第38話 逃走

「離しなさい伊織。翼は菫の胸を揉んだのよ。正義はあたしにある」

「そうだね。はい」


 胸を揉んだ事実が大きかったのだろう。

 伊織はいとも簡単に寧々を解放する。


「あらあら、やはり殿方は胸が大きい方が好みですか。そうですか」


 貧乳の清子は静かに冷たい声を吐き出す。


 その声だけで普通の人は凍り付いてしまうだろう。


 菫はどうして二人が怒っているのか見当も付かずにおろおろしている。

 こうなったのも半分は菫のせいだが、今更文句を言っても変わらない。

 命の危険を感じた翼は咄嗟に席から立つと一目散に逃げ出す。


「待ちなさい、翼」

「詳しくお話を聞かせてくれませんか」

「どうしたの、桐谷君」

「なんかおもしろそうだから私も追いかけよう」


 教室から逃げ出した翼を見て、寧々は声を荒げて追いかけ、清子は冷たい笑みを浮かべながら追いかける。


 菫は状況をいまいち理解していないらしく、未だに首を傾げており、伊織はノリノリで翼を追いかける。


 この後、朝のホームルームが始まるまで地獄の追いかけっこをし、その時は捕まらなかったのだが、結局は教室に戻らないといけないので、ホームルームが終わった後にあっさりと捕まってしまった。


 まるでラノベのようなスリルはあったが、こういうのを求めているわけではない。

 ラノベで読んでいるぶんには楽しめるイベントなのだが、実際にその本人になってみると全然楽しくない。


 さすがにこのままではヤバイと思った伊織が助け舟を出してくれて、菫も一生懸命寧々と清子に説明してくれたおかげで、殴られずに済んだ。


 本当に危なかった。

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