第37話 二人が過去とする永戦世界
『喜んでもらえてなによりだ――次はドラゴン本体を活用するか。敵が多い。ちょっと距離もあるが、いけるよな?』
『任せて! この翼なら余裕よ!』
スタンピードは今や、世界の理不尽そのものを体現するような壁となって、フレドたちに迫っている。
皇帝の敵を討たんとする三体の王――青、黄、茶の三色の竜が、死と破壊をまき散らしながらラブラたちをつけ狙っている。
だが、それがどうした。
今のラブラたちはこんなにも速い!
ザ、ザ、ザン。
王の吐き出したブレスが、スタンピードごとラブラたちを消し飛ばさんとする。
だがそれは好機。
モンスターの壁に道が穿たれたことを奇貨として、ラブラたちは突撃した。
那由多の数の、ありとあらゆる種類の攻撃をかいくぐり、皇帝の爆砕された尾の付け根に、両腕を突っ込む。
フレドの魔法により、指の一部を切り開かれ、ラブラの身体は皇帝と連結した。
『力がでかすぎて、中に全部取り込めば俺たちが死ぬ。ドラゴンの頭を砲台としてそのまま使い捨ててやろう。それ以外は食べてしまえ』
『わかったわ!』
皇帝を食らう。
ラブラだけでは耐えきれない圧倒的な色も、フレドと二人ならば何とかその身体に収めることができた。
『お嬢様……』
『……イネルス。あんた、死んだのね』
見知った感覚を認識した。
それは、もはや命なき者が残した残留思念。
あるいは、かつて自分を支えてくれた大切な彼女と話したいと願うラブラの、幻覚じみた妄想なのかもしれない。
『私はあなたが憎かった。現実も知らずに、無邪気に夢を語るあなたが。私の苦労も知らずに好き勝手に振る舞うあなたが』
ラブラはイネルスの悪意に反論する言葉をもたない。
そう。自分は何も知らなかった。
クモの外の世界の広さも、イネルスの苦しみも、天使族と冒涜者が抱く闇の深さも、なにもかも。
でも、今ならわかる。
フレドの夢は、イネルスのような、世界の理不尽を押し付けられる存在を生み出さないためにあるのだ。
奪われた未来の可能性を取り戻すために、天使族も冒涜者も勝手にできないと思い込んでいた限界を、根本から破壊する。
本当の意味で、ラブラは、今、フレドの夢を共有していた。
『いいわ。好きなだけ憎みなさい。あんたの憎しみも一緒に、楽園まで連れていってあげる。大穴の底にいるこの壊れた世界を生み出した何かに、全部ぶつけてきてあげるから』
『ああ。お嬢様は強いですね。私は、そんなお嬢様が、嫌いで、嫌いで、嫌いで、嫌いで、嫌いで、嫌いで、嫌いで、嫌いで、でも、少しだけ羨ましかった』
捕食を進める内、元から薄かったその意思は、煙が紛れるように消えた。
いや、違う。
イネルスは、ラブラの一部となったのだ。
過去の因縁すら食らい先に征く。
それが、生き残った者の義務。
気高き天使族の在り方だ。
『くる! ギリギリまで引き付けろ。何発も撃ってる余裕はない』
『フレド! でも、足りないわ! まだ、力が足りない!』
皇帝の力を一とするなら、王三体の力は二。フレドとラブラの質料を加えても、スタンピードごと敵を吹き飛ばすには不足。
『足りなくない。力はすでにお前の中にある――分解』
フレドはそう言って、ラブラの右脚を優しく撫でた。
わだかまりが解けていく柔らかな感覚。
それはラブラが不完全だからこそ生み出された余物。
魔法の使用によって固着した高濃度の質料と色の混合物。
『ああ! そうか! 無駄じゃない! 私の努力は無駄じゃなかった』
屈辱も、痛みも、我慢も、悔しさですらも、全てが必然だったように思える。
押しつぶされそうに苦しかったこれまでの生の全てを、ラブラは今なら肯定できる気がした。
『いくぞ!』
『ええ!』
皇帝の頭部に、全ての力が凝縮していく。
この一撃にふさわしい名前はなんだろう。
考えるまでもない。
それはかつて、ラブラが憧れた二つ名。
絶望を照らす、万人にとっての等しき黎明。
『世界の理不尽ごと吹き飛ばせ――
その日、世界は忘れていたはずの太陽を思い出した。
押し寄せる暴虐のスタンピードは、無双の一撃で灰燼に帰す。
三匹の王は、ある者は上体を、ある者は首から下の全てを、ある者は全身全てを失い、ただの肉塊と化す。
合体したままの二人は頽れる三体の間を飛び回り、すかさず色を食らい、使えそうなパーツを強引にラブラの身体へと連結する。
皇帝と、三体の王の力を纏った今のラブラたちを止められる者はこの世界に存在しない。
『フレド。今なら、行けるんじゃない?』
『ああ。行けるな』
ラブラたちはそのまま踵を返し、世界の果てへと飛行する。
行く手を阻むはずのプールは、圧倒的な強者の気配を前に、自ずから道を譲った。
一体でもおそろしいオーラを放つ存在が、四体分凝縮されていれば、それも無理からぬこと。
皇帝の翼で羽ばたき、水の王の爪牙が生えた両腕に、地の王の脚、風の王の鱗をまとった異形の支配者。その中心に、敵対種たる二匹がいることなど、モンスターたちの生存本能に比べれば些細なことだった。
