな。

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