第71話 マルカへ 其の三

 カンカンカンカン


 ん…… 鐘の音を聞いて目が覚めた。

 ふぁー、まだ眠いが仕方ない。

 これからマルカ侵攻を開始する。

 日が昇らない内にここを出なくてはならない。


 体を起こそうとすると……


 ギュッ


 ん? 俺の手を握る者がいる。

 横を見るとアリアが俺の手を繋ぎながら眠っていた。

 

 そういえば昨日はアリアとキスをしてしまった。

 四回目のキスだった。

 やはり自分の気持ちに嘘はつけなかったということだ。

 だがまだ想いを伝えるわけにはいかない。

 これから戦いに赴くのだからな。


「アリア、起きてくれ」

「ん…… まだ眠いですぅ……」


 と言って毛布を被る。こらさっさと起きんかい。


「そうか、ならアリアはお留守番だな。俺はマルカに行ってくるから」

「…………!? お、おはようございます! じ、準備します!」


 とバタバタと荷物を詰めこんでいく。

 ははは、騒々しいな。いつも通りで安心した。


 やはり昨日キスをしてしまったので、俺達の関係が少し変わってしまうのでないかと思っていた。

 だがアリアもわきまえてくれているみたいだ。


「はぁはぁ、いつでも行けます!」

「そうか。それじゃ先に出ててくれ。俺はルネを連れてくから」


 ルネはまだ小さいからな。

 まだ日が出ていないこの時間に起こすのはかわいそうだ。

 

「キュー……」


 俺はルネを起こさないように優しく抱っこして外に出る。

 すると続々と獣人が集まってきた。


 ザワザワッ ザワザワッ

 

 すごい人数だ。みないい体をしている。

 彼らは虎獣人のフゥが選んでくれた傭兵や戦士達だ。


 そのフゥと配下の傭兵は獣人達を整列させている。

 みんなフゥの指示に従い、見事な隊列を組んでいた。

 

「すごいな。まるで軍隊だ」

「む!? おはようタケ! そうだろう! 彼らのほとんどは傭兵組合に所属しているからな! 自慢の仲間達だよ!」


 これから彼らとはしばらく一緒に行動することになる。

 そしてマルカでは魔女王軍との戦いがあるはずだ。

 必ず死人は出る。だが彼らの顔に不安は見られなかった。


「頼もしいな」

「そうだろう? 皆故郷を取り戻すことに命をかけているからな。で、同胞から質問を受けるのだが…… まだ作戦を話してはならんのか?」


「すまない。それはマルカに入ってからだ。フゥも分かっているとは思うが……」

「うむ…… 考えたくはないが……」


 作戦内容を知っているのは俺達だけだ。

 情報漏洩を防ぐための処置だ。

 恐らくだがこの中にも魔女王軍の間者がいる可能性がある。


 だから俺はギリギリまで作戦内容は知らせないでおいたのだ。


 さて、みんな集まってきたようだ。

 そろそろ出ようかな…… 

 と思ったが俺に声をかけてきた者がいる。

 

「タケ! 起きたか!」

「グルルルル……」


 テオとベルンドも来てくれたようだ。

 見送りかな。


「すまんな。留守を頼む」

「あぁ、任せてくれ。だが行く前に聞いて欲しい。昨日の話だが……」

  

 それね。新しく国を作って王になってくれとかいうやつだろ? 

 昨日は即答で断っておいた。

 俺は上に立つ気は無い。

 だがやり始めた仕事は最後まで責任を持つつもりだ。


「心配しないでくれ。俺は最後まで戦う。だが国の舵取りはあんたらの仕事だ。俺はその手伝いしか出来ない」

「グルルルル…… 残念だ。気持ちは変わらないのだな? だが我らにはお前が必要なのだ。必ず無事で帰ってきてくれ」


 ベルンドはその大きな手を差し出す。

 握手か。俺はしっかりとベルンドの手を握った。


「それじゃ行ってくる。何かあったら逐一経路パスで知らせてくれ!」

「あぁ! マルカを頼んだぞ!」


 俺達はテオ、ベルンドに見送られマルカを目指す。


 ザッザッザッザッ


 道中、難民がいる中を通らねばならない。

 まだ夜だから起こさないようにしないとな。

 と思っていたが、皆俺達を見送るために起きてきてくれたようだ。


「おーい! 魔女王をやっつけてくれよー!」

「俺達の国を取り返してくれ!」

「旦那の仇を取ってきておくれー!」


 俺も獣人達も見送りに手を振って応える。

 みんな、待っててくれ。あんたらの国は必ず取り返すからな。



◇◆◇



 俺達がヴィジマを出発して二日後。少しずつ標高が上がるのを感じる。

 気温が低くなり、少し息苦しい。

 地面の土は石がゴロゴロと混じっており、時折乾燥した強い風が吹いてくる。

 なるほど、フゥの言ったとおりここではあまり農作物は育たないだろう。

 

