第106話 愛してる 其の一

 俺は今アリアの部屋の前にいる。

 熊獣人のルーの妻であるスゥが伝説上の魔物の知識を持っているので、今それを紙にまとめてくれているのだ。

 少し時間がかかるのでアリアの様子を見に来たのだが……


 彼女は意識を取り戻したらしい。

 会いにいきたい。

 だが…… 俺は彼女に何て伝えればいい?


 俺達を襲った魔物はアリアの同胞の成れの果てだったのだ。

 助けようとしていた種族を知らなかったとはいえ、この手にかけてしまった。

 どう伝えればいい? 分からない……


 ガチャッ


 だがアリアに会いたいという欲求に勝てなかった。

 ドアを開けると……


 アリアは苦しそうに肩で息をしながらベッドに横になっている。

 俺は膝立ちになってアリアと視線を合わせ、彼女の銀色になってしまった髪を撫でる。


「タケオさん……?」

「おはよ。起きたんだな」


 俺の顔を見て安心したのか、アリアは力無く笑っている。


「タケオさん…… こっちに来て…… 抱きしめてください……」


 アリアは俺に手を伸ばす。腕を持ち上げるだけでも辛そうだ。

 無理しないで欲しい。俺は優しくアリアを抱きしめる。


「ふふ…… 温かいです…… タケオさん…… そのまま聞いてください……」


 アリアはゆっくりと話し出す。

 俺は黙って話を聞くことにした。


「恐いんです…… 私、このまま自分じゃなくなっちゃう気がするんです…… 眠ってる時も感じました…… 私の中に眠る魔族の血が濃くなってるのを……

 誰かを傷付けたい…… 誰かを殺したい…… そんな考えちゃいけないことを思ってました……」


 やはりか…… 恐らく変異することで魔物としての本能が目覚め始めている。


「でもね…… そうならないよう頑張ってるんです…… でも苦しいの…… もう耐えられないかもしれません…… それに……」


 ギュッ


 突然アリアの手に力が入る。すごい力で俺を強く抱きしめた……? 


「はぁはぁ…… お、おかしいの! すごく体が熱いの! よく分からない! でも! でも! タケオさんが欲しいの!」


 ガバァッ ビリィッ


 うわ!? 信じられない力で俺を押し倒す! 服を破り、俺の肌に舌を這わせ始めた……?


「ア、アリア! 止めるんだ!」

「駄目! 我慢出来ない! あ……?」


 バタッ


 今度は突然意識を失った!? どうした!? 

 急ぎアリアのステータスを確認する!



名前:アリア

年齢:19

種族:???

HP:52/4083 MP:0/5800 EP:0/3809 

STR:4509 INT:6096

能力:水魔法10

ギフト:鍵


状態:

瀕死:スリップダメージ

変異:進行中 87/100

魔力消化:重篤

精力枯渇:重篤

魔力阻害:重篤

意識障害:重篤



 やばい! HPが二桁じゃねえか!? このままじゃ!

 体内に残る全てのオドを使って癒しの気を流し込む!


 

 パアァッ


 

 アリアの体が優しい光に包まれ……


「うぅん…… すー…… すー……」


 よ、よかった…… 寝息が聞こえ始める。これで少し良くなればいいが。

 だが今のはなんだ? 

 あのアリアの行動、まるでサキュバス…… 

 いや違うな。サキュバスそのものだ。淫魔としての血が目覚め始めてるんだ。


 これで分かった。アリアのステータスで新しく表記されたEP。

 これは精力のことを表しているのだろう。

 そして精力枯渇。もう言うまでもない。

 アリアは精を求めているということだ。


 コンコンッ


 ドアをノックする音がする。開けるとルーが立っていた。


「だ、大丈夫か? 何だかすごい声が聞こえたが……」

「あぁ。問題無い。そうだ、スゥの準備は出来たのか?」


「そうそう。それを伝えに来た。来てくれ」


 俺は回復魔法が使える獣人に引き続きアリアに魔法をかけ続けるよう指示をする。

 それからスゥに会いに行くことにした。


 会議室に行くとスゥは大量の紙をテーブルに並べている。

 すごいな。これだけ用意してくれたのか。


「タケ様! サキュバスについての知識を全て記載してみました。神話、伝承、サキュバスが出てくる小説まで。タケ様はサキュバスの生態について知りたいのですよね? ではこちらが参考になると思います」


