第24話 亡き妻の話 其の一

「い、今何て言ったんですか?」

「嫁さん、ララァは死んだのさ。俺のせいでな」


 決戦前夜、眠れないアリアに俺の話をする。

 彼女の俺への好意には気付いている。

 だからこそ早めに俺のことは諦めてもらわなくてはならない。

 俺と一緒になると不幸になるからな。


「さてどこから話すかな…… ララァはな、アリアと同じように俺が作った転移の森に迷いこんできたんだ」


 懐かしいな。

 ララァがいた世界は確か人間同士で争っている世界だったかな。


「俺のところにやって来たララァは傷付いててな。アリアと同じように助けた後鍛えてあげたんだ」

「そ、そこで恋に落ちて、そのまま結婚したんですか?」


 そんな簡単な話じゃないよ。

 ララァは必死だった。世界から争いを無くして、皆が平和に生きられる世界を作るため、俺に助けを求めた。


 ララァを鍛え終わった俺は、彼女と共に外の世界に向かう。

 どうせいつも通りの酷い世界なんだろう。

 そう思ってた。さっさと終わらせて他の世界に向かおう。

 俺は地球に帰るんだ。


 だがそこで問題が発生する。

 ララァの世界には絶対敵というものが存在しなかった。

 魔物はおらず、人同士が争っていた。

 どの国にも守るべき正義があり道徳がある。

 それらを守るために人々はお互いを相対的に敵とみなしていた。


 地球と同じだ。

 個人でどうこう出来る問題ではない。

 そりゃ仲間を集めて戦い、世界を一つにすることは出来る。

 だが敗者はどうなる? 

 ララァが敵とみなしている者達に勝ったとして、戦争が終わったら敵は悪として語り継がれるのか?


 凶悪な魔王が、邪悪な魔物が世界を滅ぼそうとしているなら話は簡単だ。

 人から見て絶対敵になり得るからな。

 だがララァの世界では……


 俺は手を出すべきじゃない。

 そう思った。

 だがララァは戦いを望まなかった。

 もちろん己の身を守るために戦うことはあった。

 だが自ら進んで戦いを仕掛けることはなかった。


 彼女はまず傷付いた人々を助けることから始める。

 そして独立した町を作り、規模を大きくしていった。

 最終的には戦争で住む場所を失った人、親を失った子供達を受け入れ、一つの国を作り上げた。

 ふふ、聖女の国なんて呼ばれてたかな。


 ここから他国に戦争を仕掛けるのか? 

 だが違った。

 ララァは一国の代表として争いを止めるよう他国に歩み寄っていったのだ。


 もちろん最初は受け入れられるわけがなかった。

 だがララァの働きを見た人々は彼女に期待した。

 争いを止めてくれるのではないかと。


 人々は他国の人間を差別はしていたが、これ以上戦いたくなかった。

 民意はララァ支持に傾いていた。

 そこからは早かったな。


 熱心な話し合い、説得で各国は剣を納めることを約束してくれた。

 初めてだった。

 こんなにも血を流さない戦いがあったなんて。


 ララァと外界に降りたって五年。

 戦争は終わり、俺達は勝った。

 勝ったといっても、世界を統一した訳ではないけどな。

 だが戦争を終わらせるというララァの目的を達成することが出来た。


 ララァと過ごす中で俺は彼女に好意を抱いてしまった。

 元々美しいとは思っていたが、俺はこの時点で数万年は生きている。

 今さら恋なんて……


 俺はララァに別れを告げず、地球に戻るため転移の森に向かった。

 だが……


『タケオ! 待って!』

『ララァ? な、なんでここに?』


 ララァは俺を追ってきた。

 既に彼女は一国を治める立場にある。

 公人が護衛を付けずになんでこんな場所に?


