第95話 互いの想い

「んふふ、美味しかったですね」


 とアリアは焼きそばを食べ終え、笑顔を俺に向ける。

 うん、やっぱりかわいいな。おっといかん、まだ祭りを楽しまないと。


「それじゃいこうか」

「はい!」


 俺はアリアに手を差し出す。少し驚いた顔をした後、笑顔に戻って俺の手を握ってくれた。

 俺達は恋人同士のようにノルの町を歩く。すると後ろから声をかける者が。

 誰だ? 振り向くとそこには……


「おじちゃん。私達帰ってきたよー!」


 猫獣人の女の子がいた。傍らには幼児を抱いた母親の姿もある。

 そうだ、この人達は俺が最初に助けた親子だ。

 母親は俺に頭を下げる。


「タケ様、先日は命を助けてもらいありがとうございます。そればかりか住む場所を失った私達に家ばかりではなく仕事まで用意してくれて…… この御恩、どう返せばいいのか…… うぅ……」

「な、泣かないでくれ。君達がここで幸せに生きるだけでいいさ」


 母親は少し泣いた後、日本食を出す宿屋に就職したと伝えてくれた。よかった。これで給料も稼げるな。

 だが彼女の夫はラーデで死んでしまったらしく、今は母子家庭らしい。


「大変だな。困ったことがあったら何でも言ってくれ。可能な限り支援するよ」

「いいえ、これからは親子三人で生きていけます。タケ様、本当にありがとうございました」


 と言って去っていく。女の子はいつまでも俺達に手を振っていた。


「ぐす…… よかったですね……」


 アリアは涙ぐんでいる。そうだな。助けられて本当によかったよ。

 その後も歩いているだけで色んな獣人から声をかけられた。

 お礼に挨拶、握手に抱擁。

 わわ、ちょっと混雑してきたぞ。俺達の周りに獣人が集まってきてしまった。


 どうするかな。これじゃ祭りを楽しめない。

 そうだ!


 ギュッ


「え? せ、先生? って、きゃあんっ」

「アリア、走るぞ!」


 俺はアリアの手を取って群衆から逃げることにした。

 アリアは大丈夫かな? 走りながら後ろを振り向くと、アリアは笑っていた。


 タッタッタッタッ


 ふぅ、ここまでくればいいだろ。俺達はいつもの会議室兼集会所に辿り着く。

 ここは今は俺とアリア、そしてルネが寝る時にも使っている。

 家とは違う感覚だけどね。

 

 辺りを見ると少し薄暗くなっている。もうすぐ夜だな。少し疲れた。

 時間的にもそろそろだし……

 頃合いだな。


「はぁはぁ。ふふ、大変でしたね」

「あぁ。そうだ、少し休んでいこうか。中に飲み物があるはずだしな」


「賛成です! あ、あの先生、私汗かいちゃって。着替えてきてもいいですか?」


 着替え? たしかに走ったら俺も汗かいちゃったな。

 俺達は集会所に入り、自室として使っている部屋に戻る。

 シャツを代えて、キッチンに置いてある梅酒を取り出す。


 アリアも飲むだろうから、少し水で薄めておいた。

 俺はアリアの部屋の前に立つ。まだ着替えの最中だろ。

 なので大声で……


「アリアー。屋上で待ってるぞー」

「はーい。屋上ですかー?」


「そうだー。そこで休もう」

「分かりましたー」

 

 よし、伝わったので屋上に向かう。

 

 バタンッ


 屋上に続くドアを開けると、そこには俺が作った小さい丸テーブルと二脚の椅子が。

 時々ここで日向ぼっこしているのだ。


 梅酒をテーブルに置いて椅子に腰掛けアリアが来るのを待つ。

 もう少しかかるだろ。鬼の居ぬ間になんとやらだ。


 懐からタバコを取り出す。火を着け、深く吸い込んで……


 チリチリッ


 タバコの先が赤く燃える。


「ふー…… 少し落ち着いたな……」


 実はさっきからドキドキしているのだ。ははは、数万年は生きているこの俺が。まったく情けないな。


「あー、先生タバコ吸いましたね?」


 アリア? しまった。見つかってしまった。携帯灰皿に吸い殻を入れ、後ろを振り向く……?


「んふふ、似合ってますか?」


 とアリアは顔と耳を赤くしながら新しいドレスを俺に見せる。

 これって…… 絹のドレスだよな? 

