11.決裂



――色把には家を出てもらう。



 桐生診療所内は、哭士の放った言葉で静まり返った。




 その静寂を塗りつぶす、低い声。

「……籠女を欲してる狗鬼なら沢山居るだろう。本家から連れ出したのも、本家のふざけた【神】とやらの贄にさせない為だ」

 哭士はあえて色把を突き放す。色把は懸命に哭士に何かを訴えようとするが、哭士の目は色把の口を見ようとしない。

 菊塵は、哭士の横顔を険しい顔つきで黙って見つめている。

「あと数ヶ月しか護れない、契約出来ない狗鬼を近くに置いてどうする。俺が護らなくとも、じじいの傘下の狗鬼に守らせればいい」

 その言葉に、色把は一瞬その身を硬直させ、勢いよく立ち上がる。哭士の前に立ちはだかった。

 何事かと色把を見上げる哭士の左頬に、色把の右手が飛んできた。

 まさか、色把が平手打ちを放つとは思わなかった哭士は、色把の攻撃をそのまま受けた。人に手を上げた事が無かった色把の指先は、頬には当たらず、爪先が哭士の鼻を引っかく事になってしまったが。

『……どうして……どうして逃げるんですか? まだ、終わってなんかいないのに……! 貴方は、カナエさんと同じ事を言っています!』

 静かな診療所、色把の言葉は、声に出ていなくとも、その場に居る者達に大きな動揺を生んだ。






        ※






 指で、色把が叩いた部分を摩る哭士。色把の顔を睨みあげる。

 椅子から立ち上がり、踵を返す。

「おい! 哭士!」

 菊塵の制止も聞かず、そのまま診察室を出て行ってしまった。診療所の扉は、哭士が乱暴に閉めた所為ではねかえり、激しい音を立てる。

「あちゃあ、壁に穴あいちゃったかなぁ」

 鷹揚に構えている桐生を他所に、初めて人を叩いた色把の右手は、激しく震えていた。




――契約が結べなかった籠女を傍らに置いておくって事の方が、彼にとって苦痛なんじゃない?





 若い当主、カナエの言葉が、色把の脳内を廻っていた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る