 ヴィジマとマルカの間には特に国境線というものは無い。

 だが獣人達は嗅ぎ慣れた空気を吸ってマルカ入国を果たしたと喜び始める。

 ここは町があった場所だろうか? あちこちに瓦礫が散乱している。

 酷いな。全て破壊し尽されている。


「やっと帰ってきたのだな…… ここは宿場町ノルがあった場所だ。大きな町でな。ここの出身の者も多い。母なる大地よ、帰ってきましたぞ」


 そう言ってフゥは大地に口付けをする。

 それにつられて他の獣人達も大地にキスをした。


「ふふ、みんな嬉しそうですね。いいなぁ。私もコアニヴァニアに帰りたいなぁ……」


 獣人達を見てアリアは少し寂しそうに笑う。

 そうだな。アリアの故郷はここより更に北にある。

 そこを取り返すにはかなり時間がかかるだろう。


 さて日も落ちてきたし、そろそろ野営の準備に取り掛かろう。


「フゥ、お楽しみのところ悪いが、今日はここで一泊だ。後で俺のところに来てくれ。今後について話したい」

「分かった! 同胞達よ! 今日はここまでだ! 各自しっかり休んでくれ!」


 ここには敵はいないはずだ。それは飛竜の偵察部隊から既に報告済みだ。

 だがここに来て問題が発生したのだ。それについてもフゥに伝えなければならない。


 俺はテントを張ってから簡単に食事を摂る。

 今日の献立は米と乾燥肉と根菜の炒め物だ。

 やはり食事の心配が無くなったのは大きい。

 

 ヴィジマを出る前に百万人が半年は食べていけるだけの備蓄を用意しておいた。

 それに道中、補給拠点を用意しておいた。

 兵糧が足りなくなればルネの経路を使って前線まで物資を届けてもらえばいい。

 そうなる前に片を付けるつもりだがな。


「キュー」


 かわいい声でルネが鳴く。お腹空いたのか? もうすぐ出来るからな。


(お腹も空いたけど違うのー。あのね、飛竜の子からね、連絡があったの。パパに知らせてって)


 飛竜の斥候部隊から? 何て言ってた?


(あのね、マルカに入ってから急に風が強くなって、思うように飛べないんだって)


 風か。たしかにそれは俺も感じていた。

 ここでさえ時折体を揺さぶられるほどの強風が吹くこともある。

 上空ではそれ以上の風が吹いているのだろう。


 そうか。それじゃ飛竜に伝えてくれ。無理はしなくていいから、もうヴィジマに戻れってね。


(分かったのー) 


 くそ、これで上空からの情報収集は出来なくなった。

 だがここの近辺には魔女王軍はいないことだけは確かだ。

 幸いこの場所は三つの主要な街道から近い場所にある。

 ここを俺達の第一拠点にすればいい。


(パパ、ごはん出来た? お腹空いたのー)


 ははは、ごめんな。もう出来たから。

 食事を摂って満足したのか、ルネは早々に寝てしまった。


 俺とアリアが焚き火の前でコーヒーを楽しんでいると……


 ズシャッ


 誰かがこちらにやってくる足音が聞こえる。


「すまん、待たせたか?」


 フゥだ。その後ろには熊獣人の姿が。

 たしかこいつは…… 


「ルーだったか?」

「あぁ。こいつは私の右腕でな。信頼出来る男だ。ルーにも話を聞いて欲しくてな。同席させてもらってもいいか?」

 

 ルーは俺達のために風呂を作ってくれた。

 その土魔法の腕は見事なもので、先日までは獣人のための住居建築の仕事に携わってくれたんだよな。

 一度話したが中々いい男だ。ユーモアのセンスもあるし、腕っぷしも強い。

 フゥが信用する男だ。問題無いだろう。


「それじゃ話そうか。これを見てくれ」


 俺は地図を広げ、俺達がいるであろう場所に石を一つ置く。


「ここが現在位置だ。ここを拠点にして首都ラーデがあった強制収容所に向かう。次の目的地だな。で、どの街道を使うかだが……」


 街道は三つ。俺だったら必ず待ち伏せをする。間違いなく魔女王軍はいるだろう。


 東の街道は道幅が広く、進みやすい。だがそれは敵も同じだ。

 中央の街道は魔獣が出没し、落石も多い危険な道だ。だが首都に向かう最短ルートでもある。

 西の街道はまともに通れる状態ではない。最も危険な道だ。


「どこを通るのだ?」

「団長、俺だったら中央街道をお勧めするぜ。この面子だったら魔獣が出ても簡単に蹴散らせる。さっさとラーデに帰ろう。ふふ、これで奴等をぶっ殺せる……」


 と言ってルーは笑う。こいつも魔女王軍に恨みがあるんだろうな。

 ルーは中央の街道を推してきた。だが俺の選択は違う。


「今から作戦を話す。しっかり聞いてくれ」


 納得してくれるだろうか? 特にアリアがな。

 だが彼女にしか出来ない役目がある。

 俺はここでようやく作戦を話すことにした。

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