第134話 バクー復興 其の六 新居

 ホーホー ゲココ ゲココ


 俺は深夜にも関わらず目を覚ます。

 よし、いつも通りだ。

 隣で寝ているアリアを起こさぬよう、こっそりと寝室を抜け出す。


 外に出ると月が真上に出ていた。

 時間通りだな。


 ザッ


 俺は一人深夜のアシュートの町を歩く。

 月明りに照らされた町を眺めながら。

 だいぶ復興が進んできた。


 城壁はより高く、そしてより厚くなっており、大軍の攻撃にも耐えられる造りになっている。


 それだけではなく、ソーンが作ってくれた魔導人形が城壁の上で二十四時間態勢で警備をしてくれているのだ。

 戦闘力は皆無なので、いざ戦いになったら役には立たないが、敵を見つけたら警鐘を鳴らしてくれるようになっている。


 他にも多くの建物が建設されている。ドワーフのための住居、兵舎、店舗など様々だ。

 俺はとある一画を訪ねる。そこは周りに家は無く、静かな場所だ。

 そこに建築途中の家が建っている。


 ガチャッ


 ドアを開け、中に入る。

 すでに魔鉱ランプの灯りが灯っている。

 先に来ていたか……


 家の中は殺風景な作りで椅子が二脚、テーブルが一つあるのみ。

 その椅子に座っている者がいる。

 それは……


「タケ様! いつもご苦労さまです!」

「ソーンもな。っていうか様は止めろって」


 そこには錬金術師のソーンがいる。

 俺は毎晩深夜の僅かな時間を使って彼に会っているのだ。


「それじゃ早速始めようか。例のものは用意出来たか?」

「はい…… もちろんです。これを……」


 スッ


 ソーンは俺に大きな紙の巻物を手渡す。

 

「これが超防音壁紙か」

「はい! 錬金術の秘術を使った逸品です! これを部屋に貼り付ければどんなに大きな音を出しても一切音が漏れる心配はありません!」


 おぉ! さすがは錬金術! 

 どうやって作るかとかなぜ音を吸収するのかは謎だが国一番の技術が組み込まれているのだ。

 これは素晴らしいものだ!


