第98話 襲来 其の一

 バタンッ バタバタッ


 集会所の中に慌ただしく、いつものメンバーが入ってくる。

 皆緊張した顔つきをしている。


 さて全員集まったな。


「それでは緊急会議を始める。先程ラーデにいるフゥから連絡が入った。現在バクーとの国境付近に魔女王軍が集結している。詳しい数は分からんが、かなりの大軍勢らしい。

 俺達はノルの守りを固めつつ、ラーデに援軍を送る。その采配をしたい。ベルンド、現在ノルにいる兵士、または腕自慢はどれくらいいる?」

「グルルルル。ちょっと待て……」


 ベルンドは懐から手帳を取り出す。パラパラとページをめくって……


「ノルの人口は五十万人だが、戦争に参加出来る者は十五万だな。他、エルフの混成部隊が一万、我ら竜人が二万といったところだ」


 全部で十八万人か。ラーデには二十万人の獣人が駐屯しているはず。

 どう動くかだな。


 ラーデは城塞都市であり、強固な城壁を破るには時間がかかる。

 だがラーデを落とさずにそのまま街道を通ってノルに襲撃をかける可能性もある。

 ノルからラーデに繋がる街道は三つ。兵を六万に分けて街道を守る。


 ルネ、ヴィジマにいる獣人にノルに来るよう伝えてくれ。五万でいい。最悪魔女王軍がノルにやってきた時のみ戦ってもらうよう伝えておいてくれ。


(分かったのー)


 まぁこれは保険みたいなものだ。ラーデを落としても街道の守りを固めていればそう簡単にノルには辿り着けない。


 その街道の守りを固めるのは……


「ベルンド、お前は東の街道を頼む。あそこは広く、激戦が予想される。腕の立つ者を連れていけ」

「承知。久しぶりに血がたぎる。グルルルル……」


 事実、ラーデに侵攻した際フゥに東の街道を進んでもらった。

 被害は出ることは予想していたが一万人以上の死傷者を出すことになった。かなり危険な任務だ。

 だがベルンドからは不安は感じられない。むしろ戦えることを喜んでいるようだ。

 無理はするなよ。こいつは最初から俺と戦ってくれた。アリア以外では最も古い友とも言える。


「もし危ないと思ったら……」

「逃げろだろ? 分かっている」


 ははは、先に言われちゃったよ。さすがベルンド、よく分かってるじゃないか。


 では次だ。中央の街道はサシャとフリンだ。ここはかつてアリアが通った街道であり、比較的安全だ。攻めにも守りにも適している。そう簡単に突破されることは無いだろう。


「任せてくれ!」「フリンと一緒ね! やったぁ!」


 おいおい、デートじゃないんだから。

 バカップルの二人ではあるが、戦闘に関しては一流だ。

 任せても大丈夫だろう。


「二人共、基本的には街道の防衛に努めてくれ。もしラーデに援軍が必要ならお願いする。それまでは待機だ」


 さて指示も出したし、最後は西の街道だな。街道と言っても俺が掘ったトンネルだが。

 狭く、大軍で通るには適していない。だがラーデとノルを繋ぐ一番の近道でもある。


 ここも死守しなくてはな。西の街道を守るのはこの中で最も戦闘力の高いアリアだ。

 

「アリア、西の街道だが……」

「…………」


 ん? アリアが黙って俺も見つめている。やおら立ち上がって階段を上がっていく。何してんだ? 


「先生、ちょっと来てください……」


 と階段から俺を手招きする。会議中なんだけど……


「す、すまん。一旦休憩だ。すぐに戻る」


 俺はアリアを追って二階に向かう。だがアリアは自室に戻ってしまった。

 おい、何してんだよ。


 俺はアリアを追って部屋に入ると……


 ガバァッ


 わっ。アリアがいきなり抱きついてきた。そしてちょっと怒った顔をして俺を睨みつけるではないか。

 怒らせるようなことしたっけ?


