第9話 来訪者

 フレドたちの敵は身内にもたくさんいる。


 軍関係者はもちろん、盗賊や、中には冒涜者になりすましたモンスターという可能性も捨てきれず、油断はできない。


「わかった!」


 ラブラが、シズとイネルスの休むテントへと駆けて行く。


「ふふふ。ほら、やっぱりな! 軍の奴らがボクらを放っておくはずがないんだ! ボクたちに暗殺者を送り込んできたに違いない!」


「だ、大丈夫ですか? お嬢様」


 妙にハイテンションのシズと、不安げなイネルスがテントから飛び出してくる。


 ガサガサガサガサ!


 それとほぼ時を同じくして、灌木をかき分けて姿を現す機影。


 フレドたちのフネの三分の一程度の大きさのそれは、予想通り『モグラ』と呼ばれる農作業用の小型機構だった。短く太い脚部と、鍬とスコップのパーツが装着された腕部。ボディは存在せず、その腕部と脚部をつなぐ配線だけで、搭乗者の姿はほぼ剥き出しになっている。乗っているのは、土ぼこりにまみれた顔をした、中年の男だった。


「止まれ! 第三編隊、少尉のフレドである!」


 フレドはその人物に銃口を向けつつ、左胸ポケットに縫い付けられた階級章を強調する。


「えっ、軍用のフネでねえか? ヒッ。何でこんな所に天使族が! 食べられる!」


 男はキョロキョロと左見右見してから、怯えたように、モグラの両腕をクロスさせて縮こまる。


「食べないわよ。今はわりとお腹いっぱいだし」


 ラブラが心外そうに呟いた。


「落ち着け。この二人は作戦の協力者で、害はない。それより状況を説明してくれ」


「は、はい! 村が、オラたちの村が、キメラに襲われましたぁ! オラは、近くの町まで救援を呼びにいこうとして――そ、そうだ。あんた方は軍人さんだべや !? 助けてくれろ!」


 男はモグラの両腕を下ろし、なまりの強い口調ですがるように叫ぶ。


「……キメラか。クラスと数は?」


「く、クラスはわがんねえ。か、数は、たぶん、一体ではないと思うだあ。複数の方向から火の手があがりよったからに。オラは、とにかく無事なモグラさ飛び乗って、ここまで駆けてきたんだあ。たのみます。嫁と娘も今頃、森ん中さ逃げてると思うけんども、いつキメラに追いつかれるかわがんねえ!」


 男は涙ながらにそう訴えた。


「状況は理解した。村を一つ滅ぼせるレベルとなると、最低でも集雷級以上か。しかもそれが複数体いるとなると……まずいな。ともかく、敵の戦力が曖昧すぎるから、まずは情報収集から始めよう。複数体いるなら、各個撃破するための作戦も考えないと」


 モンスターは、その脅威度によって、激雨スプラッシュ集雷ボルト爆石メテオ地震クエイク破滅ディザスターの五等級に分類される。


 先ほど倒したファイアバードのように、撃雨級ならば、軍用のフネ一体でも対応可能なレベルだが、それ以上となると、単独での戦闘は難しいとされている。


 仮に敵が集雷級のキメラ一体でも、五体以上のフネで戦うのがセオリーなのだ。


「そんな悠長なこと言ってる暇あるの !? あんたたち冒涜者の仲間が今にも殺されようとしているのよ!」


「簡単に言うがな。キメラは厄介なモンスターなんだぞ。何でも食らい、全てを自らに取り込んで、際限なく巨大化していく。いわば、お前たち天使族の魔法と、ボクたちのフネの機構、両方のシステムを使えるようなものだ。モンスターの特性だって、個体によって全然違う。火を使うのか、氷か、土か、属性だって見極めて、それに合わせて兵装を換装しなくちゃいけないんだ」


 シズが呆れたように肩をすくめる。


 彼女の言う通りだ。


 キメラは、個体によって能力の差が大きい。


 事前情報なしに突っ込むのは、あまりにもリスクが高すぎる。


「……冒涜者は仲間を見捨てないんじゃなかったの」


 ラブラが、下からねめつけるような視線をフレドに送ってくる。


「ああ。そうだ。戦争の最前線では、天使族と違って、俺たちは群れで戦うしかないからな。誰かが逃げ出して戦列を崩したり、いざという時に助けてくれないかもしれないなんて心配したりしている状態じゃ、全力で戦えない。でも、まだ、ここは戦場じゃないだろう」


「つまり、こいつらは兵士じゃないから、見捨てても構わない。そういうこと?」


「いや、そうは言ってない。彼らのような農村部が、兵站を支えてくれている。だが、そうだからといって、俺たちが自分の命を粗末にしていい理由にはならない。闇雲に突っ込んで、共倒れになっては意味がないと思わないか?」


