27.本家への道

 黒い高級車が、林の中を走っていく。運転席には菊塵。後部座席の真ん中には哭士が座っている。

「彼女……色把さんは、僕達革新派にとって、非常に重要な存在なんだ。それは本家にとっても、同じ事が言える。本家は、中立の立場を保っているかのように見せかけているが、実質的には保守派の属性を持っている。保守派の都合の良い方向にしか動かない。つまり、本家に色把さんが攫われた事、それ自体が、革新派にとって不利な状態になっているんだ」

 ハンドルを握る菊塵の手に力がこもる。哭士は黙って聞いていた。


「僕が付き添えるのは正門の前までだ。正門の中には本家に認められた狗鬼しか入る事は許されない。正殿の奥に本家の当主が居るだろう。お前は色把さんを連れ戻す事、狗石の奪取だけ考えて動けばいい。本家の者達に何を言われても気にするな」

「……分かってる」

 窓の外を見つめたまま、哭士は答えた。雑木林の中をそのまま車は走り続けた。と、急に林の道が大きく拓けた。





「着いたぞ」

 サイドブレーキを引く菊塵。哭士は菊塵の視線の先を追い、車外を覗き見た。

 入り口を示すかのように石柱が二本立っている。その先には細い上り階段が続いている。階段の上は木陰で隠れ見ることは出来なかった。

「これから少し歩く、本家は山の上にあるからな」

 菊塵は二本建っている石柱に向かって歩き出す。哭士もその後に続いた。

 本家に続く階段は苔むし、勾配がきつい。しばらく階段を登り続けているが、なかなか先が見えない。

 よほどの山奥らしい。草木独特の青っぽい匂いが鼻腔を刺激し、山鳥の声がすぐ近くで聞こえる。

 階段を上りきると、石畳が広がり、その先には立派な門が構えていた。そして重厚な門構えには似つかわしくない、皮のジャケットを着込んだ派手な格好の男が一人立っていた。色把を攫った、ピアスの男だった。哭士たちの姿をみとめると、足を肩幅まで開き、挑発的に哭士を見た。

「お待ちしておりました。ハヤチネ様」

 菊塵には見向きもしない。棒読みに哭士の名を呼び、頭を適当に下げた。

「じゃあ、頼んだぞ」

 菊塵は、男の態度を気にするわけでもなく、哭士に一声かけると、元来た道を引き返して行った。

 ピアスの男は哭士を一瞥した後、人差し指を曲げ、付いて来るよう示し、門の中に歩いていく。男が腰から下げているアクセサリーは、ジャラジャラと忙しなく鳴っている。男に続き哭士も門の中に歩みを進めた。






 哭士に、一瞬だけ大きな嫌悪感がよぎる。何をされた訳でもない。屋敷の中の雰囲気が一瞬にして哭士の身体に流れ込んできたのだ。嫌悪感は地面の下から突きあがってきたように思えた。唸るようにして息を吐き出した。

(……腐肉を嗅いだような)

 本家の正門に一歩踏み入れて感じた印象がこれだった。込みあがってきた嫌悪感は、一瞬で鳴りを潜めたが、既に哭士は少しでも早くこの屋敷を後にしたくなっていた。



 屋敷は広い。山の上にあるとは聞いていたが、山の斜面をも利用して建てられているようだ。上り下りを進めながらピアスの男の後ろをただついて歩いていく。なかなか男は立ち止まろうとしない。

 男の後ろを歩いている最中、何人か屋敷の者達とすれ違った。すれ違う者達は皆、男と哭士の顔を覗き見る。中には含み笑いをしたり、すれ違いざまに舌打ちをする者さえ居た。

「まだ着かないのか」

 ピアスの男の背中に話しかけるが、男は答えを返すどころか振り返ろうともしない。

「……」

 仕方なく哭士は、男の後を引き続き歩き続けた。



 やがて、細い廊下を通り過ぎ、他の部屋とは明らかに違う立派な襖(ふすま)の前に辿り着く。ピアスの男はそこで立ち止まり、顎でその襖を指した。入れという事なのだろう。

 仕方無しに、哭士はその指示に従い、襖を勢い良く開いた。



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