 と俺に紙の束を渡してくる。

 俺はそれに目を通す……

 そこにはまさに俺が知りたい内容が記載されてあった。


「サキュバス…… この悪魔は男の精を体内に取り込むことで生きている。特殊な魔物でそれ以外の方法で活力を得ることが出来ないのだ。

 精力が足りなくなると、激しく男性を求める。だが精を取り込めずしばらく経つとその体は砂に変わり、地獄の苦痛をもって死ぬことになるだろう。

 サキュバスが求めるのは人族の精のみ。少しでも魔と混じった者の精を取り込めばサキュバスの膣は焼けただれた後、臓器を腐らせて死ぬことになる……」


「へー。随分エロい魔物だな」


 バシッ


 スゥはルーの頭を叩く。


「痛ッ!? 何すんだよ!」

「ちょっとあなた! タケ様の気持ちを考えなさい!」


 とルーを諌める。ルーも自分の口が滑ったことに気付き、申し訳無さそうにしていた。

 

「…………」

「タ、タケ様?」


 ルーを無視して、俺は言葉も無くその場を立ち去る。

 

 トントントントンッ


 階段を降りて外に出る。


 ゴソッ


「…………」


 懐からタバコを取り出す。


 ボッ


 火を付けて深く吸い込む……


「ふー……」


 天に昇る紫煙を眺める。

 

 今アリアを救うには……

 この自由ラベレ連合の中で、俺は唯一の人族。

 俺以外にアリアの命を助けることが出来ない。


 覚悟を決めるか。

 俺はまた同じ過ちを繰り返すんだな。

 ははは、まったく頭悪いな俺は……


 タバコを消して、アリアの部屋に戻る。

 中では獣人達が懸命にアリアの治療を続けていた。

 

「タ、タケ殿?」

「ありがとな。後は引き継ぐ。部屋の前に並んでる獣人に伝えてくれ。今日はもう帰っていいってな」


「で、ですが……」

「大丈夫だ。頼む。二人にしてくれ……」


「分かりました…… では……」


 獣人は部屋を出ていく。

 部屋の外からガヤガヤと話す声が次第と静まっていく。

 そろそろかな……


 アリアに寄り添い優しく頭を撫でる。


「アリア、起きて……」

「ん……? あ、あれ? タケオさん? さ、さっきはごめんなさい…… 少し落ち着きまし…… ん……!?」


 チュッ……


 少し強引にアリアの唇を奪う。

 ごめんな。本当はこんなことしたくない。

 でもアリアを救うためだ。

 

 アリアは何が起こったのか理解出来ないようだ。

 だがゆっくりと。

 おずおずと舌を絡めてくる。


「あ……」


 口付けを口から首筋へ。

 優しくアリアの服を脱がしていく。

 

 アリアは胸が見えないように手で隠す。


「駄目…… 見ないでください……」

「綺麗だよ」


 答えになってないか。別に構わない。

 手をどけると形のいい胸が露わになる。

 

 もう一度キスをしてから俺はアリアに伝える。

 これから何をするのかを……


 キスを終え、俺達は見つめあう。

 言わなきゃな……


「アリア。俺は今から君を抱く。分かってるかもしれないが、アリアの体はサキュバスに変異しているんだ。サキュバスは人族の男の精を体に取り込まないと生きていけない。今アリアの状態は危険なんだ。だから…… ん!?」

「…………」


 アリアは俺に最後まで言わせなかった。キスで俺の口を塞いだからだ。

 ゆっくりと口は離すと……


「いいんです…… 分かってますから…… 覚悟は出来てます。でも…… そんなこと言って欲しいんじゃありません」

「そうか。分かったよ……」


 覚悟か…… 多分アリアはとっくに覚悟してたんだろうな。俺と一緒になることを。

 そして望まぬ生を手にすることを。


 俺と繋がるということ。それは生物としての寿命を捨てるということだ。

 歳を取りたくても今のままの姿で過ごさなくてはならない。

 寿命では死ねなくなるのだ。

 

 今は亡き妻のララァはそのせいで心を壊してしまった。

 そして俺は今、ララァにしたようにアリアにも望まぬ生を与えようとしている。

 だがアリアにはララァのような想いはさせない。


 必ず俺が幸せにしてやる。

 だからアリア……



 ごめんな……



「愛してる……」

「私もです……」



 俺達はお互いを求めあった。

 アリアの命を救うため…… 

 俺達は一つになった……

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