第255話 佳境

「『ここにいる光導姫と守護者の身体能力を強化する』♪」

 ソニアがマイクに向かってそう言葉を放った。すると、ソニア、陽華、明夜、プロト、光司、壮司に暖かな光が纏われた。ソニアの力によって、常態的な身体能力強化の力が与えられたのだ。ソニアが解除しないか、ソニアの『光臨』が解除されない限り、この力が解ける事はない。

「それじゃあ、レッドシャイン、ブルーシャイン、『騎士』、『死神』は作戦通りに。大丈夫、私と風音、それに『守護者』を信じて。あなたたちの道は私たちが切り開いてみせるから!」

「「「はい!」」」

「・・・・・・」

 ソニアの声に陽華、明夜、光司が応える。壮司はただ頷く。

「では『歌姫』。僕は『巫女』と一緒に近接戦で彼を止めるよ。でも、本当に守りは・・・・」

「大丈夫だよ。今の私、正直かなり強いから♪ だから信頼して」

「分かった。君がそこまで言うのなら・・・・僕は僕の使命を果たそう!」

 ソニアと言葉を交わしたプロトは、強化された身体能力をフルに使い、風音とフェリートの方へと接近した。

「ふっ・・・・!」

「ッ・・・・!」

 プロトがフェリートに斬りかかる。風音に構っていたフェリートは突然のプロトの攻撃に少し驚いたような顔になった。フェリートはプロトの斬撃を『破壊』の力纏う左の手刀で受け止めた。結果、プロトの剣にヒビが入り、剣は砕け散った。

「第12式札、光刃と化す! これを!」

 その瞬間に風音が式札を光刃に変え、プロトに渡した。意図を理解したプロトはその光刃を握った。

「感謝します『巫女』! はあああッ!」

 プロトが光刃をフェリートに振るう。同時に、風音も左手の光刃を振るった。

「ちっ・・・・」

 避けるしかないと考えたフェリートが、バックステップを刻もうとする。だがそのタイミングで、

「『フェリートは動けない』♪」

「なっ!?」

 ソニアがフェリートに金縛りをかける。フェリートは動けなくなった。だがフェリートは『破壊』の力を両手両足に纏っていたため、その猶予は一瞬で次の瞬間には動けるようになった。『破壊』の力がソニアの金縛りを壊したからだ。

「そこッ!」

「シッ!」

 だが、この状況ではその一瞬すらも致命となる。結果、風音とプロトの光刃はフェリートの体を切り裂いた。

「ぐっ・・・・・・!?」

 交差状に深い傷を負ったフェリートの体から多量の黒い血が飛び出す。この傷はマズい。今すぐに回復しなければ。フェリートは反射的にそう考えたが、この光導姫たちと守護者がこの好機を逃すはずがなかった。

「第13式札から第15式札、我の右手に集い光の一撃と化す!」

 風音は右手の刀身が壊れた奉納刀を式札に戻し、右手に3枚の式札を吸収した。すると、風音の右手が光り輝いた。風音は浄化の光纏う掌底をフェリートの腹部に突き出した。

「畳み掛ける!」

「『七色の音の流星が闇人の体を打つ』♪」

 プロトはフェリートの足に向かって光刃を放ち、ソニアは不可視の衝撃を与える言葉を唱える。タイミング的にいくら速くても回避は間に合わない。これが決まれば、フェリートは尋常ではないダメージを受ける事になる。戦闘不能、最悪自身の浄化に繋がる。それは避けねばならない。

執事の技能スキルオブバトラー、『絶対障壁アブソリュートシールド!』」

 フェリートは多量の闇の力を使ってでも、この攻撃を防御しようと考えた。フェリートを中心に球体状に黒い障壁が展開する。風音の掌底とプロトの斬撃、ソニアの7重の衝撃は完全にその障壁に阻まれた。

「残念でしたね・・・・!」

 フェリートがニヤリと笑みを浮かぶる。同時にフェリートは執事の技能、『回復』を使い受けていたダメージを癒す。だが、笑ったのはフェリートだけではなかった。

「いいや、これでいいのさ・・・・・!」

「そう。時間と隙さえ作れればね♪」

 プロトとソニアが笑みを浮かべる。その笑みを見たフェリートは、その笑みの意味を理解した。

「ッ・・・・・? ・・・・・まさかッ!?」

 フェリートが薄透明の障壁の中から視線をソニアやプロトたちから外す。すると、フェリートから少し離れたところを、

「このチャンス絶対に無駄にはしない!」

「ここで行かなきゃ女が廃るわ!」

「ああ、今しかない!」

「・・・・・・・・・・」

 陽華、明夜、光司、壮司の4人が駆けていた。4人はフェリートが障壁に籠った瞬間に、全速力でレイゼロールのいる闇の祭壇の方に走り始めていた。

「行かせるかッ!」

 それに気づいたフェリートは全方位障壁を解除し、全速力で4人の方へと向かおうとした。だが、それを絶対に阻止しようと、風音、ソニア、プロトが攻撃を仕掛ける。

「やっぱりそういう事・・・・・! 陽華ちゃん明夜ちゃんお願い! 代わりに絶対にフェリートは行かせないから! 第1式札から第5式札、第13式札から第20式札、追い縋る光の矢と化す!」

