第27話 裏切り
「やはり。お前かっ!」
「くっ!」
シズがホルダーから銃を抜く。
しかし、次の瞬間には、イネルスは口に何かの液体を含み、その姿を消していた。
「気体化薬だと? やはり、冒涜者の開戦派も関わっていたか……」
フレドはそう言って唇を噛む。
気体化薬は、冒涜者の道具であり、一秒分でフネが買えると言われるほどの高級品である。
とても市井に出回るような品ではなく、軍用品の――それも一部の者しか入手できない類の品だ。
「え? え? どういうこと?」
「あいつが、ずっとボクたちの動向を、ボクたちを殺したい奴らにチクっていたってことだよ。本当に一ミリも疑ってなかったのか?」
シズが呆れたように吐き捨てる。
「そ、そんな! な、なんで言ってくれなかったのよ!」
「事前に言ってたら、お前は信じたか? むしろ、『こいつらは天使族に偏見を持っていて信用できない』とそう思わなかったか?」
咎めるラブラに、冷たく返答するシズ。
キメラに村が襲撃された時点で、犯人はある程度推測していた。
だが、それをラブラに相談することは、できなかったのだ。
ラブラと長い付き合いのある従者のイネルス。
昨日今日会ったばかりの、しかも敵対種族であるフレドとシズ。
どちらの言葉を信じるかは自明だった。
もし、イネルスがラブラの不信に乗っかって猜疑心を煽り、ラブラが離脱してしまえば、その時点でフレドの計画は破綻する。
恋は一瞬だが、信頼は時間をかけないと得られない。
そのことを見誤るほど、フレドは愚かになってはいなかった。
冒涜者と天使族の間に横たわる遺恨は、それだけ深いものなのだ。
「うっ……。多分、そうしてたわ。してたかもしれないけど、でも、あの子が、どうして――」
ラブラが、瞳を潤ませ、声を震わせる。
「――ラブラ。必ずしも、イネルスが俺たちを裏切りたくて裏切ったとは限らない。やむにやまれぬ事情があったのかもしれない」
フレドは、ラブラを慰めて言った。
あるいは、そうであって欲しいという願望も籠っていたかもしれない。
恋をした相手が傷つく姿なんて見たい訳がないのだから。
(イネルスが嫌々やっていた? 裏切者のカインとリエ、開戦に邪魔な俺たち。両方を消せる最高のタイミングで仕掛けてきたのに?)
自分の中の理性が訴えかけてくる言葉を、フレドはぐっと呑み込む。
「そ、そうよね! あの子が自分から私を裏切るなんてありえないわ。だって、小さい頃から、ずっと一緒にいたのよ? きっと、家の奴らに脅されたに違いないわ」
ラブラが自身に言い聞かせるように叫ぶ。
「そのことを確認するためにも、今はこの状況を乗り切らなくちゃいけない。わかるな?」
「ええ! あの子を取っ捕まえて、おしおきしてやらなきゃ!」
「よし、じゃあ、作戦通りに、カインとリエを無力化する」
もはや、二人との交戦は不可避になった。
望んだ結果ではないが、それでもなお、最悪の状況を想定して計画を立てているのが、軍人である。
(敵一。カイン:ガード型天使族。敵二。リエ:フネ、兵装空戦型白兵タイプ)
リエは近距離だろうと遠距離だろうとそつなくこなすが、今回の場合は兵装が近距離型に固定されている。冒涜者の英雄である彼女は、当時、天使族と最前線で戦い、味方を鼓舞する役目を負わされていたからだ。
一方のカインも万能型だが、ラブラたちの話だと、どちらかといえば守勢が得意なタイプらしい。
その二つの事実から導き出される二人の攻撃スタイルは、リエが攻め、カインがそれを支援する、という形になる。
(つまり、真っ向勝負だ)
一見、二対一だが、決して不利ではない。
カインは、彼自身とリエのフネから力がもれないように偽装しているから、その分で余計な労力を割いている。大きな音を立てる訳にはいかないので、大規模な魔法は使えず、基本的にはリエのフネを強化する方向で立ち回るしかない。
「洞穴に入って、敵の攻撃面を限定する」
フレドはボクサーを操り、目的地まで移動する。
六本あるブレードの内、下二本をスキーのストックのように使って、斜面を滑り降りてくるリエ。
「なんであんなに速いのよ! 質料の力はこっちが数倍上のはずなのに!」
「羽の揚力を推力に変換している。搭乗者の重量もこちらの三分の一だ。さらにカインの風魔法の支援を受けているとはいえ――さすがだ」
フレドは素直にリエを称賛する。
本来空戦用の機体を、地上兵器のように扱うなど、並の兵士にできる運用ではない。
「斬撃がくるぞ。三本は正面で、シールドを使って防げ。後の一本は――左に見せかけて、右に見せけて――左だ!」
シズがリエの機体の微妙な予備動作を見切って叫ぶ。
「クッ!」
ガキン!
