第203話 カケラ争奪戦 中国(3)

「・・・・・・・・けっ、調子に乗りやがって。ムカつくぜ。いけ好かねえ真っ黒な蝙蝠野郎が・・・・・!」

 スプリガンからそう言われた菲はギリっと歯軋りをしながら、スプリガンにそう言葉を吐いた。菲の表情には侮辱された事への怒りがあった。

「だが、そう言うだけの強さはある。俺は奴の速度に反応できなかった。・・・・・・面白い。ここまでの強者と出会ったのは久方ぶりだ。血湧き肉躍る」

 一方、葬武は菲とは違いほんの少しだけ口角を上げていた。葬武はこの戦いが自分にとって有益なものになると確信した。

「はっ、頭がどうかしてんな。これだから戦闘バカは理解できねえぜ。こっちは舐められてるってのによ」

 葬武の笑みを見た菲は理解に苦しむといった感じでそう呟くと、再度自身の力を一定消費させ、自分の前に黒兵2体と頭兵1体を召喚した。こんなに人形を何度も召喚するのは、菲にしてみればかなり久しぶりだった。

「思い知らせてやるぜ。力だけが戦場を支配するんじゃないって事をな。戦術と計略。私はその力でこの場を支配してやる!」

 菲はそう意気込むと、隣にいる葬武にこう言葉を飛ばした。

「おい『天虎』! てめえは変わらずにスプリガンに全力で攻撃しろ! お前も武人ってやつなら舐められっぱなしは嫌だろ!?」

「ふん。先ほどは好きに暴れろと言ったくせに、勝手な奴だ。・・・・だが、いいだろう。元々俺は奴を攻撃するつもりだったからな。貴様の指示に従ってやる」

 葬武はそう言うと、影人に再び接近してきた。かなりのスピードだ。

「・・・・・遅いな」

 だが、今の影人からしてみれば葬武のその速度は止まっているように見える。影人は葬武に自分からも接近すると、葬武の顎目掛けて右の昇拳を放った。

「ッ!?」

 葬武はスプリガンの昇拳が自分の顎に触れた瞬間に、顔ごと体を仰け反らせた。それは信じられない超反応だった。

(っ、これに反応しやがるか・・・・・・!)

 まさか反応されるとは思っていなかった影人は、内心で葬武の超反応に舌を巻いた。1度自分のこの速度を体感しただけで、これ程の反応をするとは。影人は最上位の守護者というものを少し見直した。

(だが、隙は出来たぜ)

 体を反らした葬武は、そのまま後ろに倒れ込むように回ろうとしている。しかも葬武はそのまま影人にサマーソルトキックを喰らわせようとしている。全く抜け目のない男だ。影人は葬武が完全にその場で回転する前に、ガラ空きの葬武の胴体に左の肘打ちを放った。

「ぐっ・・・・・・・・!?」

 影人のその一撃を葬武は今度はまともに受けてしまった。メキっと嫌な音が自分の体から響いたのを葬武は聞いた。葬武は背中から地面へと叩きつけられた。

「今だ。白兵2、能力を解放。速撃の矢を放て」

 葬武が地面に倒れ、射線が確保できた事を確認した菲は、自分の前にいる弓を持った白い人形にそう指示した。

「・・・・・・・!」

 菲にそう指示された白兵の持つ弓が一瞬白く輝いた。そして、白兵は影人に向かって矢を放った。その矢は明らかに一矢目の矢よりも段違いに速かった。

(へえ、今の俺でも中々速いって感じる速度か。やるじゃねえか)

 仕組みは分からないが、明らかに普通の矢のスピードではない。

「・・・・だがまあ、俺には当たらない」

 影人は矢を避けようとはしなかった。当然の事ながら、矢は影人に肉薄する。あと1センチほどで矢が影人の額に命中する。しかしその前に、影人は右手で矢のの部分を右手でパシリと掴み取った。容易いように。

「ッ!? ちぃッ! 頭兵、能力を解放。鬼神と化せ! 黒兵1、2、能力を解放。敵を砕く力を刃に乗せろ!」

 菲は次の指示を人形に与えた。頭兵は一瞬全身が赤く輝いたかと思うと、背から新たに両手が生えた。その両手で背に背負っていた2本の剣を抜く。これで、白と黒の混じった人形は3本の剣と盾を持つ事となった。