「どうし……?」

「ん……」


 いきなり唇を奪われてしまう。何を考えているのだろうか? 少し長めなキスを終えると、アリアが口を開く。


「タケオさん…… お願いです。私も連れてってください。どうせラーデに行くんでしょ? だったら私もついて行きます」

「い、いやな。ラーデは最前線だし、危ないだろ? それにほら、アリアは俺の……」


「俺の何ですか?」

「お、俺の大切な人だし、危ないことは……? ん……」


 またキスをされた。そして一言……


「絶対について行きます……」


 と瞳を潤ませ俺を見上げる。どうする? 公私混同は良くない。

 だがアリアがラーデに来てくれるのは正直心強い。事実、強いからな。

 しかし戦力がラーデに集中し過ぎるのも……


「タケオさんを守らせてください。お願いです。私も連れていって……」


 はぁ…… しょうがないか。アリアを強く抱きしめる。


「タケオさん?」

「まったく…… いいか? 危ないんだぞ? 分かってるよな? 約束してくれ。俺のそばを離れるな。もし危なくなったら全力で逃げろ。俺を見捨ててでもな。それが約束出来ないのであれば俺はアリアを置いていく。それでもいいか?」


「はい! でもタケオさんだってそうですよ。危ないことはしないでくださいね」


 分かったよ。部屋を出る前にもう一度だけキスをしておいた。

 うーむ、やばいな。日に日にアリアがかわいく思えてくる。

 すっかり魅了されてしまったな。サキュバスとしての特性のなせる業か。

 いや、単純にアリアが好きなのだろう。今となってはどうでもいいことだ。


 二人で一階に戻ると、皆ニヤニヤしながら俺達を見ている。

 特に俺達の関係は言ってないが、もう知っているのだろう。

 別に構わないけどな。


「えー、ごほん。それでは会議を再開する。西の街道はルージュ、リリン、エルの三人で担当してくれ」

「「「はーい」」」


 とダークエルフのイタズラ三人娘が手を挙げた。サシャの友人ということもあって、何気に戦闘力は高い。弓を使ったコンビネーションは中々見事なものだ。


「では持ち場は決まったな。準備が出来次第街道の向かってくれ。何かあったらすぐに連絡しろ」

「グルルルル。タケはどうするのだ?」


「俺か。もちろんラーデに向かう。アリアと一緒にな」

「むぅ…… タケよ。お前は自分を軽く見ていないか? お前はこの連合に無くてはならない存在だ。万が一お前に何かあったら……」


 とベルンドは言う。たしかに一国の王であれば、どんなに強くともトップが最前線に向かうことなどあり得ない。愚策もいいとこだ。


 だが俺は王になったつもりはないし、それはここにいる全員が知っている。むしろここにいる全ての者がこの自由ラベレ連合の最終責任者でもある。もし俺がいなくなっても彼らがいれば大丈夫だ。


「いいか。俺はその内この世界からいなくなる人間だ。そろそろ俺抜きでどうこの連合を運営するか考えておけ。話は以上だ。それじゃ俺はラーデに向かう。ルネ、行くぞ!」

「キュー!」


 皆を残し、俺達は集会所を出る。

 ルネはドラゴンに変化したので、いつも通り背中に乗る。

 するとアリアが……


「タケオさん、この世界に残るっていう選択肢は無いんですよね……?」

「…………」


 答えられない。少しだけ迷っていることでもある。

 ここまで気の合う仲間に出会えたのは久しぶりだ。

 かつての妻であるララァのいた世界でも俺は国作りに参加していた。

 自分の想い描く理想郷を作るのが楽しかった。

 そこで暮らす人々の笑顔を見るのが楽しかった。


 でもな、やっぱりそこは俺の生きる世界じゃないと思ったんだ。

 だから俺はララァを置いて他の世界に転移することにした。

 ララァがついてきたのは意外だったけどな。


 でも今はそれは考えてはいけない。悩むのは全てが終わってからだ。


「アリア、乗ってくれ!」

「は、はい!」

 

 ルネは俺とアリアを乗せてラーデに向かって走り始める。


 ドカカッ ドカカッ


 日が落ちる頃には到着するだろう。

 


 だが俺はアリアを連れてきたことを後悔することになるとは……

 この時は想像すらしていなかったんだよな。

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