「はあああッ!」

「『フェリートは動けない』! 『光のドームがフェリートを囲む』!」

 風音が12条の追尾式の光線を、プロトが光刃による連撃を、ソニアがフェリートを拘束する言葉を放つ。一瞬の金縛りでフェリートは動けなくなり、その間に光のドームが周囲を包む。

「ッ、邪魔を・・・・・! 執事の技能、『絶対障壁』!」

 苛立つようにそう呟いたフェリートは、仕方なく再び全方位の障壁を展開した。フェリートがダメージを受ける事はなかった。しかしその結果、陽華や明夜たちは完全にこの場を突破してしまった。

「貴様らッ・・・・・!」

 フェリートが忌々しげに風音やプロト、ソニアを睨む。風音、プロト、ソニアはそれぞれ笑みを浮かべこう言った。

「あなたの相手は変わらず私たちよ・・・・・!」

「さあ、ここからが本番だ・・・・・!」

「盛り上がっていこー!」

 こうして、『歌姫』、『巫女』、『守護者』VS『万能』の新たな局所戦が始まった。











「ッ、抜けやがったか・・・・・! 抜けた札は正直言や弱いが・・・・・よくやったぜ!」

 陽華や明夜たちがフェリートを突破した事を後方から確認した菲は、どこか嬉しそうにそう言った。本当ならばソニア、風音、プロトもレイゼロールの元に向かう手筈だったが、この状況だ。あの4人が突破出来ただけでもマシと考えるべきだろう。

(後は奇跡をあいつらに託すしかねえ。ったく、奇跡なんてものに頼るなんざ『軍師』失格だな。だが、いつ世界が終わるかも分からねえんだ。今いるのは時間と奇跡、その2つだ)

 菲は自分の人形を指揮しながら内心でそんな事を考えた。戦いを勝利に導くのは戦略と緻密な思考。だが、今菲が考えているのはその真逆。全く皮肉だ。

「ッ、あーあ、逃しちゃったみたいね。カッコ悪い・・・・」

「ッ! フェリート殿・・・・・・・・」

「・・・・ふん」

 菲と同じように、キベリア、殺花、ダークレイも陽華と明夜たちがフェリートを突破し、レイゼロールの元に向かっている事に気がついた。だが、3人は光導姫と守護者と戦闘中だ。この場を離脱する事は出来ない。

「ほう、レイゼロールの元に向かうのはあの4人か。世界の命運は、若き希望に託された。いいね、物語的だ」

 菲の横にいたロゼが一瞬絵を描くのを止め、面白そうにそう呟く。それを聞いた菲は「けっ」と呆れたような声を漏らした。

「なーにが物語的だ。奇跡に頼らされてんだぜ、こっちは。現実は物語みたいに都合よくはいかねえ。その上での奇跡を望むんだ。笑っちまうくらいヤバいんだぜこっちはよ」

「ならば笑うといいよ、いっその事。危機の時に笑える人間は強いよ。それに・・・・・人間は笑っていた方が魅力的だ」

「はあ? ったく、芸術家サマの言う事は分からねえな・・・・・」

 菲の言葉にロゼはそう返答した。それを聞いた菲は再び呆れたような顔になった。

「・・・・・だが、せっかくだ。ここはあんたの意見を聞いとくか。まあ危機の方が、勝った時気持ちがいいからな」

 菲がニヤリと笑う。その笑みを見たロゼもふっと笑みを浮かべた。

「その意気だよ。なら、私たちも変わらず頑張ろうか。私たちも早くあの4人の元に行けるようにね」

「はっ、当たり前だ」

 2人はそう言葉を交わすと、その全ての意識を再び戦いに向けた。













「・・・・・・・・・・」

 闇の祭壇を、レイゼロールはただ見つめていた。祭壇から昇る闇の柱。祭壇の周囲に展開する方陣。この光景を見るのは2度目だ。1度目はレイゼロールが心を許した唯一の人間、エイトを復活させようとした時だ。だが、その儀式は失敗に終わった。なぜだかは今でも分からない。

「・・・・・・・・・・来たか」

 祭壇を見つめていたレイゼロールは背後に気配を感じ振り向いた。

「レイゼロール!」

「お久しぶりね、ラスボス様」

 陽華と明夜がレイゼロールを睨む。光司も、そして壮司もそのフードの下からレイゼロールに視線を向けた。

「・・・・・・お前たちか。ふん、やはり消しておくべきだったな。貴様らは」

 陽華と明夜に注目しながら、レイゼロールはそう呟いた。レイゼロールがいずれ厄介な存在になると考えていた2人の光導姫。初めて会ったのは去年の5月頃だったか。そう、スプリガンが初めて現れたあの日。