洞穴の前、刃と刃が合わさり、競り負けてボクサーが機体ごと弾き飛ばされる。
押し込まれる形で突入した洞穴は、溶かしミミズと呼ばれるモンスターの造り上げた巣である。
獲物を迷わせて食らうといわれるその巨大ミミズがつくりだす迷宮は、複雑怪奇に入り組んで、フネに繊細な足さばきを強いる。
所々にある酸溜まり。奈落へと続く落とし穴のトラップ。
その全てを、フレドはボクサーを後ろ向きにしたまま避けて進んだ。
ここは自分の腕の見せ所だ。
「はあ。三人がかりで互角か。つくづく姉貴は化け物だなあ」
「ああ。だが、化け物は往々にして知恵者に敗れる。とりあえず、カインの攻撃は封じた。射線上にリエがいるからな」
はっきりいって、技術でラブラはリエに負けている。
ボクサーは戦闘よりも隠密行動に特化しているから、戦闘用のリエの機体に対して不利だ。
だが、こちらのフネの出力は、そのマイナスを補って余りある。
リエとカインの連携が足し算なら、フレドたちのそれは掛け算だ。
そして――
「段々、見えてきたわ! ああ、そう。ブレードはそういう風に使えばいいのね! カインの幻惑で分身? 中身がない空っぽの箱に騙されたりはしないわ」
ラブラが、口角を上げる。
それは、一秒ごとに成長を続ける自身に歓喜するようでもあった。
確かに、リエは天才だ。
だが、それは『冒涜者の中で』というただし書きがつく範囲の話であって、動体視力、反射神経、順応力、そのどれをとっても、天使族は本来生物としてのスペックが違う。
戦略で覆したとはいえ、純粋な戦闘という意味において、冒涜者が天使族を上回ったことは一度もない。
ラブラは、リエの技を目で盗み、身体で覚え、本能で体現する。
天使族の矜持と、ラブラの強さへの飢えが、瞬く間に絶望的な格差を埋めていく。
「よし。後は、ひたすら敵を左右に揺さぶれ!」
戦局が互角から優位に傾きつつあることを見取って、フレドはそう方針を伝達する。
出力の優位に任せて、フレドはボクサーわざと大振りに動かし、リエのフネをあちらこちらに誘導した。
いくら、彼女が天才とはいえ、本来ならば運用に三人以上必要なフネを一人で操っているのだ。九九・九%完璧だとしても、残りの○・一%にほころびがうまれる。
それは、たとえば、機体の関節に泥がつまる、もしくは、酸溜まりの縁を踏んで、飛沫がかかるなどの、些細なものかもしれない。
それでも、積もり積もれば、それはダメージであることに変わりないのだ。
「そろそろだな」
フレドは確信を持って呟く。
数秒後、気高き薔薇は、ガクン、とその膝を折り、フレドたちの前に跪いた。
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