 青龍刀と偃月刀を持った黒い人形は、先程の弓を持った白い人形と同じようにその武器が一瞬輝いた。しかし、その色は白ではなく黒だった。

「行け! 頭兵、黒兵1、黒兵2! スプリガンを叩け!」

 菲の指示と共に3体の人形たちが走り始める。その中の1体である変化した頭兵は、駆ける速度が明らかに他2体の人形よりも速くなっていた。

「・・・・・!」

 4本の腕に変化した頭兵が、右手の青龍刀、背に生えた両手の剣を影人へと降るってくる。背の右手の剣は右袈裟に、背の左手の剣は左袈裟に、そして右手の青龍刀は唐竹割りに。

(見た目といま見た速度から、強化された人形って感じだな。本来なら奥の手ってところか。それをすぐに切ったって事は、俺の戦闘力がどの程度のものか理解したって事か)

 影人は軽やかに頭兵の3つの斬撃を回避し、そんな事を考えた。敵の戦闘能力がどれほどのものか理解し、奥の手を躊躇なく使える事は賢い判断だと影人は思う。しかし、それは裏を返せばそれだけ余裕がないという事だ。

(人形を破壊してもすぐに『軍師』に召喚される。召喚にデメリットを負うかどうかは正直分からねえが、破壊はあまり意味を成さない。なら・・・・・)

 影人は周囲の空間から30本ほど闇の鎖を呼び出した。そして、その鎖を全て使って頭兵を拘束した。これならば、完全に無力化できるはずだ。30の鎖に拘束された頭兵は何とか手や足を動かそうとするが、全く体を動かす事は出来なかった。

「っ!? 頭兵! 何とか拘束を解け!」

 菲が焦ったような声を出す。無理もないだろう。奥の手が今まさに封じられたのだから。そして、影人はこの瞬間に本体である菲を叩こうと考えた。

(さっきから見ていて分かった『軍師』の能力は、人形を最大5体まで召喚しそれを操る能力って事だ。人形が破壊されると、またそれと同タイプの人形を召喚できる。更に人形にはそれぞれ、攻撃なんかを強化する能力がある。ここまで分かりゃ、後はどうとでも攻めれる。俺ならな)

 頭兵を拘束した段階で、黒兵が2体影人へと獲物を振るって来た。おそらく、この斬撃は強化されている。まともに受ければ影人の体とて簡単に両断されるだろう。

(まあ、当たらなければいいだけだが)

 影人は青龍刀と偃月刀の斬撃を適当に回避し、その2体も鎖を召喚し拘束した。1体に10本の鎖だ。黒兵たちは頭兵と同じように動きを封じられた。

 ちなみに、先程は鎖を迎撃していた人形たちが今回はすぐに鎖に拘束されたのは、鎖に闇の力を多量に込めたからだ。その事で、鎖の取り付く速度が上がったというのがその理由である。

(これで3体拘束した。後はあの白い人形2体だけだ)

 影人はそのまま真っ直ぐに菲の元へと向かおうとした。

「この程度の打撃で俺を沈められたと思うなッ・・・・・・・!」

 しかし影人の行方を阻むかのように、立ち上がった葬武が影人に向かって右足での蹴りを放って来た。

「ッ、タフな奴だ・・・・・」

 影人は葬武の蹴りを避けそう呟いた。骨にヒビを入れるくらいの強さの打撃だったはずだが、そのダメージを感じさせない動きだ。

「だが・・・・・・・・お前じゃ俺に追いつけない」

「っ!?」

 影人は葬武よりも菲を叩きに行く途中であったので、葬武を無視してスピードで千切る事を選択した。影人は『加速』した肉体で、菲に向かって一直線に駆けた。途中にいた弓を持った白い人形は、右腕のラリアットで胴体ごと地面に叩きつけ破壊した。

「チェックメイトだ、光導姫」

「なっ!? は、白兵1 ――」

 菲に接近した影人は右の拳を握った。影人の接近を許してしまった菲は、完全に焦ったように隣にいた大きな盾を持った白い人形に何か指示しようとした。たぶん盾で守れとかそんな指示だろう。

(はっ、盾なんか意味ねえんだよ!)

