第47話 男の娘同盟

 信じられない。


 寧々は涙をこらえながら廊下を歩く。

 二日前になって急にドタキャンなんてありえない。


 寧々がどれほど翼との七夕祭りを楽しみにしていたかなんて翼は分かってない。


 それがなぜか、悲しくて悔しかった。


 所詮、翼にとってはその程度だったということだ。


 その日のために、浴衣を用意したりメイク道具を買ったり、下駄まで準備したのに。


 それがもう水の泡だ。


 だから寧々は怒りに任せて、翼と絶交した。

 本当は、少しだけ後悔している。


 でもそんなこと、プライドが邪魔して言えるわけもない。


「待ってください、寧々さん」

「……清子」


 寧々を追いかけてきたのか、清子の他にに菫までついてきた。

 寧々は少し冷静になるために、廊下に立ち止まる。


「どうしたの二人とも。やっぱり翼にムカついて出てきたの」


 寧々は挑発的に二人に話しかける。


 今、虚勢を張らないと、悲しくて悔しくて泣きそうだからである。


「はいかいいえなら、はいです。さすがに私もカチンと来ました」


 あの穏やかな清子がここまで怒りをあらわにするのは珍しい。


 そのおかげで、少しだけ冷静さを取り戻す。


 翼の言動でイライラしているのは自分だけではなかったと気づけたからだ。


「さすがに私も翼君の言い方はひどいと思います」


 内向的な菫まで、棘のある口調で話す。


「でしょ。ホントムカつく。あぁー一発殴れば良かったかな」


 みんなの賛同を得られたことに少しだけ心が軽くなった。


「でも殴らなかったのはなぜなんですか、寧々さん。てっきり私は寧々さんが殴ると思いました」


 清子は悪戯な笑みを浮かべている。


「別に殴る価値なんてないと思ったからよ」


 さっき殴れば良かったのにと言っておきながら、矛盾なことを言う寧々。

 それに清子は目ざとく気づく。


「それはきっと寧々さんが翼さんに恋してるからじゃありませんか」

「……ふげっ」


 清子があまりにも的を射ていたことに思わず、寧々は変な声を上げてしまう。

 そのせいで、清子がニヤリと笑みを浮かべる。


「寧々さんは翼さんのことが好きだから手をあげなかった、違いますか」

「ち、違うに決まってるでしょ。なんであんな奴のことを好きになるのよ」


 すでに清子は寧々が翼のことを好きだと気づいているが、寧々はなおも誤魔化そうとする。


 清子はそんな寧々に折檻をする。


「そうなのですか。それなら別に良いのです。だって私翼さんのことを恋人としての意味で好きなんですから」


 清子は勝ち誇った顔でそう宣言する。

 同性婚も認められた現在。

 男の娘が男子に恋するのも珍しくはない。


「それはダメよ」

「それはダメです」


 寧々と菫の悲鳴が重なった。


 その瞬間、二人はえっとお互いを見つめる。


 まさか菫まで翼のことが好きだったなんて。


 これは寧々にとって予想外なことだった。


「これで分かりましたか。ここにいる三人はみんな翼さんのことが好きなんです」


 清子は達観しながら二人に話す。

 ここまで言われたら認めるしかないだろう。

 寧々は翼のことが好きである。


 だから、あの時翼を殴れなかったし絶交なんて、本当はしたくない。


「そうよ。あたしは翼のことが好きよ。なんか悪い」

「私も付き合いはみなさんよりも浅いけど、翼君のことが好きです」


 寧々は自棄になり声を荒げ、菫は静かに頷き肯定する。

 言質を取れた清子だけはその姿をニコニコ見守っている。


「でも翼さんは彼女がほしいらしいです。つまり男の娘の私たちでは分が悪いです」


 清子の言う通り、翼はずっと彼女がほしいと豪語している。


 つまり、男の娘はそういう対象ではないのだ。


 でもそれならここにいる二人だって同じ条件である。


 それなのに、どうして清子はあんなにも余裕そうな態度でいられるのだろうか。


「だから、三人で手を組みませんか。三人で翼さんにアピールをして男の娘の良さに気づいてもらうのです」

「でも、それが上手くいっても選ばれるのは一人だけでしょ」


 清子の言っていること理想論だ。


 例え、三人で協力しても選んでもらえるのは一人。


 後の二人は、選ばれないことになる。


「それも分かっています。だからそれは恨みっこなしです。自分が選ばれなくても嫉妬してはいけません。それに選ばれなくて恋人になれなくても親友でいることはできます。これなら私たちはずっと三人でいられます。都合が良いことは分かっています。だけど私たちの絆なら大丈夫だと思います。だから三人で翼さんをメロメロにしちゃいましょう」


 最後の方だけ清子はおどけてみせる。


 ここにいるのはみんな恋敵だ。

 でも友達でもあり、仲間でもある。


 清子の言う通り、選ばれるのは一人だけだろう。


 だからといって、翼のもとから去るのはおかしいと思う。


 人の関係は恋人だけではない。


 親友や友達だって、立派な関係の一つである。


「分かったわ。翼を好き同士、協力してあげるわ」

「私も一人で不安だったので、ぜひお願いします」

「それでは決まりですね。それでは三人でこれから翼さんを篭絡しちゃいましょう」

「「おぉー」」


 こうして翼の知らないところで男の娘同士の絆は深まっていった。

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