第43話 混水摸魚 其の五

 とうとう動きがあった。

 俺達の戦いを見たダークエルフ達が接触してきたのだ。

 来たのがサシャの父親だったのは意外だったがね。


「これで良かったのかな……?」

「サシャ……」


 エルフの二人は項垂れている。無理もない。

 せっかくコンタクトを取ってきたダークエルフを追い返す形になってしまったのだから。


「あの二人大丈夫ですかね……?」

「キュー……」


 アリア達も心配そうに二人を見つめる。

 そこまで心配する必要はないと思うのだが。

 今はエルフ達の協力は得られないだろう。


 だがこれで俺達はダークエルフに認知された。

 魔女王軍と戦う者として。

 しかも俺達は二人の従者としてだ。

 エルフ達は思うだろう。

 仲間が敵である人族を、魔族を、ドラゴンを部下に持ち、魔女王に一歩も引かずに戦っていると。


 きっと俺達の話は広まっていくはずだ。


「少し話そうか。こっちに来てくれ」

「は、はい!」


 俺はアリアを連れて少し離れた場所で話すことにした。

 サシャとフリンは恋人同士だ。

 少し二人にしてあげよう。


「ここならいいかな…… アリア、心配か?」

「はい…… だってエルフさん達、怒って帰っちゃいましたよ。このままじゃ私達だけで戦うことになるかも。負けないかもしれないけど、勝てる気もしません……」


「そうだよな。だけどさ、今はこれでいいんだよ」

「え? どういうことですか?」


「分からないか。ダークエルフは今日は怒って帰っちゃったよな。でもさ、人の口には戸は建てられないって言葉を知ってるか? いい噂も悪い噂も一度知られたら絶対に広まっていく。

 で、一つ聞くけど俺達は今はどういう状況にある?」


「え? 状況…… 魔女王相手に戦ってます」

「そうだよな。それじゃ俺達は五人しかしないよな。でも互角に戦ってる。俺達が襲撃を開始してから奴等は前に進めないでいる。

 もしアリアがエルフだったとする。仲間が大軍相手に互角に戦ってたらどう思う?」


「すごいって思います」

「その通り。しかもエルフは敵である他種族を従えてる。憎き人族、エルフと交流がないはずの魔族と竜人族。

 これもすごいと思わないか?」


「はい! 確かにそう思います! もしかしたら勝てるかもって思いますね!」

「だよな。こいつらなら勝てるかもって思う。希望が湧くのさ。希望を持った者は必ず動いてくれる。例え協力する相手が他種族であってもね。

 これが俺の狙いだ。俺の世界ではカウンタープロパガンダっていうんだ」


 プロパガンダってのは特定の世論に導くこと。

 エルフ、ダークエルフはお互いを嫌いあっている。

 あいつらは悪い奴だ、殺してしまえってな。

 だがお互いに手を取り合うことで勝てるかもしれない。

 差別する思考を希望を用いて、上書きしてしまえばいいだけだ。


 俺はアリアに事が上手く運んでいることを伝えると、何故か顔と長い耳を真っ赤にしているではないか。

 聞いてんのか?


「アリア? どうした? 聞いてるか?」

「え……? は、はい! すごいです! さすが先生! なんだか勝てる気がしてきました!」


 ははは、アリアがその気になっちゃったよ。

 みんなこれぐらい単純だといいんだけどな。


「そういうことさ。それじゃ戻ろうか!」

「はい!」


 笑顔になったアリアを連れてテントに戻ろうとするが……


「キュー!」


 ルネが叫ぶ。声の感じからして普通じゃない。

 どうしたんだ?


(あのね! サシャちゃんとフリン君が困ってるの! 嫌な感じがするの!)


 本当か!? ルネ! 

 危ないから変化しておくんだ!


(分かったの!)


 ルネの体が光り、俺達より大きなドラゴンの姿になる。


「ど、どうしたんですか!?」

「分からん! だがフリン達が危ないらしい! 急いで戻るぞ!」


 俺達は臨戦態勢のまま、テントまで戻る! 

 魔女王軍か!? 


 ガサガサッ


 藪を掻き分けテントがある場所まで戻ると……


「先生あれ!」

「しっ! 分かってる!」


 俺達は藪に身を潜める。そこにいたのは…… 

 弓を向けフリンを囲うエルフの姿だった。

 フリンはサシャを守るように後ろに下げている。


 助けるか? 