 影人は自分の右手に『硬化』の力と一撃を強化する力を使用した。鋼の盾を壊す程度ならこれで充分だ。『破壊』の力を使うまでもない。

 影人の予想通り、白い人形が菲を守るように盾を突き出してくる。だが、意味はない。影人の右拳は完全にその盾を砕き、そのまま人形も破壊するのだから。

「――能力を解放。全てを弾く絶対の盾を展開しろ」

 しかし、結果は影人の予想した通りにはならなかった。菲がニヤリと笑ってそう言うと、白兵の人形が一瞬白く輝き、白い防壁が360度、菲と白兵を取り囲むように展開した。影人の拳はガンッと凄まじい音を立てて、白い防壁に弾かれてしまった。

「っ・・・・・!?」

 その予想外の結果に、影人は驚いたように息を呑んだ。

「白兵1、頭兵、位置を回れ。頭兵、全力の剣撃を放て」

 菲は先ほどとは全く違う落ち着いた声で新たに指示を出す。すると、白い防壁と盾を持った白い人形が突如として消えた。

 そして盾を持った白い人形のいた位置に、影人が拘束したはずの白と黒の混じった人形が、鎖に拘束されていない状態で、いきなりに影人に対して3本の剣を放って来た。

(っ!? マジかよ・・・・!)

 あと2ミリほどで自分の肉体を切り裂こうとする3つの剣。菲はどういう理屈かは分からないが、影人が避けれないタイミングでこの攻撃を狙っていたのだろう。『加速』し眼を強化した影人でも、この攻撃を今から避ける事は出来ない。それ程までに、この攻撃のタイミングは完璧だった。

 影人は仕方なく幻影化を使用した。影人の体に3つの斬撃が加えられる。だが、影人の体は陽炎のように、霧のように揺らめき斬撃はただ虚空を斬っただけだった。

「ああ?」

 その光景を見た菲はその顔を歪めた。その顔には疑問や理不尽が混じったような色があった。

(・・・・・・・・正直、油断してたな。舐めすぎた。俺は完全に『軍師』の策に嵌ってた。まさか、幻影化を使わされるとはな)

 幻影化を解除し、菲から5メートルほど離れた場所に現れた影人は、菲を見てそう考えた。

「はあー、思っていやがった以上にチートじみてんな。今ので決まったと思ってたのによ。私の渾身の演技と調整が全部無駄になっちまったじゃねえか」

 一方の菲は影人を見つめながらそう言葉を漏らしていた。明らかにガッカリした様子だ。そしてやはり、先程までの焦った様子などは全て影人を油断させる演技だったようだ。

(何で拘束したはずのあの人形が突然拘束を破って場所を一瞬で移動したのか、考えられる可能性としては・・・・・ああ、やっぱりな)

 1つだけ疑問を覚えた影人は、先ほどあの白と黒の混じった人形を拘束した場所に視線を移した。するとそこには、なぜか先ほど影人の攻撃を止めた大きな盾を持った人形が、代わりに鎖に拘束されていた。

「・・・・・・・・・人形の位置を入れ替えられるのか」

「流石に気づくか。あんま情報は開示したくはないんだが、まあそういう事だ」

 影人の指摘を菲は認めた。バレてしまっては仕方がないからだ。

「抜け目ない奴だ・・・・・・・だが、人形が3体無力化されている事には変わりない。見たところ、入れ替えても鎖で拘束されるみたいだからな」

 白い弓を持った人形は破壊したので、菲は再び人形を召喚する事が可能だ。ゆえに、菲が使用できる人形は2体。今は危ない目を見たが、影人が優位である事に変わりはない。

「へっ、そいつはどうかな?」

 菲はニヤリと笑みを浮かべる。どうやら菲はまだ何か手を残しているようだった。しかし、それとは別に背後から迫って来た気配に、影人は対応した。

「シッ!」

 追いついてきた葬武の真横に振われた棍の一撃を避け、影人は両手に小さなナイフを5本ずつ創造した。計10本。そのナイフを影人は葬武に投擲した。葬武は当然のように、そのナイフを全て棍で地面に叩き落とした。