 フレドは諭すような口調で続けた。


「私には、あれこれ理屈をつけて逃げようとしているようにしか思えないわ。この場で一番力を持っているのは私たちでしょ! だったら、守るために戦うべきよ!」


「はあ……。もういい加減にしろ。フレド。はっきり言ってやれ。ボクたちとこの男では『命の価値』が違うってな」


 シズが冷めた口調で、震える男の方へ顎でしゃくる。


「っ! あんた! 本気で言ってるの !?」


 ラブラがシズの胸倉を掴む。


 片腕にも関わらず、見た目から想像もできないような怪力で、シズの足が宙に浮いた。


 髪を逆立たせ、目は血走り、灼熱の赤いオーラがうなじの辺りからほとばしった。


「ああ。本気だ。フネのパイロットの養成に、どれだけのコストがかかっていると思っているんだ。ボクたちが死ねば、その費用が全部無駄になるんだぞ!」


 それでも、シズは動ずることなく、ラブラを睨み返す。


「それじゃあ、同じじゃない!」


「同じ?」


 フレドは、主語のないその言葉の意味を問う。


「――もういい! あんたらがそんなに臆病なんだったら、私たちだけでキメラと戦うわ! イネルス! 飛んで! あんたは、村まで案内しなさい!」


 しかし、ラブラは答えることなく、シズを突き飛ばして一方的に話を打ち切る。


「は、はい!」


 イネルスが、ラブラを抱えて空へと飛びあがった。


「ありがとうごぜえます。ありがとうごぜえます」


 男が拝むように鍬とスコップをカチャカチャさせながらその後に続く。


「待て。ここで、俺たちが戦力を分散させていいことなんて一つもないぞ! 考え直せ! 話し合おう!」


「いやよ! 口ばっかりの奴なんて信用できないわ」


 ラブラが耳を塞いで首を横に振る。


「名目上だが、今回の任務における上官は俺だ。命令権もある。逆らうなら、麻酔弾で強制的に鎮圧するぞ!」


 ニードルガンの弾を実弾から麻酔弾に切り替える。


 脅すようなことはしたくはないが、それでも天使族の二人を失えば今回の任務はここで終わりだ。


 多少強引にでも引き留めることに躊躇はしない。


「知らないわ! 撃ちたきゃ撃ちなさい!」


「そうか。俺を口だけの男だと思うなよ」


 パンパン。


 ラブラとイネルス、それぞれに向けて、立て続けに二発の弾丸を発射する。


「お嬢様を傷つけさせはしません! アイスウォール!」


 咄嗟にこちらを振り向いたイネルスが、空中に氷壁を造り出す。


 弾丸は氷壁と相殺され、完全に無効化された。


「――逃げられたな」


 シズが乱れた服を直しながら、無表情で呟く。


「ああ」


 フレドも無感情な声で答えた。


「……どうする?」


「俺は、ちゃんと軍規通りの対応をした、よな?」


「ああ。そうだな。万が一、あの農民の男がボクたちの行動を『耳』に正確に報告したとしても、瑕疵を見つけることは難しいだろうな」


 シズが頷く。


 フレドたちの敵は多い。


 第三者の目がある所では、完璧に軍人としてふるまわなくてはいけない。


 たとえ、心の中では、ラブラたちの意見に同意していたとしても。


「だろうな」


「……行くのか?」


「ああ。だって、聞いたことあるか? 俺たち冒涜者のために本気で怒ってくれる天使族なんて」


「ないな――もっとも、天使族を命がけで助けに行く冒涜者も聞いたことはないが」


「それは今更だろ。……動力源を遺骸に換装する。武装は、キメラの属性が分からない以上、全属性に効く、ブレードでいく。攻撃士がいないから、自動操縦で使うしかないな。しかも、あれは射程範囲が極小だから、接近戦になる。なるべく軽量化して速度を上げるために、他の兵装は全てここに置いていく」


「レーダーもか?」


「ああ。外す。観測手のお前がいるんだ。元々、レーダーなんておまけみたいなものだろう。いや、違うな。レーダーはキメラの急な襲撃で『壊れた』」


 フレドはそう言って、レーダーの子機にしていたカードを二つに割った。


 もっとも、このカードには自己修復機能があるので、あとでつなげれば、数秒で直るのだが。


「壊れたのか。それは困った。いよいよボクの責任は重大だな。でも、誰にでも誤りというものはあるからな。本来、危険な村を迂回して、目標の中立都市に向かおうとしたのに、『迷って』、飛んで火に入る阿呆の虫になってしまうこともあるかもしれない。ああ、本当になんて不幸な相棒を持ったんだろう。ボクというやつは。天使族との戦いを拒否して左遷され、冷や飯食いのモンスター討伐部署に配属されたと思ったら、そこでも研究のためと、勝手なモンスターばっかり狩ってみんなから嫌われて、今度はわがままなお姫様のお守りをするために、ポンコツ機とキメラ退治。ほんと、フレドと組んでから、ボクには何一ついいことが起こらない。不幸だ。不幸だよ。えーんえんえん。えーんえんえん」


 シズはそう言って、目じりを手の甲で拭い、大げさな泣き真似をする。


「悪かったな。お前を世界で唯一活かすことのできる相棒に出会った代償だと思って、諦めてくれ」


 フレドはシズの愚痴に、不敵な笑みで答えつつ、フネへと足を向けた。

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