第23話 決行前夜

「クルの果が樽二十杯です!」

「はいよ、クルの果が二十っと……」


「次です。カエバ麦樽四十五杯です!」

「カエバ麦四十五杯ね」


 アリアが採取してきた食料を数え、俺が帳簿に付ける。


「って、先生。これって何の意味があるんですか?」

「これ? いやな、戦いが終わったら竜人達に財産として均等に渡そうと思ってな。帳簿をつけてないと、公平に分けられないだろ?」


「へー、そこまで考えてたんですねー。納得です」


 それに記録を付けとかないと、欲に目がくらんで、ちょろまかす奴も出てくる。

 だからこそ記録は必要なのだ。


 俺達が竜人の里に到着して早十日。

 俺の言い付け通り、周辺の食料を根こそぎ採取している。

 かなりの量が集まったな。

 これだけあれば数年は喰っていけるんじゃないか? 

 おや、向こうから大量の魚を抱えてやってくるのは里の警備主任のベルンドだ。


「おーい、戻ったぞー」

「おう、お帰り。でかい魚だな」


「あぁ、ドルトだ。白身で美味い魚だ。だが木の実、穀物、魚も捕れなくなってきている。これ以上は集められないだろう」

「そうか。よくやったな。奴等、現地での兵站確保は難しくなっただろうさ」


 これで魔女王の軍勢は自軍の兵糧に頼らざるを得ない。

 ここまで俺の狙い通りだな。


「それじゃ記録の続きだ! アリア、数えてくれ!」

「えー、竜人さん達が持ってきた魚、すごくいっぱいありますよ。日が暮れちゃうよぅ……」


 たしかに。見た感じ数千尾はいるだろうな。

 まぁこれも仕事だ! 


「ならさっさと終わらせよう!」

「はーい。一、二、三、四……」


 アリアの言う通り、全ての食料を記録する頃にはとっぷりと日が暮れてしまった。

 夕食を終えると、俺達は長老達がいる小屋に向かう。

 中には三人の長老、ベルンド、そして俺達だ。

 なぜかルネも一緒だ。俺達から離れたくないみたいだからしょうがない。


 まずは食料調達班からの報告だ。

 代表してベルンドが口を開く。


「動ける国民を可能な限り動員した結果、魔女王の軍勢からギリギリのところまでの食料を確保してきました。穀物、果物も次に芽吹くまで時を待たねばなりません。魚も可能な限り捕ってきてあります。もう沼には雑魚しかおらんでしょう」


 さっき聞いた通りだ。

 これで作戦の第一段階をクリアーしたな。

 次だ。飛竜族のロロが報告を始める。


「魔女王の軍勢は街道を進み、沼のすぐそばまで来ている。恐らくは明日にでも沼の入口に着くだろう」

「予定より少し早いな…… 補給線はどうなってる?」


 ロロはテーブルに地図を置く。

 そして国境から三本の線を描いた。


「変わらずか…… 俺達が勝つには補給路を全て絶ち、兵站を潰す必要がある。ウルキさん、準備は出来てるよな?」


 ワニ顔のウルキが呻る。


「グルルルル! いつでも出られるぞ! 早く暴れたくてうずうずしてるわ!」

「その元気は明日に取っておいてくれ。作戦の決行は明日の夜だ。シバさん、例の物は揃ってるか?」


「あぁ。あまり傷が無い物を選んできたつもりだ。確認してくれ」


 シバは後ろから甲冑を二つ取り出す。

 少し汚れてるが、これぐらいなら大丈夫だろ。

 この甲冑は魔女王軍の物だ。

 俺とアリア用だな。


「上出来だ。それじゃ明日の昼にはここを出る。だがその前に士気を上げておきたい。元気が出るよう一言言ってやってくれ。それは俺じゃ出来ないからな。長老さん達、頼んでもいいか?」

「ははは、断る。お前はもう我らの仲間だ。ほとんどの兵士はお前を認めている」


 マジで? そんな雰囲気しなかったけどな。

 冷血動物特有の冷たい目で見てるなとしか思ってなかった。

 ちょっとアリアに聞いてみるか。


「俺って嫌われてるんじゃないのか?」

「先生の鈍感…… みんな言ってましたよ。タケがいれば勝てるって。先生が長老様と話してから一気に待遇が良くなったと思わなかったんですか?」


 そ、そういえば。

 ごはんのおかずは二品は増えたし、ベッドはいつも清潔に整えられていた。

 ルネも自由に俺の部屋に遊びに来たしな。


「なるほど…… で、でも俺は嫌だよ。柄でもないし」

「今まで世界を救い続けてきたんでしょ? 先生以上に適任はいませんよ! では多数決! 先生がやるべきだと思う人ー!?」


 バババババッ 


「キュー」


 チョコンッ


 お、おのれ、ルネも手を上げやがった。

 満場一致じゃないか。

 なんか多数決っていうより、学級委員やりたくないからこいつでいいんじゃねっていう感じで決められたような気がする。


「ははは、それではタケに兵を鼓舞してもらうとしよう。では解散!」


 シバが無理矢理閉めやがった。

 ぐぬぅ、やるしかないか。

 俺はがっかりしつつ、なぜかご機嫌なルネを抱っこして客間に戻ることにした。

 なんかアリアがニヤニヤしてたのがむかついた。



◇◆◇



 明日に備えて早めに休むことに。

 ルネは慣れたように俺の腕を枕にしてキューキューと眠っている。

 この子を見てると子供達を思い出すな……


 ルネ、お前のためにも魔女王達を追い払ってやる。さて、俺も寝るかな。明日は戦いだ。


 ゴソッ


 ん? 隣のベッドから物音が。

 アリアだな。俺は後ろを振り向かずに……


「眠れないのか?」

「はい…… 不安なんです。私も一緒に寝てもいいですか?」


 ベッドは竜人サイズの大きなものだ。

 大人が三人寝ても余裕がある。だがこれ以上アリアとの距離が近くなるのは……


 しょうがない。

 俺はルネを起こさないようにベッドから抜け出す。


「先生……?」

「少し話そうか」


 二人でバルコニーに出る。

 そこには大きな椅子が二つ置いてある。

 竜人サイズなので床に足が着かない。


「ふふ、あんまりくつろげませんね」

「そうだな。アリア、今まで話してなかったことを話す。嫁さんの話だ。少し重い話になる。聞くか?」


 俺自身話したくない、思い出したくない内容なので、この手の質問には答えないようにしていた。

 だがアリアの俺への好意を考えると、話さない訳にはいかないだろう。


「教えて下さい…… 知りたいんです」

「分かった。前に結婚してた、今は独り身だって言ったよな? 離婚したんじゃないぞ。嫁さん、ララァは死んだのさ。俺のせいでな」


 ララァの名前を口に出すだけで胸が痛む。

 だけど話さないと。

 聞けばアリアは俺のことを諦めてくれるだろう。

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