 だが今、不用意に出ていけばフリン達が危ない。

 少し様子を見るか。


 エルフ達は構えたままフリンに話しかける。


「フリン…… なぜダークエルフを庇う。お前は其奴に騙されているのだ。今ならまだ間に合う。その者を殺せ」

「長…… それは出来ません」


 長? エルフのトップが出てきてくれたか。

 フリンは長と言うことを聞かず言葉を続ける。


「ここにいるダークエルフ、いえ、サシャは私の大切な仲間です。共に戦う仲間です。私は仲間をこの手にかけるような真似は出来ません」

「フリン! 貴様、我らを裏切るというのか!?」


「いいえ、私は誰も裏切りません。私はエルフを、北の森に住む仲間の全てを救います。ですが、南の森のダークエルフも救うつもりです。

 サシャの仲間ですから……」

「フリン……」


 おぉ、中々言うじゃないか。

 バカップルだとは思っていたが、男を見せる時はやるもんだな。

 偉いぞフリン。


 だがエルフの長の怒りは収まらないようだ。

 そろそろ助けるか……


「アリア…… 左側のエルフを頼む…… 殺すなよ……」

「はい……!」


(私も行くの!)


 ルネはダメ! 

 ブレスを使うとエルフが死んじゃうでしょ!


(がっかりなのー)


 ルネはここでお留守番だ。

 俺とアリアは棍を構える。

 指を三本立てる。


 三…… 二…… 一……


 バッ


 俺とアリアは藪を飛び出す!


「なっ!? ぐはぁ!?」


 ベキィッ


 ごめんな! 後で治してやるから!

 俺は棍をエルフの腕に振り下ろす! 

 エルフは地面に倒れ、次のターゲットに移る! 

 すまん!


 ドスゥッ


「うわぁ!」


 次は下段から足払い。棍を横に構え顎を砕く。

 水月に突きを打ち込む。

 そして最後にエルフの長の喉元に棍を突きつけ……


「な、なんだ貴様は……!?」

「動くな。我が主人に弓を向けるとは…… フリン様、こいつは如何いたしますか?」


「あ…… え? な、なんのこと……?」


 フリンは俺の問いを聞いて戸惑っている。

 こら、芝居だって!


「フリン様。フリン様!」

「え!? あ、あぁ! 殺しては駄目だ! 介抱してやれ!」


 フリンは焦りながらも指示を出す。

 フリンもサシャも本番には弱いんだな。

 俺は戦闘不能になったエルフを気功で癒す。

 もちろん武器は没収しておいた。


 武器を失ったエルフ達は茫然としているが、長と呼ばれたエルフから殺気は消えていない。


「フリンよ…… これは裏切りだぞ! お前は分かっているのか! 敵と手を組むなど……!?」

「いい加減にしてください! 長、あなただって分かってるでしょ! このままでは私達は滅ぼされるだけです! だから僕は里を捨てたんだ! 

 ここには共に戦ってくれる仲間がいます! 僕の邪魔をするならあなたは僕の仲間ではありません! 魔女王達と一緒です! 

 里に戻って伝えて下さい。僕は戦い続けます。魔女王をこの国から追い出すまで!」


 フリンに気圧されたのかエルフの長は何も言わずに踵を返す。


「帰るぞ……」

「はい……」


 ザッザッザッザッ……


 エルフ達は森に消えていった。


 少し驚いたが…… 

 ははは! これでエルフとも接触出来たな! 

 これで準備が整った!


 俺達の噂は直ぐに広まるだろう。

 裏切り者としてか? 

 もちろんそう思う者もいるだろう。


 だが俺達が魔女王相手に一歩も引いてはいない。

 勝てる。必ずだ。

 希望を持った者はどうするか。


 ふふふ、明日が楽しみだ!


「サシャ! フリン! よくやった!」

「よくやった? あ、あんな感じで良かったのかな……?」


「むしろ満点だ! ご褒美にコーヒーを淹れる! 飲むよな!?」


 俺は勝利を確信し、皆にコーヒーを振る舞う。

 一際美味いコーヒーだった。

 勝利の味っていうのかな。ははは、少し早いか。

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