21.追手の襲来

「見ーつけた」

 安穏あんのんとした声が庭に響いた。色把は声の方向を確かめようときょろきょろと辺りを見回している。同じく声を捉えた菊塵は、身体に緊張を巡らせ、色把の前に立ちはだかった。

「色把さん、離れないで下さい」

 鋭く周囲を見渡す。

「随分探したんだぜ。ビルから居なくなったと思ったら、こんな所に居たんだ」

 すとん、と音がする。広い庭園の砂地の真ん中に、背の高い一人の男が立っていた。

『あの人……』

 色把を比良野家から連れ去った、金髪の男だろう。菊塵は緊張を高め、色把を更に自分に近づけた。




「こんにちは。初めまして」

 瞳は蒼く、鼻筋が通っている。凛々しい顔つきに人懐こい表情を浮かべ、金髪の男は菊塵に向き直った。

「お前か、色把さんを攫った男というのは」

「ぴんぽーん。ご名答」

 人差し指を立て、にやりと笑う金髪の男。

「俺はユーリ・ヴァルナー。一応、狗鬼ね」

異邦人いほうじんの狗鬼が居るとは俺も知らなかった。要件は分かっているつもりだが、一応聞いておこうか」

 後ろに立っている色把には、菊塵が後ろ手で拳銃を抜き出しているのが見えただろう。色把は、一瞬息を飲んだが黙って様子を見守っていた。

「さっすが、話が早い。俺ね、その子をつれて帰らないといけないんだ、こっちとしても色々事情があってさ。……って言っても、素直に渡しそうなタマじゃないよね、アンタ」

「そう……だな!」

 続けざまに二発。銃声が鳴り響く。




      ※




『……嘘』

 色把は思わず、口に出した。

 銃弾が、ユーリの額、心臓の前で「静止」していた。ユーリの笑みは変わらない。

「へぇ、腕いいねアンタ。でも俺に銃は効かない」

 静止していた銃弾が足元に軽い音を立てて落下した。

「狗鬼なら、そうでないといけません」

 笑いながら菊塵が拳銃を元の場所に収めた。ユーリは、目を丸くしている色把を見て、にやりと笑みを浮かべる。

「ん? びっくりしちゃってるね、狗鬼の能力見るの、これが初めてなのか?」

 ユーリは面白げに色把に語りかける。

「狗鬼にはね、一人に一つ、特別な能力がある。例えば、こんな風に、ね」

 砂地から、ユーリは高く飛び上がると、空中に停止した。得意げな表情を浮かべているユーリの身体の下には何も無い。空間が広がっているだけである。

「そんじゃ、本題だ。お前潰して、その子貰ってくよ」

 空中から更に飛び上がり、はやぶさのように降下してくる。





「……本来、こういうのは哭士の仕事なんですがね……色把さん、下がって!」

 身を小さく屈めると、菊塵は左足をユーリの頭めがけて回し上げる。

「おっと!」

 ユーリは落下していた途中から、急に横へと飛びずさる。何も無い空中で、落下の方向を変えるなど、通常ではありえない。そのまま菊塵に足を振り下ろしてくる。

「ね、びっくりした? 普通の攻撃じゃ、俺に触ることすらできないよ。お前も狗鬼だろ? 能力、見せてみろよ!」

 菊塵は肩をじらせかわす。後ろに倒れ込み右足を振り上げるが、ユーリはまた空中で方向を変え、当たらない。

「しまった!」

 廊下の床に背をつけてしまった菊塵。

「隙あり!」

 体勢を立て直す暇も無く、ユーリが拳と共に下降してくる。



 菊塵が背中から倒れきると同時に、ユーリもそのまま突っ込む。爆音のような音が響き、木造の床が大破した。周囲に木屑や砂埃が舞い散る。





 パラパラと落ちる砂埃が落ち着いてくる。

「……哭士」

 菊塵の前には、ユーリの拳を受け止めた哭士が立っていた。



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