 俺がルージュにお願いしたやつだ。アリアのために一着頼むって。


 白い布地で、丈がフワっとしている。セクシーというより、かわいいドレスだ。

 とてもよく似合っている。


「あ、あぁ。すごくいい……です」

「うふふ、ありがとうございます」


 いかん。かわいすぎて言葉が変になってしまった。少し落ち着かねば。

 アリアを座らせ、梅酒を渡す。俺も飲むかな……


 ゴクッ


「ん…… 美味しいです。うふふ、梅酒ってお酒に弱い私でもすごく美味しいって思えます。やっぱり先生ってすごいですね。強いだけじゃなくて何でも出来ちゃう」

「何でもは出来ないさ。少し他の人より長く生きてるってだけだ」


「ううん。そんなことは無いですよ。長く生きていても悪い人はいっぱいいますし。でも先生は違います。みんな先生を信頼してます。私達を幸せに導いてくれる人だって分かってるんです」

「アリアもそう思うか?」


「わ、私は……」

「…………」


 お互い言葉に詰まってしまう。

 うぅ、自分が情けない。


 好きな女に想いを伝えようと頑張っているが、上手く言葉が出てこないのだ。

 実は今日、俺はアリアに自分の気持ちを伝えようと思っている。

 マルカ復興の祭りが一つの区切りだと思ったからだ。


 もちろん俺がアリアを抱いたとしたら、望まぬ不老長寿を彼女に強制的に付与してしまうのは知っている。

 だがそれとこれは別だ。戦いが終わり、アリアがこの世界で生きることを望めば俺は身を引く。

 もしアリアが俺についてきてくれるなら…… 


 それはどちらでもいい。とにかく俺は彼女に想いを伝える。このままじゃちょっと苦しくてな……


 だが中々告白のタイミングが掴めない。

 お互い無言で時が過ぎていく……


 二人で夜空を見上げていると……


「あ、あれ? 先生、見てください!」


 ようやくか。ベルンド、ナイスタイミングだ!


 ヒューッ……


 赤い光が音を立て夜空に昇っていく。そして光は消え……



 ドォォォォォンッ…… パラパラパラ……



 夜空いっぱいに花火が打ちあがる。まるで大輪の花のようだ。

 あれは先日ラーデで手に入れた燃える魔石を加工したものだ。

 ベルンドに製法を教えて、花火の打ち上げを依頼したんだ。


「うわぁ…… 綺麗……」


 花火は次々に打ちあがる



 ドォォォォォンッ ドォォォォォンッ ドォォォォォンッ

 パラパラパラパラッ……



 アリアは言葉を失ったまま花火を見つめている。

 今かな……

 俺はアリアの手を握り、そっと引き寄せる。

 

「先生? ん……」



 チュッ……



 アリアを抱きよせ、初めて自分の意思で彼女と唇を重ねた。



 ドォォォォォンッ…… パラパラパラ……



「…………」

「…………」


 唇を離し、お互いの顔を見つめ合う。

 アリアは突然のことに何が起きたのか分からないようだ。

 もう一度…… 今度はきつく抱きしめ唇を重ねる。


「タケオさん…… ん……」


 今度は少し長めにキスをした。



 ドォォォォォンッ…… パラパラパラッ……



 俺は唇を離し、そして……


「アリア。俺は君のことが好きだ。弟子としてではない。一人の女性としてだ。もちろん俺と一緒になるリスクは知っていると思う。だからまだ答えは出さなくていい。

 だが戦いが終わって、もし君が俺と一緒になってくてもいいと思ってくれたら……」

「ずるいです……」


 ん? ずるいって?

 

 チュッ


 今度はアリアからキスをしてくる。ゆっくり唇を離し俺の顔を見つめる。


「タケオさんはずるいです。もう私の気持ちを知ってるくせに……」

「すまん…… でもな、言いたかったんだ。俺の素直な気持ちを知って欲しかったんだ」


「私も…… 大好きです……」

「アリア……」


 俺達は再度唇を重ねる。

 これが俺達が恋人同士になった瞬間だった。


 しばらく俺達は抱き合う。それ以上はお互い求めない。

 この先に進むかは戦いが終わってからだ。

 言葉にはしなかったが、アリアもそれは分かってくれている。


「どうする? また祭りに行くか?」

「ううん…… 今日はこのままで……」


「いいよ」

「ふふ、嬉しいです……」


 俺達は花火が終わった後も二人で抱き合いながら星空を見つめていた。


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