「それじゃやろうか!」

「はい!」


 俺達は二階に向かう。

 そこは二部屋あり、まずは広い部屋に入り壁紙を貼っていく。


「ふんふふーん」


 俺は鼻歌まじりに作業を進める。

 音が漏れないよう、ぴっちりと着けないとな。


「それにしてもタケ様。こんなに狭い家でいいのですか?」

「いいのいいの。どうせ三人で使うんだ。大きな家に住んでてもどうせ使う部屋は限られてるしさ。

 それにここは一生住む家じゃないし。あくまで最前線がバクーにある時の仮住まいみたいなもんさ」


 そう、俺は今アリアと一緒に住む家の建築を進めている。

 今はソーンの屋敷の一部屋を借りているのだ。

 アリアとルネは今そこで寝ている。


「ですが四ヶ国をまとめる連合の代表者がこんな狭い家に住むなど示しがつかないのでは?」

「そんなことで示しがつかないんだったら、示しなんてドブに捨てちまえばいい。とにかく俺にはこれで充分さ。

 よし、これでいいかな!」


 俺とアリアの寝室になる部屋に壁紙を貼り終える。

 一応保険としてルネが寝る部屋にも壁紙を貼っておいた。


「ふぅ、これでいいか。ソーン、ちょっと休憩しようか」

「はい、では私が茶を淹れましょう」


 一階に戻り一休みすることに。

 ソーンはお湯を沸かしてお茶を淹れてくれた。

 普段はコーヒー派な俺だが、ソーンの淹れてくれる茶は美味いんだ。

 何か怪しい薬でも入っているのでないかと疑ってしまうほどだ。


「ははは、そうではありません。お湯の温度と茶葉の配合に気を付けてるだけです」

「ほんとか? でもこんな美味いお茶は飲んだことないよ」


「それではタケ様、ちょっとゲームをしましょう。ここに茶葉があります。これを同じ量で二つ用意してください」

「ほう、どれどれ?」


 俺は言われるがまま、二つの皿に茶葉を入れる。

 こんなもんかな? 見た目は一緒だろう。


「これでいいか?」

「はい、では秤を使ってみましょう」


 ソーンは秤を使って重さを量る。

 結果は分かっているが同じ重さにはならなかった。


「まぁ無理だとは思ってたよ。でもさ、絶対に数グラムの誤差は出るだろ?」

「それでは錬金術は使えませんよ。見ててください……」


 ソーンは無造作に皿に茶葉を入れる。

 そして秤に皿を置くと……


 ぴったり合っている……


 すごいな、噂は本当だったのか。

 錬金術を行うには異常なまでの正確さが要求される。

 薬品を配合するときに、砂粒一つの重さの誤差も許さないそうだ。

 ソーンのお茶が美味いのはこの正確さあってのものなんだな。


「流石だよ。だがソーンの役目はその技術を次の世代に受け継がせることだ。戦争が終わったらでいい。その技術を使って……」

「はい。分かっています。この技術を人々のために使います。それが私の贖罪なのですから……」


 しまった。ソーンが暗い顔をしている。

 彼は未だ自分が犯してしまった罪に苦しんでいるのだ。

 自分が作った薬品で人族を恒久的に強化させ、他国への侵攻を早めた事を。


「す、すまん。そんなつもりで言ったんじゃないんだ」

「ははは、分かっていますよ。むしろタケ様には感謝しています。こんな私を仲間に迎え入れてくれたことをね。

 おっと、ずいぶん時間が経ってしまいましたね。それでは最終確認に行きましょうか」


 そうだな。これで一応ではあるがアリアと住む家は完成する。

 まずは一階からだ。

 ここは広めのリビングがあり、主要な面子を集めた会議も出来る。

 その隣にはトイレがあり、水魔法を組み込んだ魔石が便座についている。

 これで用を足した後、おしりに温水が当たるのだ。要は温水洗浄便座だ。


 風呂だってついている。

 アリアは風呂が好きなので少しだけ贅沢に作ってみた。

 二人で入ってもまだ余裕がある。

 リクライニングになっているので横になる感じで風呂を楽しめるだろう。


 そして二階だ。特に変わったところは無い作りだが、先程使った超防音壁紙を貼っている。

 これであの時の声もルネの耳には届かないだろう。

 アリアって声が大きいんだよな……

 俺としては嬉しいが、さすがにルネに聞かせるわけにはいかん。


 最後に屋上だ。フラットになっており、洗濯物が干しやすい。

 それにタバコを吸うならここだろうな。

 部屋の中で吸うと匂いがついてしまうし。

 それで亡き妻であるララァにはよく怒られた。


「これで全部ですね。ですがやはりずいぶんとかわいい家ですね」

「ははは、俺にはこれでいいって。ソーンこそあんな広い家に一人で住んでて寂しくないのか? お前なら引く手数多だろうに。さっさと嫁さんを見つけろよ」


「嫁ですか…… あと百年は結婚は出来なさそうですね。今は研究に集中したいので」

「まぁ無理強いはしないさ。でも誰かが隣にいるってのはいいものだぞ」


 ふふ、自分で言ってなんだが、まさか俺がそんなこと思うなんてな。

 ララァを失ってから、もう誰も好きにならないって決めた俺だが、ここに来てすっかりアリアに惚れてしまった。

 

 ともあれこれで俺達の新居は完成したってわけだ。

 問題は二つ。

 一つは家具が椅子とテーブルしか無いこと。

 二つはいつ引っ越すかだ。


 年甲斐もなく、アリアの驚く顔が見たいと始めたことだが、実際家が建つとなるとワクワクしてしまうな。


「ソーン、俺達が引っ越すまでもう少し世話になってもいいか?」

「もちろんです! タケ様でしたらいつまでも居ていただいて結構ですよ。で、ですが……」


 ん? ソーンが何か言いたそうにしている。

 やはり迷惑だったかな? だったら早めに引っ越した方がいいかもしれない。


「あ、あの…… 夜の生活ですが、もう少し控えていただけたら……」

「キコエテタヨネ……」


 しまった。ここにも被害者がいたか。

 うん、やはりこれ以上はお互いにとって良くないだろう。

 うーむ、さっさと家具を揃えないとな。

 

 そうだ、そろそろマハトンの町の復興が終わるはずだ。

 たしかチコがマハトンに入って魔道具の生産を始めたって言ってたな。

 明日当たり進捗を聞いてみることにしよう。

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