第25話 亡き妻の話 其の二

「そ、それから…… 奥さんはどうなったんですか!?」


 アリアは涙目で訊ねてくる。

 俺は亡き妻であるララァとの出会いから別れまでを知ってもらうことで、アリアの俺への想いを諦めてもらおうとしたのだ。


 俺自身ララァとの別れの場面を思い出すだけでも辛い。

 だけど話さないと。

 アリアにララァと同じ道を歩ませるわけにはいかん。


「多くの親しい人達の死を見続け、ララァの心は壊れてしまったんだ。話しかけても何も言わず、ただ窓際に座って外を眺めているだけの日々が続いた。このままじゃいけないと思った俺は久しぶりに彼女を外に連れ出した」



◇◆◇



『ほらララァ。家の中にいるだけじゃ元気が出ないぞ。おにぎりを作った。ピクニックに行こう』

『…………』


 外はよく晴れていた。  

 春になったばかりで少し風は冷たかったが、外の空気が心地よかった。

 俺自身ララァの面倒を看ていたから家にこもりがちだったからな。

 いい気分転換になると思った。


『ほら、あそこだ。リリィとよく遊びに来たよな』

『…………』


 俺達が着いたのはなだらかな丘の上にある大木の下。

 家族でよく弁当を持ってピクニックにきた。

 近くに川もあり、リリィと一緒に魚を捕まえたっけ。


 俺は敷布を敷いてララァを座らせる。

 弁当を広げ、ララァが食べられるようにおにぎりを少しだけ口元に運ぶ。


『…………』

『ゆっくりでいいからな。食べるんだ』


 何も言わぬ妻におにぎりを食べさせる。

 詰まらせてはいけないので、時折お茶を口元に運ぶ。

 ゆっくりではあるが、ララァは食べる。

 心は死んでしまったかもしれないが、きっと彼女は立ち直る。

 それまで俺がしっかりしてないとな。


 俺も食事を終え、二人で平和な景色を楽しむ。

 目の前に広がるのは青々とした平原、兎が遊び、鳥が歌う。

 古き良き日本のような風景だ。

 俺はそっとララァの手を握る。


『ごめんな…… 俺のせいで……』

『…………』


 俺は時折物言わぬララァに懺悔する。

 俺と一緒になったことで彼女は人としての死を失った。

 これは俺のせいなのだ。

 いつものようにララァを分析すると……



名前:ララァ

年齢:???

種族:人族

HP:4007 MP:5892 STR:1509 INT:6045

能力:風魔法10

ギフト:時間操作(制御不能)



 くそ、いつも通りか。

 ララァはギフトを持っていなかったはずだ。

 だが俺と一緒になってからこのギフト…… 

 いや呪いだな。

 自身でも俺でも解除出来ない時間操作が発症した。

 このいらないギフトのせいでララァは望まぬ時間を生き続けている。



『なぁララァ。何も心配いらないからな。俺はいつでも一緒にいる。いつまでもだ。絶対君を一人にはしない。あのさ、一緒に地球に行こうな。俺の故郷を君に見せてあげたいんだ。かわいい嫁さんをみんなに紹介しなくちゃな』

『…………』


 ギュッ


 え……? は、反応があった? 

 俺の手を握るララァの手に力が籠る。

 ララァの顔を見ると……


 笑っていた。

 今にも消えそうな微笑みだ。

 彼女はゆっくり口を開く。


『ねぇタケオ…… 私のことは気にしないで…… 一人で行ってもいいのよ……』


 喋った…… 

 もう百年は口を開かなかったララァが……


『ラ、ララァ。戻ったのか?』

『ごめんね…… 私の心が弱いせいで、あなたの足を引っ張ってる。タケオ、あなたには目的があるんでしょ? それを果たさないと……』


『ララァ……』

『私があなたをどこにも行けないよう縛ってる。辛いの…… あなたは自由よ。だからタケオ……』


 ガバッ


『タケオ……?』


 ララァを抱きしめる。

 これが俺の答えだ。

 愛しい妻を置いて一人で帰れるかよ。

 ララァがここにいるなら、この世界が俺の生きる世界だ。


『ふふ、馬鹿な人…… ねぇタケオ、久しぶりにモモの実が食べたいの。採ってきてくれない?』

『モモか? リリィも好きだったな。三人でよく食べたっけな。分かった! そこら辺に生ってるはずだ。ちょっと待っててくれ!』


 俺は近くの森に走った。

 嬉しかった。

 ララァの心は死んだわけではなかった。

 心を取り戻した。

 きっとすぐに元気になる。

 そう思ってた。


 モモの実を鞄一杯に摘んでからララァの下に戻る……のだが、そこにララァはいなかった。


『ララァ? ララァー! どこだー!?』


 俺は平原を探し回った。

 気功レーダーを駆使したが、見つからなかった。

 そんな馬鹿な。

 いるのは小動物ばかりだった。

 俺は日が暮れるまで辺りを探した。

 ふと血の気が引いた。まさか……


 俺は走った。

 丘の近くには川が流れていたはず。

 違う、そんなはずはない。

 ララァ、無事でいてくれ!


