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 気づくとジョバンニは少年が消えた先に向かって走り出していました。胸に抱えた月長石の結晶を強く強く握りしめながら。林の奥の方で烏瓜のあかりが銀星石のように白くゆらゆらと浮かんでいるのがときおり見えます。ゆらゆらと揺れるそのあかりだけを見てジョバンニは走り続けました。林の影と自分の影ぼうしがとけてまざってしまうのではないかと思うくらい走り続けました。どれだけ進んだでしょう。走り疲れたジョバンニは真っ暗な林の小道を歩きながら、あの日もこうしてたったひとりで歩いていたことを思い出しました。

 あの時はカムパネルラから逃げたくて。今は、もう一度カムパネルラに会いたくて。


※※


「どこ行くの?」

 ぞくりとするくらい冷んやりとした声が沙希の足を止めた。あの少年が道の向こうにポツンと立っていた。誰もいない真夜中の道に、一人で闇を背負っているようにほんの少しだけ俯き加減に。怖い。沙希がそう思った時、胸に抱えた本がキュッと縮まったように思えた。この物語を守れるのは自分だけだと感じた。絶対に消させたりしない。そう思って、沙希が少年に向きなおると、少年が微かに笑った。

「そんな顔すんなよ」

 困ったような、はにかんだような、沙希の周りにもいる普通の男の子のような笑い方だった。本を固く握りしめていた沙希の腕の力がわずかに抜ける。

「だって、奪いにきたんでしょ?」

 わざわざ確認すような口調で沙希がきくと、少年は困ったように少しだけ眉根を寄せると、小さくうなずいた。

「その方があんたのためだ」

 ぶわりと沙希の中の何かが大きく広がった。それは大人たちに散々聞かされてきた言葉だった。沙希の何を向上させたいと思っているのかちっとも納得できないままにその言葉に向かい合ってきた。家のことも学校のことも、親の関係も、全部その言葉で沙希に注ぎ込まれてきた。

「嘘つき」

 涙でにじんだ沙希の目の前に、青い闇が広がるように物語が溶け出した。胸に抱えた本から指先を伝って言葉を読むように、物語が一気に沙希の中に流れ込む。



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