第91話 復興 其の八 絹製品

「それじゃ少しだけ留守にする。みんなの様子は竜人を通じて知らせてくれ」

「はい! 行ってらっしゃい!」


 ドカカッ ドカカッ


 タケオさんはドラゴンに変化したルネに跨ってラーデに行ってしまった。これからフゥさんに会いに行くんだって。

 フゥさんは今ラーデに残って魔女王の襲撃に備えている。傷んだ城壁の修繕が終わったから見に来てほしいって連絡があったみたい。


 他にも伝えたいことがあるから一度ラーデに来て欲しいと言われて、タケオさんは行ってしまった。

 本当は私も行きたかったんだけど、タケオさんにお願いされだんだ。ここに残ってみんなの様子を見てくれって。


 少し寂しいけど…… タケオさんは私を信頼してくれてるんだ。きちんとお仕事をしないとね!

 今日やることは絹製品の進捗確認だ。担当はダークエルフのルージュさん。


 ルージュさんはダークエルフの女の子の中で一番オシャレだって教えられた。

 たしかにヴィジマで私が着たドレスはルージュさんが作ったんだよね。

 胸元が開いてるすごくセクシーなドレス。

 私は似合わないからって遠慮したんだけど、みんなの押しの強さに負けてドレスを着ることになった。


 そしてオシャレして女の子だけで飲もうっていう話だったけど、なぜかそこにルージュさん達はいなくて、代わりにタケオさんがいた。

 ちょっと恥ずかしかったけど、かわいいドレスを見てもらいたくって、一緒に飲むことにしたんだ。

 私は途中で酔っちゃってあんまり記憶がないけど、タケオさんは似合ってたって言ってくれた。

 んふふ、思い出すと嬉しくなっちゃう。


 私はタケオさんのことを考えながら、建設中の商店街の一画に訪れる。

 そこには大きな建物があって、中からコットンコットンとはたを織る音が。

 ここにいるのかな?


 中に入るとルージュさんが機織り作業をしている。

 他にもエルフや獣人の女の人が一所懸命作業をしていた。


「あ、あのー、お仕事は順調ですか?」


 邪魔しないように小声で話しかけると、ルージュさんは気が付いてくれた。

 笑顔で私のもとに駆け寄ってくる。


「アリアちゃん! 来てくれたのね!」


 なんだかすごく嬉しそうだ。どうしたのかな? 私が来たことがそんなに嬉しかったの?


「ふふ、ごめんなさいね。ちょっと興奮しちゃって。あの絹っていう糸はすごいわ! あんな肌触りのいい布が出来るなんて! これを見て!」


 ルージュさんは笑顔で出来上がったばかりの生地を持ってきてくれる。


 キラッ


 あ、あれ? 一瞬お日様の光に反射したみたいに輝いた。見ただけで分かる。すごくキメが細かい。


 私は戸惑いながらも絹で出来た生地を触ってみる。


 スルッ


「…………」


 言葉が出てこなかった。なにこれ!? 布の肌触りじゃない! これで作った服を着たら気持ちいいだろうな……


「ふふ、その顔が見たかったの! すごいでしょ! それにしても信じられないわ。あんな気持ち悪い巨大蚕テラビクスからこんな糸が取れるなんてね」

「そうですね。先生の言ったことは本当だったんだ……」


 私は虫が苦手で、正直タケオさんが巨大蚕を飼育すると言った時は反対した。だって気持ち悪いんだもん。

 だから養蚕を新しい産業にするって言うのもあまり信じてはいなかった。出来ないと思った。

 むしろ中止になって欲しいと思ったこともある。

 タケオさんには言えないけどね。


 でもこの絹の布を見て、そして触って、私は考えを変えた。

 これは人気が出るはずだ。女の子なら絹で作った服を着てみたいはずだもの。

 私はウキウキしていた。自分が絹で作られた服に袖を通すことを想像する。

 女の子だったらいい服を着たいものね。


 ここにもっと居たいけど、次の仕事もあるし……


「ルージュさん、頑張ってくださいね。私はこれで……」

「ちょっと待って! 実はサンプルの服を作ってみたの! せっかくだから着てみて! 感想を聞かせて欲しいの!」


 と言ってルージュさんは服を持ってきた。も、もう試作品が出来てたんだ。

 私はドレスを手に取って広げてみる。


 すごく肌触りのいい真っ白なドレス…… すごくかわいいデザインだ。き、着てみてもいいのかな?


「ふふ、それだけじゃないの。下着も作ったのよ!」

「下着もですか!?」


 ルージュさんはいたずらっぽく笑って下着も渡してきた。

 これもかわいい…… で、でもセクシー過ぎないかな? このパンツってお尻丸見えじゃないですか。


「ほら試着してみて! まずは下着からね!」

「わわっ」


 シャッ


 私は試着室に押し込められ、ルージュさんはカーテンを閉める。

 中には鏡がある。これで確認するのよね……


「し、下着は見ないでくださいね!」

「えー、見たーい。いいじゃない減るもんじゃないし。それに女の子同士だから別にいいでしょ?」


 恥ずかしいよ! 女の子でも見せたくないの!