 だが俺が見たのは……



◇◆◇



「俺が見たのは水面に浮かぶララァだった。彼女は自ら死を選んだんだ……」

「…………」


 アリアは俺の話を涙を流しながら聞いている。

 俺もだけどな。

 こぼれる涙を袖で拭いてアリアと目を合わせる。


「これが俺とララァの全てだ。俺と一緒になると強制的に長寿になってしまう。例え望んでなくてもな。人として死ねないってのはいいことではない。生物は与えられた寿命を全うするべきなのさ。それ以上生きるべきではない」

「ぐすん…… 先生かわいそう…… でも先生は生きてるのが辛くないんですか?」


 俺か。

 俺には果たすべき目的があるし、それに自由に時間操作を解除することが出来る。

 自ら人としての寿命を迎えられる。


「死にたくても死ねないことと、長寿だが自ら死を選ぶことが出来ること。俺には人として死ぬ自由が与えられている。それだけでもララァの置かれた状況とは全くの別物さ。

 で、俺はララァを弔った後、一人で空間転移を繰り返してるってわけだ。言った通り、俺と一緒になる人は不幸になる。アリア、お前は幸せになる権利がある。俺の言っている意味が分かるよな?」

「はい……」


 アリアは頷いてくれた。

 いい子だ、分かってくれたか。

 確かにアリアはかわいいし、俺好みでもある。

 だが一時の感情で手を出すわけにはいかん。


 そりゃ俺だって枯れてるわけではない。

 俺のことを好いてくれるのは嬉しいし、実は俺自身アリアに魅かれているところはある。


 だからこそだ。アリアには俺ではなく、他の誰かと幸せになってもらわないと。

 だがその前にこの世界を救わないとな。


「よし! 話はお終いだ。夜が明けたら戦いが始まる。今日はゆっくり休もうか!」

「…………」


 俺達はバルコニーから中に戻る。

 ルネがかけ布団と蹴ってお腹丸出しで寝ていた。


「ふふ、風邪ひくぞ。それじゃお休みな……」

「はい、おやすみなさい先生……」


 俺はベッドに横になる。

 さてこれで戦いに集中出来るだろ。

 今はしっかり寝るとしようか。

 目を閉じたところで……


 ギシッ


 ベッドがきしみ、マットがへこむ。

 そして俺の背に手が回ってくる。

 ま、まさか……


 後ろを見るとアリアがいた。

 俺の背に抱きつきながら横になっている。


「おま…… 話聞いてただろ?」

「はい。だからこそです。先生ララァさんが不幸だと思ってるんですか? それは違います。ララァさんは幸せでした。先生を愛してました。だから自ら死を選んで先生を自由にしてあげたんです。ふふ、妬けちゃうなぁ」


「違う、ララァは……」

「違いません! 先生は逃げてるだけです! 愛する人を失うのが恐いだけなんです!」


 そ、そりゃララァが幸せだった時もあるだろう。

 でもな、結果として心が壊れるまで生き続けることになったんだぞ…… 

 と、とにかくアリアに自分のベッドに戻るように言わなくちゃ……


「アリ……」

「ん……」


 言えなかった…… 

 キスで口を塞がれたからだ。

 唇を重ねるだけのキスだったが。


「し、しちゃった…… おおおお、おやすみなさい!」


 プイッ


 アリアは耳を真っ赤にして俺に背を向ける。って、そこで寝るんかい。

 ふふ…… ははは! 

 そうか、ララァは幸せだったのかもな! 

 彼女が不幸になったってのは俺の決めつけだったのかもしれない。


 そう思うと心が少し軽くなる。

 アリア、ありがとな。

 今度は俺がアリアの背に手を回す。


 ギュッ


「きゃあんっ!? せ、先生!?」

「ありがとな……」


 俺は一言だけ言って眠る。

 アリアをその手に抱きながら。  

 眠りに落ちる前にアリアの声が聞こえてきた。


「タ、タケオさん、おやすみなさい……」


 ふふ、名前で呼んでくれたな…… 

 アリア、ありがとうな。

 ん? そういえばアリアってサキュバスの特性を受け継いでるんだっけ? 

 もしかしたら魅了されちゃったのかもな。


 まぁアリアならいいかもしれないな。

 そんなアホなことを考えつつ俺は目を閉じた。

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