『はぁはぁ…… ふふ、抜け出してきちゃった』

『お前なぁ…… 帰れ。ララァにはやらなくちゃいけないことがあるんだろ?』


『ううん。あの国はもう大丈夫。私がいなくてもやっていけるわ。これからは私がやりたいことをするの』

『やりたいこと? なんだ?』


『あなたに着いてくの』

『俺に!? だめだ! 帰……』


 俺は喋れなかった。

 ララァがキスで俺の口を塞いでいたからだ。

 この時だな。俺はやっと彼女の気持ちに気付いた。



◇◆◇



「……というのが嫁さんと一緒になった流れだ」

「…………」


 アリア? 返事が無いな。


「どうした?」

「あ…… す、すいません! ちょっとロマンティック過ぎてボーッとしちゃいました。すごく素敵な話…… で、でもなんで話してくれなかったんですか?」


 まぁここからが嫌な思い出になるんだ。

 ララァと俺は一緒になることを決めた。

 だが俺の目的は地球に帰ること。

 これは譲れなかった。

 それをララァに伝えると、彼女は笑顔で一緒に行くと言ってくれた。


 俺の空間転移は狙った場所に移動出来ない。

 行く先は全くのランダムだ。

 地球に戻るには時間がかかる。

 俺はギフトである時間操作をララァにかけ、彼女の寿命を止めた。


 それからしばらく彼女と異世界を周り続けた。

 着いた先で問題があったら二人で解決した。

 その内ララァの具合が悪くてなってな。


『どうした? 顔色が悪いぞ?』

『うふふ、大丈夫よ。あのね…… 出来ちゃったみたいなの』


『出来た? ニキビとか?』

『もう! そんな報告しないわよ! タケオ、あなたの子よ』


 ララァの言葉を聞いて俺は喜んだ。

 はは、まさか日本で独身だった俺が異世界で父親になるなんてな。


 俺達は異世界を渡るのを一旦止める。

 子供を育てる環境じゃないからな。

 とある世界に降り立ち、子供を育てることにした。


 だがここで問題が発生する。

 それは長男のライルが十歳になった頃だった。

 いつも通りライルを学校に送り出し、夫婦の時間を過ごしていると……


『ねぇタケオ。今はいいんだけど、このままでいいのかしら?』

『何か問題でも?』


『えぇ…… あのね、私達って歳をとらないじゃない? でもライルはドンドン大きくなっていくわ。後十年経ったらライルは私と同じ歳になってしまう。それっておかしくない?』

『まぁそうだな…… このままだとライルのほうが俺よりおっさんになってしまう』


 息子には普通の人生を送って欲しかった。

 子供はすくすくと成長するものだ。

 自然の摂理に乗っ取ってな。

 だが俺とララァは違う。


 ララァの言葉を聞いて俺は迷った。

 このままだと俺達は息子より年下になってしまう。

 そしてライルは歳を取り、寿命を迎えて死んでしまう。

 俺達は息子の死を見なければならないのだ。


 子供の寿命を止めるか?

 それについては俺とララァの意見は同じだった。

 人として幸せに生きてもらいたい。

 そう願っていた。


 子供のためにも俺は決断しなければならなかった。


『時間操作を解除しようか……?』

『でもいいの? そうすればあなたは故郷に戻れなくなるわ』


 地球に帰ること。

 俺が産まれた故郷に戻る。

 よく畳の上で死にたいなんて言葉を聞くが、俺は恋しかった。

 家族友人がいるあの世界に帰りたい…… 

 でもな……


『構わないさ。俺はララァとライルがいるなら何もいらない。ここで生きよう』

『タケオ…… ありがとう……』


 こうして俺は家族のために、体内時間を元に戻そうとしたんだが……


 何故かララァの体内時間は止まったままだった。 

 時間操作を解除出来なかった。


 結局何をしてもララァは歳を取れなくなり、若い姿のまま我が息子の葬式に出ることになる。


 俺達は寿命を迎えたライルを弔った後、その世界を後にした。



◇◆◇



「グスン…… ララァさん、かわいそう……」

「あぁ、酷く落ち込んでたよ。もちろん俺も悲しかったけど、ララァは何日も泣いてな」


「それからどうなったんですか?」

「異世界をさ迷う日々さ。でもな、そのうちララァがまた妊娠してな。次男のカインが産まれた」


 結果は同じだった。

 新しく産まれた我が子のためにも普通の人間に戻ろうとしたのだが失敗した。

 俺は自由に体内時間を戻せるが、ララァは出来なかった。


 そしてカインも死に、弔いを終え俺達は旅立つ。


 その後も異界渡りを続け、またララァは新しい命を授かる。

 長女のリリィだ。

 ララァに良く似たかわいい子でな。


 だが結果は同じだった。

 人としての寿命を迎え、リリィは天に旅立つ。

 ララァは娘の墓の前で言葉も無く泣いてたよ。


『…………』

『なぁララァ。しばらくこの世界に留まろうか』


 俺はララァが心配だった。

 三人の子供の死に直面し、明らかに生気を失っていく妻が。

 この世界にいれば、俺達の孫もいるし、気が紛れると思った。


 だがこれが間違いだったのかもな……


 結局は孫より、その子供より、そのまた子供より俺達は生きてしまった。

 俺の決断はララァにより多くの愛する者の死を見せるものだった。


 不老長寿。

 これは魂を永遠の牢獄に入れることと同義だ。

 死ねないことでララァの心は……



 壊れてしまったんだ。


 

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