 あの時は新人だった。闇奴に殺されかけるような新人の光導姫。長年敵として光導姫と敵対してきたレイゼロールには、それが動きから分かった。

 しかし、今はどうだ。『光臨』を取得し、数ヶ月前にはあと一歩というところまで、ダークレイを追い詰めた。そして、今は実力者としてレイゼロールの前に現れた。レイゼロールが危惧していたように、厄介な存在になった。

「・・・・・それで何の用だ。我は今お前たちに構っている暇はない。消えろ。今すぐに我の前から消えれば、その命は助けてやる。持って数刻の命かもしれんが、今すぐに死ぬよりかマシだろう」

 半ば無駄だと考えながらも、レイゼロールは4人に向かってそう言った。すると、レイゼロールの元に辿り着いた光導姫と守護者たちはこう答えを返した。

「嫌だ。私たちはあなたを止める。この世界を、そこに生きる人たちを守るためにもッ!」

「ここではいそうですかって退けるほど、聞き分けはよくないのよ私たち。私たちの全てを懸けて、あなたを止めてみせるわ!」

「レイゼロール! 今日でこの光と闇の戦いを終わりにさせてもらうッ!」

 陽華、明夜、光司が力強くそう宣言する。その宣言を聞いていた壮司は、内心で3人とは少し違う事を考えていた。

(ご立派だねえ、本当。俺にそこまでの気概はないぜ。さて、どうにかレイゼロールの元まで来れたな。こいつがだ。もうしくじれない。ここで決めるぜ)

 3人とは覚悟の種類は少し違うが、壮司も覚悟を決めていた。ここでラルバとの契約を果たす。必ずレイゼロールを殺す。それがひいては世界のためとなる。

「・・・・・・いいだろう。儀式も既に半刻を過ぎた。我が儀式を調整する必要もない。ならば、我が相手をしてやろう。このレイゼロールが。『終焉』の神レゼルニウスが妹、闇の女神レイゼロールがな」

 レイゼロールはそのアイスブルーの瞳で4人を見つめると、その身に闇を立ち上がらせた。そして、レイゼロールは4人の戦士たちにこう言った。

「来い、光導姫と守護者。貴様らとの因縁もここで終わりだ」

「明夜」

「陽華」

 レイゼロールの宣言を聞いた陽華と明夜が互いの顔を見つめ頷き合う。そして、2人はレイゼロールに再び視線を移した。

「「絶対に勝つ!!」」

 かくして、最後の局所戦が始まった。

 ――しかし、スプリガン未だ現れず。












(・・・・・そうですか。分かりました。いえ、あと少しなのでしょう。私はあなたを信じます。だから、待っています。あなたがそれを取得するまで。でなければ、どちらにせよ未来は暗いのですから)

 神界。自身のプライベートスペースで世界中の戦場の状況を確認していたソレイユは、内心でそう呟いた。ただの呟きではない。この呟きは、に届いている。

「・・・・・でも絶対に来てくださいよ。あなたは私の切り札なんですから」

『? ソレイユ、何か言ったかい?』

「っ、いえ何でもありません。すみません、思考が少し漏れ出てしまっただけです」

 通信チャンネルを開いていたため、ラルバは不思議そうな顔でソレイユにそう聞いた。ソレイユは少し慌てたようにラルバにそう弁明した。

『そうかい? ならいいけど・・・・・それよりも、レイゼロールの元に辿り着いたのが彼女たちだとはね。少し前まで新人の光導姫だった彼女たちが・・・・・』

「不安ですかラルバ? あの子たちがレールを止められるか」

『いや、別に不安ってわけじゃないよ。ただ、少し感慨深いっていうかなんて言うか・・・・・』

 ソレイユからそう言われて、難しい顔を浮かべたラルバ。そういえば、ラルバは陽華と明夜と面識があったなという事を思い出しながら、ソレイユは少し口調を変えて、いや昔に戻した。

「大丈夫よラルバ。あの子たちを信じて。あの子たちは、私の切り札なんだから。だから、そんな顔しないで。尻叩くわよ?」

『え、え・・・・? ソ、ソレイユ急にどうしたのさ? 口調が急に昔みたいに・・・・・・』

「今はそんな事関係ないでしょ。ほら、分かったら頷いてシャキッとする!」

『は、はい!」

 ソレイユにそう言われたラルバは反射的に頷いた。それを見たソレイユは満足げに笑みを浮かべる。

「それでいいのよ。じゃ、私たちは私たちの出来る事を続けるわよ。それが私たちの為すべき事なんだから」

『うん。それは分かってるよ』

 ソレイユはそう言うとウインドウに表示されている世界地図に目を向けた。レイゼロールがいる主戦場以外でも、今も世界では光導姫や守護者が闇奴たちと戦い続けてくれている。ソレイユとラルバに出来るのはそのバックアップだけだ。

(頑張って陽華、明夜。無責任だけど、私に出来るのは願う事だけ。でもきっと、大丈夫。陽華、明夜、そして・・・・・私の切り札たちが揃えば、きっと・・・・・!)

 ソレイユは確信に似た思いを抱きながら、自分が為すべき事を行った。

 ――戦いは佳境へと至る。

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