「あー、何やってんだ『天虎』。せっかく奇襲しやすいように私が話してやってたのによ」

「・・・・・気配を消しての不意打ちなど、このクラスの強者に通用しない。武人でない貴様には分からんだろうがな」

 ため息を吐く菲に、葬武はそう言葉を返した。葬武は言葉を発しながらも、影人の動きを見逃さないように視線を外さない。

「そういうもんかね・・・・・まあいい。挟み撃ちの形は取れたからな。黒兵1、2、自爆。白兵1、自爆」

 菲がそう呟くと、影人の後方で何かが破裂したような音が響いた。チラリとそちらを見てみると、拘束されていた3体の人形が粉々になっていた。縛る対象を失った鎖は自動で虚空に消えていく。

「黒兵1、2、召喚。白兵1、2、召喚」

 菲が続けて言葉を唱える。すると、菲の周囲に黒い人形が2体と白い人形が2体召喚された。

「・・・・自爆できたのか。嫌らしい奴だ」

「アホか。誰が最初から手札全部見せるかよ。戦いってのは手札をどう切るかだぜ。それが重要なんだ」

 影人の嫌味に、菲は冷ややかな表情でそう言葉を返してきた。全く以て同意だと、影人はこんな時なのに内心で笑った。

「さて、優位は取ったぜ。こっからてめえはどうする? スプリガン」

 挟み撃ちの形に、再び万全の自分の状況を作った菲は強気な笑みを浮かべながら、そう言葉を放った。

「・・・・・・・・別に変わらない。言ったはずだ、力の差を教えてやるってな。お前は策で俺の力に勝とうとしてるみたいだが、圧倒的な力の前では策なんて無意味だ」

 そんな菲の言葉に、影人も少し口角を上げながらそう言った。

「言いやがる。なら、せいぜいそいつを証明してみろ」

「してやるよ。徹底的にな」

 菲の知力と葬武の武力。それにぶつかるは、影人の全てに対応する闇の力。この戦いは、既に終わりへと向かい始めていた。











(・・・・・・・・今のところ、奴はしっかりと働いているようだな)

 スプリガンに光導姫と守護者の足止めを任せ、自分の力の結晶であるカケラの気配を探っていたレイゼロールは、スプリガンを見つめながらそう思った。

(しかし、本当に思いも寄らない事になったものだ。まさか、あのスプリガンが我の命令に従い、光導姫や守護者と戦っているとはな・・・・・・・・)

 カケラの気配を完全に特定するためにも集中しなければならないのに、レイゼロールはついそんな事を考えた。つい最近までは考えられなかった事だ。

(だが、奴の攻撃にどこか殺気を感じないのはなぜだ? 奴の強さはよく知っている。シェルディアの話では『世界』を顕現し、シェルディアと対等に戦ったという。そんな人物が本気を出せば、いくら最上位の光導姫や守護者といえども殺す事は出来るはずだ)

 レイゼロールはスプリガンに1つだけ疑問を抱いていた。スプリガンは現在は光導姫や守護者と戦い、レイゼロールを守っている。ゆえに、積極的に殺しにいく必要はないといえばない。だが、レイゼロールにはどうしてもその事が引っ掛かった。

「・・・・・だが、今はそんな事よりも集中しなければな」

 レイゼロールは雑念を振り払うためにも、肉声でそう呟いた。その事は後で考えるか、本人に直接聞けばいい。いま自分が最優先でやらなければならない事は、一刻も早くカケラの気配の元を特定する事だ。

(きっと後少しなのだ。距離自体はそれほど遠くない。おそらく、我のいる場所から500メートル以内にはあるはず・・・・・・・・・・)

 レイゼロールは集中して周囲の気配を探った。感じるのは薄い闇の気配。レイゼロールにとっては忌々しい長老の隠蔽の力が、最後の邪魔をしているのだ。全く、どこまでいっても厄介だ。

 それでも、あと5分ほど気配を集中して探れば、カケラの正確な位置が特定できるはずだ。この近くにあるという事は分かっている。ならば、集中して探り続ければ絶対に分かる。元々、カケラはレイゼロールの一部なのだから。

「・・・・絶対に見つけだす」

 レイゼロールはそう言葉を漏らすと、更に深く集中した。

 ――だが、レイゼロールはカケラの気配を探るのに集中するあまり気づいていなかった。

「・・・・・・・・」

 レイゼロールの背後の草木の闇に同化するように、黒いローブを纏い黒いフードを被った人物がいる事に。その人物は、右手に全てを殺す黒い大鎌を携えていた。


 そして、その死神のような人物は、ゆらりと草木の影から出ると、音もなくレイゼロールの背後に向かって一歩を刻んだ。

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