 でもこのかわいいドレスは着てみたいし……

 ええい! 

 

 バッ


 私は欲求に勝つことは出来なかった。

 服を全部脱いで下着を手に取る。

 ふと横を見ると私の裸が鏡に映し出されていた。


 うぅ…… おっぱい小さいなぁ……

 タケオさんは小さいおっぱいも好きだって言ったけど、ルージュさん達の大きいおっぱいを見る目はいつもと違って見えた。

 男の人は大きい方が好きなんだよね……


 自分の慎ましいおっぱいを憎みつつ、渡されたブラジャーを付けてみる。

 

 フワッ


 え? なにこの感触? 着けてるだけで気持ちいい……

 ちょっと恥ずかしいけどパンツも穿いてみよう。

 

 スルリッ


 す、すごい穿き心地。これもいいかも。で、でも本当にお尻が丸見えだ。

 すごくかわいいデザインだけど、後ろから見ると裸でいるみたい。

 は、恥ずかしい…… 


 シャッ


 え!? ルージュさんがカーテンの中に顔だけ入れて私を見つめる!?


「ちょっ! 見ないでー! 恥ずかしいですぅー!」

「アリアちゃん、かわいい! すごく似合ってるわ! ちょっとみんなこっち来て!」


 バッ


 何してんですか!? ルージュさんはカーテンを全開にして働いてる女の子を全員集めた!


「かわいいー」

「アリアちゃん、こっち向いてー」

「あのデザインはありね」

「今度私も穿いてみようかしら?」


 と口々に感想を言ってくる。うぅ、恥ずかしいよぅ。


「はーい、それじゃ作業に戻ってねー。ごめんねアリアちゃん。でも私達の服が人前に出せる自信がついたわ。ありがとね」

「もう! みんなに見せるなんてひどいです! で、でもお力になれてよかったです……」


 恥ずかしかったけどね。

 ルージュさんはカーテンを閉めてくれたので、次はドレスを着てみよう。

 私はドレスを手に取って、袖を通すと……


 スルリ フワッ


 嘘、羽みたいに軽い。重さを感じさせない。それにこの肌触り…… 手に取った時とは別の感覚。全身で絹の感触を楽しめる。

 

 私は鏡を見る。そこには白いドレスを身に纏った自分の姿が。

 かわいい。

 自分の姿なのに、そう思ってしまった。

 タケオさんに見てもらいたい。

 そう強く願ってしまった。


 スルリ


 私はドレスを脱いで、自分の服に着替える。

 ふふ、まだ仕事中だってこと忘れてた。

 でも絹製品は間違いなくマルカの新しい産業になる。

 後でタケオさんに報告しなくちゃ。


 試着室を出るとルージュさんが笑顔で待っていた。


「どうだった?」

「最高でした! 女の子だったら絶対に絹のドレスは着たいって思うはずです! ルージュさん頑張ってください!」


「よかった! そう言ってくれると思ったわ。でね、実はタケさんから頼まれててね。ドレスを作ったら一番にアリアちゃんにあげてくれってお願いされてたの。その下着とドレスだけど…… アリアちゃんの物よ」


 え? こ、これ、私がもらってもいいの? でもすごく高いだろうし…… 

 私も一応お金は持っている。

 マルカで使われていたクラウンという硬貨を流通させるとタケオさんが言っていたので、少し持たされたんだ。

 でも私が持っているお金は全部で二千クラウン。きっと絹のドレスはそれ以上するよね。


「これしかありませんけど……」

「あはは、いいよ。お金はいらないわ。その代わり今度タケさんを貸してくれない? また一緒に飲みたいのよ。でも心配しないで。恋人を盗るような真似はしないから」


「なっ!? で、でも私達まだ……」


 言葉に詰まってしまう。私達の距離は近くなった気はする。

 タケオさんは私のキスを受け入れてくれるようになった。

 タケオさんから手を握ってくれることだってある。


 でもそれだけ。まだその先に進んでいない。

 分かってるんだ。タケオさんはまだ悩んでるんだって。

 だから私はタケオさんが気持ちの整理がつくまで、想いは伝えないことにしたんだ。


「ふふ、冗談よ。そんな顔しないで。それじゃ仕事に戻るわ」


 ルージュさんは困ったように笑ってから再びはたを織り始める。

 私はみんなにお礼を言ってから工場を出る。


 ふぅ…… 予想外なことはあったけど、絹の製造は大丈夫そう。

 あの綺麗なドレスがお店に並ぶ日も近いんだろうな。

 

 タケオさんの前でドレスを着ている自分を想像すると、自然と笑みがこぼれる。

 ふふ、それが現実になるように頑張らないとね!

 それじゃ次の仕事に行くわよ!

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