23.氷雨

 庭に鋭い音が響き渡る。

 足元を冷たい風が通り過ぎていく。ゆるゆると瞳を開いた。

 眼前には真っ白な光景が広がり、哭士も、ユーリの姿も色把の位置から見えなくなった。



『これは……?』

「久しぶりだな。哭士が『力』を使うのは」

 傍らに立っている菊塵の言葉で、ようやく現状を把握した。ユーリから色把を守るように二者の間に白い壁がそそり立っていた。

「これが……お前の『力』かよ……」

 興奮におののくユーリ。おそるおそる色把は壁に手を伸ばす。触れた壁は色把の手の体温を奪う。氷の壁だった。壁は、色把の足元の床板を力強く打ち抜き、堅牢けんろうに色把を守っていた。

「哭士は、氷を自在に操る。既存の氷を動かす事も、何も無い空間に氷を生み出すことも出来る」

 菊塵は、メガネを押し上げ静かに語る。

「……お前を倒さなきゃ、その子に触れる事さえ出来ない……ってか!」

 氷の壁に阻まれ、色把の奪還を阻止されたユーリは、ぴたりと足を止め、哭士へと向き直った。

「お前の能力は分かった。止めておけ」

 哭士の制止もユーリには届かない。首を一度だけ横に振ったユーリの目の奥底には、先ほどまでは見えなかった気迫が滲み出している。中空に飛び上がり、ブロックの上に立ち上がったようだ。ユーリは哭士を見下ろし、今にも攻撃を仕掛けてくる構えを見せる。

 哭士はさも仕方が無いといった様子で一度深く息を吐き出す。




 色把に、ポツリと一粒、何かが当たる。落ちた粒を拾い上げると、小さな氷の粒、雹だった。天気は晴れている。だが、その一粒を皮切りに、周囲に雹が降り注ぎ始めた。

 雹は勢いを増し、絶え間なく落下する。空中に静止しているユーリの足元に、氷の塊が積もっていく。

「これで、お前が空中にブロックを生み出しても分かる。もうお前の手は利かない」

「……面白れーじゃんか!」

 怯むどころか、ユーリは高らかに笑い、その身を翻してきた。大きく見開いたユーリの瞳、碧かった虹彩は赤く染まっている。

 一つしか生み出せないブロックを瞬時に生成、消滅させながら、鋭敏に哭士に拳を繰り出す。先程の戦闘とは明らかに素早さも、込める力も違う。ある程度雹の動きでブロックの位置は掴めたが、長い腕を駆使して繰り出してくる攻撃に、思わず哭士もたじろぐ。

「俺の能力、当たりだよ。ただ、一個だけ違ってる事があったなぁ。俺が作れるのは、ブロックだけじゃ無ぇんだ」

 振りかざした手の先端。降り注ぐ雹が不自然に弾き飛ばされる。

「刃物か!」

 飛び交う雹から目敏く、ユーリの手の先にある形状を判断する。判断が出来たその時、ユーリの片腕は哭士の胸の前で一閃されていた。





「……流石、単身でここまで乗り込むだけの度量はありましたよ。ただ、巡り会わせが悪かった、とでも言いましょうか」

 菊塵が静かに言い放った直後だった。


 胸に一線が走り、血が飛び散ったのはユーリの方だった。

 哭士の胸に傷は無い。信じられない表情を浮かべ、菊塵の顔を凝視する。

「哭士、ごくろうさん。終了だ」

 菊塵が声をかけると、降り注いでいた雹がぴたりと止んだ。

「僕の能力は攻撃反射、言うなればカウンターってところですかね。哭士に対する攻撃を反射させてもらいました。僕がここに居合わせてさえいなければ、もっといいところまで行けたかもしれませんね」

 中指でメガネを押し上げる。

「お前、何で自分が戦っている時に反撃しねぇんだよ、チャンスは何回もあった筈だろ?」

 出血を手で押さえているユーリが問う。確かに、ユーリは何度も菊塵に攻撃を放っていた。

「一回でも軽い攻撃を反射してしまえば、お前は警戒して大きな攻撃を放ってこなくなる。そうなれば、僕の攻撃手段がなくなってしまうのと同じ事、でしょう?」

「はは、なーる程ね……完敗、完敗だ」

 笑いながら、観念したようにユーリは目を閉じた。


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