「新しい伝説の始まりか。ヨークの劇場ではさぞかしロングランになるだろうね」
「ねえ、ダーリン。それはいいんだけど、あの二人、ウチらのこと忘れてない?」
「『二人の世界』に入らないとあれだけの偉業は成し遂げられないということだろう。僕たちもやってみないかい? さすがにあの二人のように上手くはいかないが、質料を共有するくらいはできると思うよ」
「やーん。ダーリン。しゅきしゅきだいしゅきーラブラブちゅっちゅっするぅー」
口づけをかわしあったカインとリエがフレドたちの後に続く。
「おい! ボクはどうすんだよ! ボクは! いい加減にしろよ! この恋愛狂い共おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
悪態をつく、今やラブラにとっても相棒のシズを、風の魔法で回収した。
「ああ! ラブラ! 愛しい私の娘よ! さすがは我が家の一員だ! 見よ! 私の娘が、かの独立王ですら成しえなかった偉業を成し遂げた!」
空から無数のクモがラブラたちを追いかけてくる。
その中には、ラブラの親族もいるようだ。
「何を言っている! 成し遂げたのは冒涜者の英雄だ! フレド君! 君を大将に推薦しよう! この功績ならば、誰も文句はいえまい! その際には、是非私を副官に!」
ようやく出て来たらしい、地上の駐屯軍。
その中には、どうやらフレドの上司にあたる冒涜者がいるらしい。
「何を世迷言を! 冒涜者に魔法が使えるか! あれは天使族の真髄だ!」
「何を言う! 食らうことしかできんケダモノどもめ! あのモンスターの利用法は冒涜者の技術である!」
過去たちが、何かを喚き合っている。
この期に及んで、争うことしか知らない彼らにかける言葉があるとすれば一つだけ。
『そんなに自滅が好きなら、一生戦争してろ! ばああああああああああああああか!』
くだらない諍いを無視して、フレドたちは前を向く。
勢いに任せて、プールの外に飛び出した。
残る力の全てを振り絞り、距離を稼ぐ。
ラブラの身体に無理矢理くっつけていた皇帝と王のパーツが、段々と剥がれていく。
それと時を同じくして、はるか後方に、敵対本能を思い出したらしいモンスターが道を塞ぎ、再びフレドたちのいた世界を閉ざすのが見えた。
そこで、ようやく、フレドとラブラは唇を離す。
「フレド! 見て!」
自由落下の浮遊感の中、ラブラは天を指さした。
「ああ! これが、本当の『空』! 何て美しいんだ! 始まるぞ! 本当の世界が!」
日頃は冷静沈着なフレドが、興奮を全開にして叫ぶ。
伝説としてしか知らなかった、本物の『蒼』がそこにあった。
雲一つない晴天。
本物の太陽がラブラたちの前途を祝福するように輝いている。
「何とか脱出できたか。フレドくんとラブラくんにお礼を言わなくてはね。僕たちだけじゃ、いずれ待っていたのは破滅だ。でも、少なくとも今は希望がある」
フレドたちを風魔法で救いつつ、カインが地上に降り立つ。
「ああー。そんな謙虚なダーリンも素敵ィ」
カインの腕に引っ付いて頬ずりしながら、リエが甘ったるい声で呟いた。
「まあ、今は命が助かったことは素直に喜ぼう。でも、もし、ボクたちが目的を達成しても、戻る頃には故郷はアホどもの争いで滅亡してそうだな」
この最高の状況でも後ろ向きな思考のシズが、沈鬱な表情で呟く。
「そうかもな。だが、俺たちは、かなりの『余裕』を残してやった。それをどう使うかは、あいつらの自由だ」
確かにフレドの言う通りだ。
四方の皇帝も王も倒して、スタンピードも収めた。
モンスターがかなり減って、天使族にも冒涜者にも、新しい試みをする余力が生まれたことだろう。
心理的にはともかく、天使族と冒涜者が共闘する利点は、さすがのあいつらも認識したはずだけど――それでも争い続けるのだろうか。それは分からない。
だけど、もはやそれはラブラたちにとってはどうでもいいことだった。
今ここにいるみんなの『世界』の定義は、はるかに大きく広がったのだから。
「さあ! 行きましょう! 楽園に!」
「その前に、フネを作らないとな。基礎はボスモンスターのものを使えばいいが、動力部がなあ……。上手い事、使えるモンスターを狩れればいいが」
「もう、フレドまでネガティブなの?」
「冷静といってくれ。だが、ラブラはそんな俺が好きなんだろう?」
「そうよ。だから、早くしてよ! できれば、また羽も作って! 今の私はワクワクがとまんないんだから!」
「わがままだな」
「ええ。わがままよ? でも、フレドはこんな私が好きなんでしょう?」
「間違いない」
微笑み合う。
手と手を取り合って、ラブラとフレドは、未知の荒野へと新たなる一歩を踏み出した。
恋せよ天敵。いずれ二人が過去とする永戦世界にて 穂積潜@12/20 新作発売! @namiguchi_manima
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