3.さびれた公園

「犯人、見ていないんでしょ? それじゃあ、ちょっと捕まえるのは難しいかなぁ」

 白髪が目立つ警官は、被害の調書を取りながらも、諦めたほうが良いと遠まわしに諭していた。

「でも、中学生がこんな大金、持ち歩いているの、お巡りさんは感心しないなぁ」

(僕、高校生ですけど)

 もう、言い返す気力も無かった。



 ぐったりとして、交番を出た。この街に来てからというもの、何一つ上手くいかない。それどころか、明日からの自分の生活さえも危うくなってきている。スマートフォンも盗まれてしまい、家族と連絡も取れない。この上ない孤独感が苑司を襲う。




 とにかく、静かな場所に行きたかった。繁華街を抜け、マンションの隙間にひっそりと存在していた公園に辿り着いた。利用者はあまり無いらしい。遊具は所々さび付き、芝生も手入れがされていないようで茫々に草が伸びていた。

 大きな木の下には、ベンチが備え付けてある。見知らぬ土地を歩き回って疲れた苑司は、その場に腰を下ろした。同時に、深いため息が漏れる。思わず頭を抱え込んだ。

 結局、まともに自分の手に残っているのは、連絡の取れぬ社長宛のアタッシュケースだけである。

 苑司は暫く微動だにせず、アタッシュケースを見つめた。



「何か……入ってたりしないかな……」

 無意識に出てしまった言葉に、苑司はハッとして首を振る。

「駄目だ……預かり物じゃないか……!」

 流石に、他人に渡す物を勝手に開けるのには、ためらいが生じる。だが、今自分が置かれているこの状況は、何かにすがりたい一心だった。


 待てども暮らせどもこの状況を変える考えなど浮かぶわけがない。

 しばらく考えあぐねた結果、やはりアタッシュケースを開けることにした。

「……父さん、結城さん、ごめんなさい……!」

 ベンチに腰掛けた自分の横にアタッシュケースを置き、取っ手の横の金具を広げる。パチンという金属の弾ける音が響く。これであとは開くはずだ。アタッシュケースの縁に手をかけた。

「あ……れ? 口が固いぞ」

 二枚合わさったアタッシュケースの上蓋はがっちりと閉まり、開かないのだ。他にロックがあるのか、ぐるりとケースの周囲を見渡すも、先程の金具しかロックらしきものは見当たらない。苑司の心中に焦りが生じる。



 今は、手元に残ったこのアタッシュケースが頼りなのだ。苑司は咄嗟に公園内に落ちていた釘を拾い、無理矢理アタッシュケースの口にねじ込む。やはりケースはピッタリと閉じてしまっており、釘はなかなか入っていかない。

 と、昼間電車内でアタッシュケースを落とし、角の部分がゆがんでいるところを見つけた。苑司はすかさず、そのゆがみの部分に釘を差し入れ、こじ開けに掛かる。

 ギッ、ギッと金属の擦れる音。徐々に、隙間が広がっていく。

「よし……もう少し……」

 指が入るくらいの隙間が開いた。ここまで開いてくれば、後は簡単である。

「……何か、頼りになるものが入ってますように……!」

 力任せに、勢い良くアタッシュケースを開く。 ここで、小さく「プシュ」と、何かが噴き出す音がしたが、苑司の耳には届かなかった。

「……なんだ、こりゃ?」

 ケースの中身に、苑司は困惑の表情を浮かべる。アタッシュケースの中は、黒いウレタン素材になっていて、真ん中にはビンが一つ。

 ビンを取り出し、振ってみる。中身は透明な液体、ラベルも何も貼られていない。蓋にはローマ字で一つの言葉だけが書かれていた。

「K、O、H、J、I、N……コージン?」

 聞いたことも無い単語に、意味はさっぱり汲み取れない。ため息をついて、ビンをアタッシュケースに戻す。

 結局、今の自分に役立つものは何も入っていなかった。

「……本当に……どうしよう……」

 八方塞もいいところである。苑司は頭を抱え込んだ。




 ざざ




 苑司の耳に、聞き慣れない音が届く。テレビの砂嵐や、ラジオのノイズにも似ているが、それよりも生物的な何かを感じさせる音だった。

 周囲を見渡す。辺りは、生い茂った草であまり見通しは良くない。公園内には街灯も立っているが、申し訳程度といった位で、明るさはあまり無い。

「猫、かな」

 注意深く辺りを見渡した。特に変わった様子は見受けられない。

 アタッシュケースに、目を落とそうとした矢先だった。

 一瞬、視界の端に、妙なものを捉えた。光る小さな二つの玉、である。

 もう一度、光の玉が見えたところに視線を戻す。


 見間違いではなかった。横に並んだ、不自然に爛々と光る二つの小さな光。苑司はそれを見て、何故か鳥肌が立った。嫌な気配を無意識に感じ取っていた。

 二つの光は同じ間隔を保ちながら左右に振れ、こちらに近づいて来る。



 ざざ ざざざざ



 二つの光が動くたび、耳障りな音が苑司の耳に届く。

 先程の音も、この光の正体が発しているもののようだ。

「何……? 何なんだよ?」

 冷や汗が背中を伝っていく。動物、ではない。

 アタッシュケースと、ボストンバックを抱え、公園の出口まで横歩きをして距離を取る。が、光の玉は、明らかに苑司に向かって距離を縮めてきている。

「わっ」

 茫々と生えた草の中に空き缶が落ちており、苑司は空き缶に足を取られた。バランスを取ろうと体がぐらつく。足元に一瞬視線を落とした。



 ざざ ざざざざざざざざ



自分から視線が外れたのを察知したのか、激しいノイズ音を立てて、一気に光の玉が距離を縮めてきた。その動きは敏捷で、気が付いた時には苑司の目の前まで迫ってきていた。

 ここで、苑司はこの不気味な生き物の姿を捉える。

「何だよ……! なんだよこれぇ!」

 恐怖のあまり声が裏返る。一言で言ってしまえば、黒い毛玉のような物だった。だが、身体は薄く透け、モヤモヤと体が蠢いている。数本生えた足で移動する姿は、頭の無い蜘蛛のようだ。

(化け物!)

 認識するのに時間は掛からなかった。

(誰か、人のいるところへ!)

 助けを求めなくてはいけない。だが、苑司の足は地面に根を張ったように動こうとはしない。




 化け物との距離が縮まる。

(死にたくない! まだ死にたくない!)

 腹の底から叫び声を張り上げた。



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